「菜摘って、本当に学ばないのね」

高校時代からの友人・月野明奈(つきの あきな)は、呆れた顔をした。

超絶イケメン・涼介にフラれてから、菜摘はショックで食事もままならず、ふとした瞬間に彼の顔を思い浮かべると涙が溢れ出てくる。

明奈の言葉が、弱った心にグサリと刺さる。何も言い返せずにいると、彼女は容赦なく続けた。

「で、今回の被害額はいくらなの?」

さすがに失礼だ。不躾な物言いにムッとした菜摘は、反抗的に言い返す。

「被害額って失礼でしょ。言葉には気をつけなさいよ!」

「だって、さんざん貢いできたのは事実じゃない?」

「そんなこと…」

反論しかけたところで、黙り込んだ。これまであげてきたプレゼントを思い出そうとした脳内に、涼介と過ごした日々の記憶が一気に溢れ始めたのだ。

伊勢丹メンズ館の試着室でビシッとスーツを着こなした彼。Apple Watchを買ってもらって子どものようにはしゃぐ彼。

思い出しているうちに、また涙が出てきそうになった。菜摘は涙をぐっと堪えて、目の前に置かれた白ワインを一口飲む。

「33歳にもなって、みっともない…」

つい心の声がポロリと漏れてしまった。すると明奈は、見かねたようにこう言った。

「そう思うならさ。そろそろ顔で男を選ぶの、やめたほうがいいと思うよ」


友人の手厳しい意見にぐうの音も出ない菜摘は、あることを決心するが…?


ある決意


「菜摘って、美人で経済力もあって、周りからしっかり者のイメージ持たれちゃうけど、実際は頼りないっていうか、抜けてるよね。…とかく恋愛になるとメンヘラだし」

“メンヘラ”などという俗っぽい言葉で自分が表現されたことにイラっとするが、間違ってはいないため否定も出来なかった。

「ねえ、誰か良い人いない?」

話題を切り替えようと、菜摘はつとめて明るく振舞い、そう尋ねてみる。

「いるわけないでしょ」

だが明奈はピシャリと突き放した。ちょっと前までは「いないこともないけど、菜摘の好みじゃないと思う」くらいのことは言ってくれたのに。

「イケメンで経済力もあって、なんて。そんな男性とっくに売り切れたわ」

切り捨てるような明奈の口ぶりに負けじと、菜摘は食い下がる。

「でも、結婚してない人はいるでしょう?私、経済力はそんなに重視してないから誰でも…」

だがそこまで言って、口をつぐんだ。明奈がキッと睨んでいるのを感じ取ったからだ。

「じゃあ、高校の同級生の鳥山くんとかどう?ちょっと前にあったクラスメイトの結婚式で会った時は、彼まだ独身だったよ。とても良い物件のように思うんだけど」

−鳥山くん…!?

確かに聞き覚えのある名前だが、全く思い出せない。成績や運動神経がどうだったかはさておき、顔は地味で、タイプではなかったのだろう。

「今、顔が地味だったんだろうとか考えたでしょ」

もう自分はそれくらいに“イケメン”への執着が出てしまっているのか、と菜摘は自省の念に駆られた。




−わかってはいるけど…。

菜摘は、家に向かうタクシーの中でスマホをいじりながらため息をついた。そう言われたところで、価値観をすぐに変えられるわけではない。

そしてふと目を上げたとき、バックミラーに写った自分と目があってギョッとした。

−私、こんなに老けてた…!?

ここ数日の失恋騒動で、想像以上にやつれてしまっていた。「やだっ」と、小さく悲鳴を上げてしまう。

何だか急に現実を突きつけられた気がした。

入念にケアしていることもあって、変わらぬ美貌を保っている。だが年々、自分のことを年取ったと感じる瞬間が増えてきているのも事実だ。

ふと油断した瞬間に自分を見ると、ぎょっとしてしまうときがある。例えば今のように。

そう思うと、にわかに焦りの感情が菜摘の心の中に生まれた。時間は待ってはくれないのだから、いつまでもイケメンを追いかけて、不毛な恋愛をしている場合ではない。

今回こそ“人柄”で選ぶのだ。

先日登録したばかりのマッチングアプリを起動させた菜摘は、すぐに作動してしまうイケメンフィルターを無効化して、男性を見極めることにしたのだった。


決意した菜摘だが、人はそう簡単には変われなくて…?


やっぱり、顔


「この人、格好良い…」

心新たにしたはずの菜摘だが、3分と持たなかった。いざ男性を見始めると、イケメンに吸い寄せられてしまうのだ。

“いいね”を押してしまうのは、決まってルックスの整った男。トップのプロフィール写真だけでなく、他の写真も隈なくチェックして、少しでも基準に満たなければ候補から外してしまう始末だ。

雰囲気イケメンも、顔がはっきりと分からない写真だけの男性も基準外。どんどんはじいていく。

−これは、実物と随分違いそう。

意外に多かったのが、大幅に補正をかけた写真(つまり、盛っている写真)を使用している男性だ。うまく隠しているつもりかもしれないが、菜摘には手にとるように分かる。

必要以上に補正された写真をアップしてイケメン風に見せている男には、苛立ちさえ覚えた。そんな簡単に、私の目は誤魔化せない。全部お見通しだ。補正した箇所を言い当てながら、菜摘は徹底的にチェックしてやった。

気づけば人柄重視のポリシーも忘れて、“本物のイケメン探し”に熱中していた。

もはや何と戦っているのか分からないが、スマホ越しの男にひたすら喧嘩を売り続ける。

“ピコーン”

血眼になって探していると、マッチングしたことを知らせるポップアップが立ち上がった。

どれどれと確認しながら、同時にGoogleブラウザを立ち上げる。今もまさにマッチングした、35歳の企業経営者。なかなかのイケメンだ。

ここで油断してはいけない。早速菜摘は、彼の顔写真を画像検索し、会社を突き止める。その会社の役員紹介に掲載されているプロフィール画像を見る限り、マッチングアプリの写真とそう違わない。

−イイかも…!?

だが、その会社のホームページに掲載されていた、設立記念パーティーの集合写真を見てため息をついた。残念ながら、プロフィールもマッチングアプリ用の写真も、かなり補正されていたことが分かった。

「さようなら」

こんなことを繰り返していた結果、登録している男性の多くが、そもそも基準を満たさないことが分かった。基準を満たした数少ない男たちにアプローチしてみるが、返事はこない。

自分が本気を出せばマッチングの1つや2つくらいすぐだろう。そう高をくくっていた菜摘は、躍起になってマッチングアプリを見続けた。



「花村さんですか?」

『ランデブーラウンジ』でぼーっとしていた菜摘は、呼びかけられて顔を上げた。今日は、友人に紹介してもらった男性と会うことになっている。

「あ、はい」

そこには、ニコニコした中肉中背の、どこにでもいそうな男が立っている。現れた男を見るなり、菜摘は一瞬で帰りたくなった。

某メガバンクの人事部で働いているエリートらしいが、このルックスではトキめかない。

その後も彼に一切の興味を持つことはないまま、消化試合のような2時間ほどを過ごしてその日は終わった。

やっぱり顔って大事。そう、ひしひしと感じたのだった。




『彼、どうだった?』

苦痛だったお茶が終わると、すぐに友人からLINEが入っていた。先ほどの男性を紹介してくれた友達からだ。

顔がタイプじゃないから、とさらけ出すことができたらどんなに楽だろうと思いながら、次はないという趣旨の文面を、3重くらいのオブラートに包む気持ちで打ち込み始める。

しかし、なかなか納得のいく文面が思いつかない。書いては消し、を繰り返していると、振動とともに通知が画面の上側に出てきた。

マッチングアプリからの知らせだった。誰かがいいね!を押してくれたらしい。菜摘は早速アプリを開き、相手のプロフィールを確認する。

−格好良いっ!

第一印象は、控えめに言って最高だ。すぐに画像検索してみるが、インターネット上にはそれと思しき人物は見つからない。

プロフィールを見ると、海外の大学卒で現在は、プライベート・エクイティ・ファンドで働いているという。

アプリに戻って写真を1枚1枚確認する。不自然なところは見当たらない。

ついに来た。

菜摘は、すぐに承認ボタンを押した。

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超絶イケメンとの初マッチング。現れた彼に菜摘は…?