「あんなに優しかったのに、一体どうして?」

交際4年目の彼氏に突然浮気された、高野瀬 柚(28)。

失意の底に沈んだ彼女には、ある切り札があった。

彼女の親友は、誰もが振り向くようなイケメンなのだ。

「お願い。あなたの魅力で、あの女を落としてきてくれない?」

“どうしても彼氏を取り戻したい”柚の願いは、叶うのか――。

◆これまでのあらすじ
交際3年の商社勤務の彼氏・賢也の様子に違和感を抱いた柚は、こっそりLINEをチェックしてしまう。するとそこには、穂乃果という女との浮かれたやりとりが残されていた。

▶前回:「休日出勤」と嘘をついて浮気しに行く彼を、見送る土曜日…。女が直後に取った行動は




柚は、待ち合わせのカフェに着いた。創は目立つからすぐに見つかる。昼からビールを片手に持って、ぼんやり外を見ている。

「お待たせ」

「おう。急に呼び出したりして悪いな」

「デートの予定だったんでしょ?なくなっちゃって残念ね」

そう言うと、創は真顔で首を横に振った。

「そうでもないよ。デートなんてたいして楽しくもないし」

平気な顔で言ってから、「何にする?」とメニューを手渡してくる。恋愛に関してドライなところは、相変わらずだ。



柚が創と出会ったのは、高校1年生の4月。同じクラスで、隣の席同士だった。

イタリア人の父と日本人の母を持つ創は、大きな目と高い鼻の持ち主で、おとぎ話の絵本に出てくる王子様のようだ。背も185センチと高い。

教室で最初に会ったときには、「なんだこの人は」と思わず二度見してしまったのを覚えている。当然のように、クラスの誰より目立つ存在だった。

『シャンプー王子』

それが当時の創のあだ名だ。ある女子が名付け、学校中に広まった。

創の父親は、イタリアでヘアサロン専売シャンプーの会社を経営している。母親の意向が強く日本国内で育ったものの、将来的にはイタリアで会社を継ぐことになっていた。

今は日本で業務を手伝っている創だが、あと数年のうちにイタリアに行ってしまう。

それもあってか創は今、こう明言している。

“今は真剣な恋愛はしない”

真剣な恋人を作るのはイタリアに行ってからだと決めているのだ。

だから今の創は、恋愛に関して非常にドライだ。


柚が創に「浮気された」と打ち明けると…


しかし柚は知っている。

創はそもそも、真剣な恋愛が苦手なのだ。大抵、相手からの「嫉妬」と「束縛」がついてまわるから。

創のモテ方を見ていれば、相手女性も気が気でないのだろう。過去に4人の彼女がいたがすべて「束縛がひどかった」そうで、同じ理由で別れていた。

今、創は複数の女性と、揉めごとのない割り切った恋愛をしている。なんだか幸せそうだ。

ドライな関係こそ、彼には合っているのかもしれない。



「私、サラダプレートにする。お昼まだだけど、あんまり食欲ないんだ」

創に手渡されたメニューを閉じ、柚は呼び出しボタンを押した。

「食欲ないの珍しいね。なんかあったの?」

「…あった。あのね、賢也に浮気された」

「は?」

サラリと言ってみたものの、創は大袈裟なくらい顔を歪めてみせた。

注文を済ませてから、4日前に手帳とLINEをこっそり見てしまったことを話す。

ハートマークだらけの浮かれたトーク画面のことも。




「完全にクロだね…。そっか、賢也が浮気かぁ…」

創に賢也を紹介したのは、付き合ってすぐの頃だった。それから何回か3人で飲みに行っている。

創は賢也を「まっすぐないい奴」と評していたし、賢也のほうも、創を信頼したようだった。だから柚がこうして創と2人きりで会うことを、特例として快諾してくれているのだ。

「どうするの?賢也をフるの?」

「…うーん」

煮え切らない態度の柚に、創は呆れたように言った。

「わかった。俺が問い詰めてあげるから、ここに呼ぼうよ。あいつ今なにしてるの?」

「浮気相手とね、銀座でディナーなの。19時45分に銀座シックスの前で待ち合わせ。LINEに書いてあった」

【次は今週土曜ね】【銀座シックスの前に19時45分】

4日前の夜に見た賢也と「槙野穂乃果」のLINEが鮮明に思い浮かべられる。

― 本当なら、ここですぐ見限って別れを告げるべきだよね。

しかし、できないのだ。馬鹿だとは思うが、まだ賢也のことが本当に好きだった。

― …もしかしたら、一時の気の迷いかもしれないし。そう信じたい。まだ、取り戻せるって信じたい。

そのとき、創が突然うなずいた。

「よし。今夜現場に行こう」

「…えええ、いいよ。だって、なんのために?」

「現実を見るためだよ。実感が湧かないとか言ってる場合じゃないから」


現場に乗り込んだ柚が目にした、予想外の光景とは


銀座シックスに着くと、すでにスーツ姿の賢也が立っていた。左手に、ディオールの小さな紙袋をぶらさげている。

― 随分早く家を出たと思ったら、プレゼントを買っていたのね。

そのとき、女性が、賢也の方に小走りで近づいていった。

「あの人じゃない?」

創が、小さな声で言う。

予想通りその女性は、軽い足取りで賢也の前に立った。パステルブルーのワンピース姿の、華奢な身体。

そして、ゴミでもついていたのだろうか。なぜか突然指先で賢也の髪に触れ、それから当たり前のように手をつないで歩き出した。

目の前を通過する2人を、柚は真顔で見送る。




「ねえ」

柚は低い声でつぶやいた。

「賢也、どうやってあんな人と…」

それは、予想外の光景だったのだ。

近くで見ると穂乃果は、思わず見入ってしまうほどに可愛い人だった。男性が絶対に放っておかないような、「あざとい」雰囲気。小さな顔に、大きな目。

― …これじゃ、私、勝てない。

柚は内心どこかでみくびっていた。賢也の浮気はあくまで「浮気」。柚が問い詰めれば、謝ってすぐに足を洗うだろうと。

しかし、穂乃果の姿を実際に見て思う。

「賢也は、本気になっているかもしれない…」

よろよろしながら、夜8時すぎの銀座中央通りを歩いた。

賢也は先ほど、とても愛しそうに穂乃果を見ていた。その目を思い出すだけで、じわりと涙が出てくる。

「私、もう勝ち目ないんじゃないかな…」

「弱気になんなよ、柚だって綺麗なんだから。タクシーきたよ。とりあえず乗ろう」

そのときだ。近くを通った女子大生たちが、創を見て色めき立った。

― 創、相変わらずチヤホヤされてる。

そうだ、と柚はあることを思いつく。

― 創に、あの女の人を口説いてもらえたらいいな…。だって、だいたいの女性は、創に口説かれたら一瞬で心を持っていかれるはずだから。それで、賢也のことを忘れてもらうの…。

そこで、動き出したタクシーの中で柚は言ったのだ。

「創さ、さっきの女の人のこと、おとしてくれない?」

元の優しい賢也を取り返す方法は、それ以外に思い当たらなかった。

― 本来なら、賢也の根性を叩き直したほうがいいに決まってる。でも、女の人の方から疎遠になってもらえば、事態は丸くおさまるかもしれない…。

柚のすがるような声が響く。創はしばらく沈黙したあと、静かに笑って外を見た。

「ま、やってみてもいいけど」



その晩、さっそく柚はこっそり賢也のスマホを開き、槙野穂乃果とのLINEにアクセスした。

穂乃果のアイコンをタップすると、プロフィールのステータスメッセージに、Instagramのリンクを見つける。

― これだ。

柚は震える手で穂乃果のInstagramにアクセスし、創に共有した。

「お願い。DMで、声かけてみてくれない?」

うまくいく確信などなかった。知らない男性からのDMに応じる女性は、一体どのくらいいるのだろう。

しかし3日後、創は電話越しにこう言ったのだ。

「柚。びっくりするくらい、うまくいってる」

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▶1話目はこちら:「あの女を、誘惑して…」彼氏の浮気現場を目的した女が、男友達にしたありえない依頼

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創に突然口説かれ、穂乃果はすっかり心変わり…?