部屋で二人きりにまでなったのに、なぜ!?意中の男が、指一本触れて来なかった本当の理由
“生まれつき勝ち組”だなんて胡座をかいていられるのは、今だけよー。
佐藤直子(27歳)は地方の下流家庭出身だが、猛勉強の末に東大合格、卒業後は外資系証券会社に入社。独力でアッパー層に仲間入りした「外銀女子」。
そんな直子の前に“生まれながらの勝ち組”・あゆみが現れる。
容易く多くを手に入れるあゆみに、直子の苛立ちは募るばかり。
そんな時、中学・高校時代の同級生・知也と偶然再会した直子。つかの間の春が訪れたかと思った矢先、実は彼が天敵・あゆみの元彼だったと判明する。
部屋で二人きりになった、その後のこと
ソファで寝落ちてしまったようだ。
首に感じる鈍い痛みで、直子は目を覚ました。
全身に残る怠さ、内臓がよじれるようなこの感覚…完全に二日酔いだった。
昨晩、知也と2軒ハシゴして、それから…
―…!?
不意に、断片的な記憶がよみがえる。
「この後、どうする?」
思わず自ら知也を誘った、あの声を思い出す。そして…そのあと、どうしたんだっけ?
状況を把握しようと、慌ててソファに起き上がり部屋を見渡す。
ソファの他には本棚とダイニングテーブルがあるだけの殺風景な部屋に、普段と違う点は…見当たらない。
自身の姿を確認すると、昨日のワンピース姿のままだった。
ホッとする気持ちが勝るものの…なんだろうか、このモヤモヤ感は。
二回目のデートで付き合ってもいない男と一線を超えてしまった場合...相手にもよるだろうが、今後の関係がポジティブに展開する可能性は低いに違いない。
しかし部屋で二人きりにまでなっておいて、何も無かったら何も無かったで、自分に女としての魅力が足りなかったのではないか、という気もしてくる。
...女というのは、面倒くさい生き物だ。
―まぁ、何にもなくて、良かったのよ。
そう自分に言い聞かせ、水でも飲もうとキッチンに立った時、シンクに残された2客のコーヒーカップが目に飛び込んできた。
蘇る、昨晩の記憶。知也と過ごした夜に起きていたこととは。
昨夜の出来事
「すごい本棚だなぁー」
部屋のソファに知也と並んで座る。目の前には、天井まで壁いっぱいに広がった本棚がある。
直子はいわゆる“読書”はしないのだが、技術書・業界データブックについてはかなり幅広いコレクションを揃えていた。
「全部仕事関係のものばっかりなんだけどね。地震が来たら一発でアウトな感じするでしょう」
気になる男と部屋で二人きりだというのに、色っぽい話の一つも出来ない自分がほとほと嫌になる。
しかしそれでも、二人の間には不思議な心地よさが漂っていた。
「直子、本当に仕事好きなんだね」
「…なのかなぁ。でも最近、わかんなくなってきちゃった。今日だって…」
思わず、上司があゆみを贔屓したせいで自分がとばっちりを受けたことを口に出しそうになる。
「いや、うちの会社もさ、色んな政治とかあって、好きだけじゃやってけないんだよね…」
かろうじて話題を逸らし、笑顔を作って知也の顔を見上げた。
-自分と一緒にいるときに、あの女のことを思い出してほしくない。
それは、直子の中にも存在している乙女心がさせた、小さな強がりだった。
しかし、この直子の一言を聞いた知也の表情が、どういうわけかサッと変わってしまったのだ。
―…ん?
何か、間違ったことでも言っただろうか。
知也が、急に真面目な顔でこちらを見つめているのに気がつき、直子はハッと我にかえった。
それまで2人の間に漂っていた、旧知の友らしい空気感も消え去っている。
「…そうなんだ」
神妙な顔で頷く知也。その急な態度の変化についていけず、直子が目をぱちくりさせていると、知也はぐいっとコーヒーを飲み干した。
「ご馳走様、そろそろ帰るね。…これ、シンクに下げておけばいい?」
「…え?あぁ、うん…ありがとう」
そして結局、知也はそのまま直子に指一本触れることなく帰ってしまったのだ。
◆
脳内でようやくつながった、昨晩の記憶と酷い頭痛に顔をしかめつつ、直子はノロノロとコーヒーカップを洗う。
ふと時計に目をやると、時刻は既に12時を回っている。
―せっかくの日曜だったのに…。
改めて、昨夜飲み過ぎたてしまったことを後悔する。
今日は日曜だが、月曜朝から投資家訪問をするため、16時のフライトでシンガポールに飛ばねばならない。
直子は痛む頭で時間を逆算する。空港までタクシーで30分、14時半に家を出れば良いから、パッキングに30分として…。
ジムで一時間くらいは走れるだろうか。
二日酔いは辛いが、このまま家に居ても昨晩の苦い後味を引きずるだけ。
直子は自分に喝を入れると、ジムウェアに着替え始めた。
直子の部屋まで来ておいて、そそくさと帰ってしまった知也。その、本心は?
知也の本心
直子がジムへ向かったのと、同じ頃。
知也もまた、ヒルズスパのジムで汗を流していた。
1台だけ残っていたトレッドミルを確保し走り出すが、振り払おうとしても昨晩のことが脳内で再生される。
“うちでコーヒーでも、どう?”
艶っぽく潤むその目に、自分の理性がぐらりと揺さぶられたのは事実だ。
…しかし知也には、この甘い誘惑に乗れない事情があった。
とはいえ、男の性に抗うことは非常に難しい。
“どうせ同じマンションなんだから”
そう言い訳して2人でタクシーに乗り込んでしまったら、もう引き返せなかった。
“すぐ帰ればいいんだから”
直子の家に立ち寄るための言い訳は、無限に湧いてきた。
そうして気付いた時には彼女の家のソファで、直子と並んでコーヒーを飲んでいたのである。...自分でも、自分の意志の弱さに呆れてしまう。
しかし、前に飲んだ時には全く顔色の変わらなかった直子なのに、昨夜は疲れていたのだろうか、耳や首筋がうっすら赤く染まっている。
“据え膳食わぬは男の恥”
そんな言葉が、頭にちらついた。
しかし、知也を現実に引き戻したのは直子の一言だった。
“うちもさ、色んな政治とかあって…好きだけじゃやってけないんだよね”
直子が熱意をもって仕事に取り組んでいることは、話していることからも、あの巨大な本棚の一冊一冊を見ても、よく分かっていた。
―やっぱり、言ってみようか。
30分のランを終え、テラスへ出ると、知也はある番号に電話をかけた。
「…もしもし小林さん?日曜日にすみません…この前の話なんですが、ちょっと紹介したい人が居まして」
発信先は、知也がCTOを務めるグレンカスの代表・小林だった。
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すれ違う直子と知也。知也は一体何を考えているのか?