別に、結婚だけが女の幸せではない。

自ら望んで独身を貫くのなら、何も問題はない。

しかし実際には「結婚したいのに、結婚できない」と嘆く女たちが数多く存在し、彼女たちは今日も、東京の熾烈な婚活市場で戦っているのである。

これまで、自分にも相手にも厳しい“ストイックな36歳独身女”や、アイドルに恋する女、3人の男をキープする女、場末感漂う35歳などを紹介した。

さて、今週は…?




【今週の結婚できない女】

名前:加奈
年齢:36歳
職業:外資系コンサルティングファーム勤務
住居:麻布十番

“加奈、今週金曜空いてる?”

残業中のデスクで確認したLINEを、加奈は未読のまましばし放置した。

差出人は学生時代からの友人で、総合商社勤務の敦子。

もはやこの先は聞かなくてもわかる。お食事会の誘いである。

アラサーを超えたあたりから、お食事会の誘いなどめっきり無くなっていた加奈だが、ここ最近、敦子からはしきりに誘いがくるのだ。

実は敦子は今年の夏に離婚したバツイチ。巷にいう“バツイチ需要”があるからなのか真相はわからないが、とにかく彼女には40代のおじさまあたりからやたらと誘いがあるらしい。

しかし彼女も、連れていく女友達に限界があるのだろう。同年代の独身仲間など、もうほとんど残っていないのだ。それで大体いつも加奈が誘われる、というわけ。

-行った方がいいのかなぁ。あーでも、面倒臭い。

独身に返り咲いた敦子とは違い、加奈はもうかれこれ婚活10年以上の歴を誇る。

正直言って、もう飽きた。疲れ切ってしまってもいた。

仕事が早く終われるならば、特に興味もないおじさん達に愛想を振りまくよりも家でゆっくり体を休めたい。

もともと昔から、人におべっかを使ったり、思ってもいない褒め言葉を言うのは苦手だった。

結婚したくないわけではない。どちらかというと、したい。

しかし今は家に一人でいるのが至福のひとときで、できることなら出歩きたくもなかった。

というのも、加奈は1年前、35歳のときに思い切って大きな買い物をしたのだ。


独身街道まっしぐら!?加奈が手に入れた大きな買い物とはもちろん…


家を買った女


-更新月が来る前に、絶対結婚しよう。

加奈は31歳のとき、そう心に決めて広尾のマンションを賃貸契約した。

立地と外観が気に入って決めた家だったが、当時の収入にしては背伸びをしたマンションで、しかしその割に満足のいく広さではなかった。

長く住む家ではない、と最初から思っていた。

周囲が続々と結婚を決めていく焦りからか、当時は今より結婚願望も強かった。

週3〜4の食事会をこなし、デーティングアプリも活用。ハイスペ限定の結婚相談所にも試しに一度だけ行ってみたこともある。「こんな相手なら結婚しなくていいや」という感想しかなく、すぐに退会したが…。

それでも男性を家に呼んだ時のことを考えて、インテリアなんかも自分の好みより好感度を重視したりして、今になって思えば随分と頑張っていた。

彼氏ができた時期もあったものの結婚には至らず、そんなことをしているうちにあっという間に2年が過ぎた。

33歳でやってきた、一度目の更新。

しかしこの時にはまだ「自分で家を買う」という発想には至らず、次の更新までには必ず…!と再びの誓いを立てて更新を決意したのだった。

だがそこからの2年は、さらに瞬速で過ぎ去った。

デートどころか食事会の誘いも急に声がかからなくなり、たまに参加してみると、前に一度食事会済の男だったりする。

-やばい、もしかして一巡しちゃった…?。

男は星の数ほどいるのかもしれないが、東京を生きるバリキャリ女と釣り合うレベルの男、となると相当限られてくる。

そしてその限られた物件は、たとえ多少の瑕疵があれど売れてしまうくらいに引く手数多なのだ。

東京に、結婚したいほどいい男はもう残ってない。

薄々と感じていた疑惑が確信に変わっていくと、加奈はあることに気がついてしまった。

無駄に出歩いて消耗するくらいなら、時間もお金も自分のために使った方が有意義じゃないか、と。

そして迎えた、2回目の更新。

35歳となった加奈は、もはや迷うことなくマンション購入に踏み切ったのだ。


麻布十番にマンションを購入した加奈は、自分が結婚に向かないことを痛感してしまう


自分好みに家を整える作業は、想像以上に楽しかった。

オフのたびにインテリアショップを巡り、家具はすべて大好きなモノトーンで統一。クッションやベッドリネン、部屋着やスリッパに至るまで、とにかくお気に入りだけを揃えた。

家電も惜しみなく最新のものを買った。バルミューダのトースターに、デロンギのエスプレッソマシン、オフの日はNetflix三昧するべく50インチの4Kテレビも壁掛けで設置した。

他の誰のことも考えず、自分のためだけに整えられた部屋。当然ながら最高の居心地である。一生懸命に働いてきた甲斐があったというものだ。

そうして新居の生活にもすっかり慣れた頃、しかしながら加奈は、自分がますます“結婚できない女”になっていることを痛感することとなるのだった。

そのころ加奈には“彼氏”と呼べるのかどうか微妙だが、時々デートをするような男がいた。

加奈がマンションを購入したと話すとぜひ一度遊びに行きたいと言われ、しばらくは迷っていたのだが、ある夜、お酒の勢いもあって家に招いたのだ。

だがこれが間違いだった。

彼のことはそれなりに好きであったはずなのに、自分の家で寛ぐ彼の一挙手一投足が気になって仕方ない。

わざわざスリッパを出したのに、なぜか途中で脱ぎ捨てているのが気になる。水滴が飛ぶから、勢いよく水を出さないで欲しい。

ゴミをその辺に置かないで欲しいし、シャワーも浴びていない体で革張りのソファに寝転んで欲しくない。

自分でも小さなことだと思うから口には出さないが、苛々が募る。

-ああ、もう。はやく帰ってくれないかな…。

挙げ句の果てにはそんな風に思い始める始末。

自分だけの城で、自分のペースで過ごす生活に慣れてしまった加奈は、もはや他人と同じスペースで共存することにさえ、ストレスを感じてしまうようになっていたのだ。


一度結婚している女との違い


敦子の誘いを断ってから、1ヶ月半ほど経過したある日のことだった。

-ダメだ、全然終わらない。残業決定…。

終わりの見えない資料作りに目眩を感じた後で、そういえば、と加奈はふと敦子のことを思い出した。

ここのところしばらく、彼女から食事会に誘われていない。

何かあったのだろうか。離婚後の孤独はじわじわとくるというから、落ち込んでしまっているのでは…?

考え始めると心配になり、様子を伺ってみようかと案じていた矢先のことだ。

“彼氏ができました♡”

残業中のオフィスで受け取ったそのLINEを、加奈はしばし呆然と眺めた。

まだ一度も結婚していない方の女はもう随分長いこと彼氏などできていないというのに、舌の根も乾かぬうちに、もう次の男…!?

“すごい。さすがだわ”

心からの感嘆と尊敬を込めてそんな返事を送ると、敦子からはすぐさま叱咤激励のLINEが届いた。

“感心してないで、加奈も出会いの場に行かなきゃダメだよ!まずは出会わなきゃ始まらないんだからね”

…正論である。加奈だって、そんなことは重々わかっているのだ。

しかしながらそれでも、出歩く時間があるなら家に帰りたいと思ってしまう自分がいる。

居心地抜群の、自分だけの城に。

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