お金持ちと結婚した元モデルが、低層高級マンションで苦悩するワケ
港区、千代田区、中央区、渋谷区、新宿区。
通称「都心5区」。このエリアは、東京でもずば抜けて不動産価値が高い。
日本の高級住宅街を抱えるこのエリアに住めるのはもちろん、“選ばれし者たち”のみ。
そこに選ばれた女たちは、男、仕事、年収、プライベートも“すべて”手に入れたいと思っている。
尽きることのない欲望を持つ女たちは、白鳥のように美しくあろうと足元でもがき続けているのだ。
File11. 舞子、渋谷区在住。南平台町の高級マンション暮らし
「さてと、インスタにコーデアップしたし、行きますか」
舞子はこうつぶやき、身支度を完璧に整えてから、自宅マンションを出て愛車のBMW X5に乗った。Instagramにはこうアップする。
『今日はこれからランチ!オシャレ女子ばかりなので、お気に入りアイテムでまとめてみました!トップスが柔らかい雰囲気でお気に入り。#ootd #今日のコーデ #TONAL #HERMÈS #STUNNINGLURE #CHRISTIANLOUBOUTIN』
その日のコーディネートを玄関の鏡で撮影し、Instagramにアップするのが舞子の日課だ。
今日は、TONALのパールトップスにSTUNNING LUREのボトム。そしてCHRISTIAN LOUBOUTINの靴で仕上げた。そんな舞子の投稿には、今日もいいね!がたくさんついている。
「お待たせ〜!お久しぶりね!お元気だった?」
「舞子さん、相変わらずキレイ〜!」
場所は明治神宮前のTRUNK HOTEL。
かつてのモデル仲間や、お世話になった雑誌の編集者とのランチだった。昔話に花が咲き、ランチタイムはあっという間に過ぎて行く。
食後にカフェラテをいただいた後には、食事会のお決まりの「みんなで集合」の写真タイム。
そして、その写真を皆がInstagramにアップするのだった。
女が憧れるものは、すべて手に入れた
お食事会が終わり解散したあと。
舞子はそのまま車で紀ノ国屋に寄り、夕飯の買い物をして、南平台の低層マンションに帰宅した。
29歳の舞子は、2年前まで事務所に所属してモデルの仕事をしていた。引退してもなお抜群のスタイルを維持しており、人々の目を引く存在だ。
舞子の夫の悠太は会社を経営しており、家を不在にすることが多い。ふたりにはまだ子どももいないため、舞子は自由気ままに過ごしている。
傍から見たら、おそらく“優雅な生活を送る主婦”と見えるのだろう。しかし時折、舞子は思うのだ。
― 欲しいものは全部手に入れたけれど、私はこのままでいいのかな…。
舞子は、漠然と気がついていた。
30年近く生きてきたというのに、自分の人生がどこか薄っぺらく、奥行きもないことに…。
◆
以前「美人は生涯年収で1億円得をする」と、モデル仲間から聞いたことがある。
この言葉の表す通り、自分はこの容姿で得してきたと舞子は思っている。
モデルの仕事をしていた頃は「もっと大きな仕事をしたい!」と思って努力し、華々しい案件のオファーが絶えなかった。
だが…年齢的にモデルの仕事が少なくなってきた頃には、舞子の目標は「お金持ちとの結婚」となっていた。
そして、ちょうどいいタイミングで悠太と知り合い、結婚して“うまく収まる”ことができた。
モデル、お金持ちとの結婚、高級住宅地にある低層マンション、高級外車…。
欲しいものは次々に手に入れたはずだった。
しかし、結婚と同時に“自分が目指すべき目標”も見失ったことに気がついた舞子。
― 私は今、一体、何者なのかしら。何かしなくては…。
恵まれた生活を謳歌すればするほど、自分の存在意義がわからなくなっていく。
「次の目標を」と意味もなく焦っては、スマホを開いて何となく資格取得などを調べる毎日だった。
今の私は、一体、何者なのだろうか?
晴れた日の金曜日。
今日のお昼は、自宅に友人たちが来てくれることになっていた。
― 今日のメンバーはみんな白ワインが好きだから、白に合うようなアクアパッツァを作ったら喜んでくれるかな?サーモンとブルサンチーズのグリルも前菜で用意しようっと。あとは…。
メンバーの好みに合うようなメニューを考えて、食材は昨日のうちに購入していた。
モデルで自炊生活を心がけていたこともあり、舞子は料理が得意だった。
しかし、悠太は以前から仕事での会食が多く、コロナ禍であっても舞子は平日ひとりで夕食を食べることがほとんど。
そして、週末も悠太とふたりで外出するので、舞子が手の込んだ料理をするのは久しぶりだった。
◆
時計は12時を回り、メンバーはお手持ちを持って集まってきてくれた。
「乾杯〜!お昼からシャンパン開けられるなんて最高!」
「舞子のお料理、ホント見ているだけで美味しそう!」
こんなことを話しながら、集まった友人たちは舞子の手料理を喜んで食べてくれる。皆の笑顔を見て、舞子はこんなことが頭をよぎった。
― 昨日から準備してホントよかったな。「美味しいものを食べると人は幸せな顔をする」って本当だわ…。あ、そうだ。私もインスタで見るようなお料理教室でもやろうかなっ!
そのとき、友人のひとりが舞子に話しかけた。
「ねぇ、旦那さんはこんなおいしいご飯を毎日食べられて、幸せだね!」
この言葉を聞いて、舞子はハッとした。
― 悠太に手の込んだ料理を最後に作ったのは、いつだったかしら…?
平日は会食ばかりの悠太。家で夕食を取ることは、ほとんどない。
しかし、週末もふたりで外食ばかりなので、最近、悠太に手の込んだ料理を作っていなかった。
「あぁ…。旦那はいつも仕事で遅いから、ご飯は全然作っていないわ…」
こう苦笑しながら、舞子は友人に答えた。
「えー!もったいない。こんなに美味しいお料理なのに!」
その言葉を聞いて、舞子は思った。
悠太と結婚して、とても穏やかで幸せな毎日を過ごすことができている。
そのことには感謝する一方で、舞子はいつも「自分には何かが足りない、何か目標が欲しい」と考えては、言いようのない焦燥感に襲われていた。
しかし、不足感を感じる前に、自分自身で充実させるべきものが身近にあることに気がついたのだ。
そう、それは悠太との生活。
他人から見ると、容姿に恵まれ、財力のある優しい男性と結婚できて、自分はとても幸せなはず。
にもかかわらず、「もっと…」「何か…」と考えるあまり、目の前にある悠太との日常を疎かにしていなかっただろうか。
友人の言葉を聞いて、舞子は結婚してからの生活を省みてしまう。
こんなにも穏やかで豊かな生活をさせてくれている悠太に、何もお返しができていない。
目の前の悠太にすら何もしてあげられていないのに、「別のやるべき何か」を探していたことが、今さらながらとても恥ずかしいと思えてきた。
― 悠太、今日も大事なお客様との会食だって言ってたな。でも、明日はふたりで過ごせるから、久々に悠太が好きなパエリアを作ってあげようかな。
自分にとって一番身近で大事な存在を再認識し、舞子は毎日を大切に生きようと思うのだった。
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