ー夢は極上の男との結婚。そのためには、どんな努力も惜しまない。

早川香織、26歳。大手IT企業の一般職。

世間は、そんな女を所詮「結婚ゴールの女」と馬鹿にするだろう。

しかし、先入観なんぞに惑わされず、彼女の“秘めたる力”をじっくりと見届けて欲しい。

vsハイスペ男との熾烈な戦いを...!

最高の彼氏だと信じていた拓斗にとって、実は香織はセカンドだった。

起業して彼を見返そうと奮闘し、何とか会社が軌道に乗り始めたころ、拓斗から連絡が…




「香織、元気にしてる?久しぶりに会えないかな?」

自分が立ち上げたオリジナルバッグの会社が忙しくなり、毎日仕事ばかりになっていた頃、久しぶりに届いたあの男からのLINE。

ー拓斗…。

別れてから一度再会した時、香織の心に芽生えた感情は「この男を見返してフってやりたい」という思いだった。

そのため、幾度かLINEや電話が来たが、香織は無下に扱ったりせず、まだ気があるそぶりを見せ、しかし会わずに今日まで我慢していたのだ。

ーもう、会っても良い頃よね…。

会社自体はまだ、成功を収めた、と言えるほどではない。だが、徐々に売上を伸ばし、少しずつ知名度も上がって来た今なら、香織は自分に自信を持って拓斗と向き合える、と思った。

「久しぶり。連絡ありがとう。私も、会いたいな」

香織がそう送ると、少しして返信がきた。

「良かった、じゃあ、今週末なんてどうかな?」

「大丈夫。会えるの、楽しみだな」

香織は返信を打ちながら、急に緊張感に包まれる。思えば、この男を見返すため自分に自信を持とうと、長い年月をかけてここまでやってきた。

今までの努力の成果を見せつける時が、やっと来たのだ。

香織は拓斗にそう返信した後、もう1通他にLINEを送った。


拓斗VS香織。久しぶりに会った拓斗の馬鹿すぎる考えとは…?


最後の戦い


決戦の日。

フォーシーズンズホテルにある『モティーフ レストラン&バー(ザ・リビングルーム)』の店内に入ると、通された席にはすでに拓斗が座っていた。




相変わらずピンと伸びた背筋や、シンプルだがセンスのある服装は、彼の長所を存分に引き立たせている。

そんな彼を見ると、いつも胸が高鳴る香織だったが、今日は全く心が動かない。

「お待たせ。ごめんね、遅れちゃって。出がけに色々と用事が入っちゃって…」

「いや、俺もさっき来たところだから」

付き合っていた頃の香織は、忙しい彼に合わせていつも時間厳守だった。そんな所も、都合良く扱われた要因だったのだろうか、などとぼんやりと考えながら席に着く。

「久しぶり。なんか香織、すごく綺麗になったね…」

帰国子女の拓斗は、昔からよく褒めてくれた。けれど、今日はその声に熱を感じる。

「そうかな、ありがとう」

香織は軽く微笑みを浮かべる。以前なら本気で喜んで見せたが、今日はそんな姿を見せてはならない。

なぜなら、これから香織の最後の戦いが待っているのだ。


拓斗の心情


久しぶりに会う昔の女。

この響きだけで、艶っぽい展開が想像に容易い。

数日前に届いた香織の返信から、彼女が自分のLINEに対して浮かれているのが分かった。

ーやっぱり、俺のことを忘れてなかったんだな。

「嬉しい」という感情と、「簡単だな」という少し蔑む思い。それでも、会いたいと思ったのは本当だったので、週末に会うことにした。

ただ一つ想定外だったのは、香織が雑誌で見た写真よりも綺麗になっていたことだ。

僕の知っている彼女は、読者モデルの経験があるくらい可愛いものの、“量産型”と揶揄されてもおかしくないような、東京にならいくらでもいそうな子だった。

しかし目の前に現れた香織は、見た目が洗練されただけでなく、自信に溢れ、内側から発光しているかのように、ふわりと光って見えた。

「久しぶり。なんか香織、すごく綺麗になったね…」

僕の言葉に対し、香織はさほど喜びもせず、社交辞令程度に微笑んだ。

僕の知っている彼女なら、頬を薔薇色に高揚させて嬉しそうに「そうかな?今日は新しいファンデーションを使ったからかな」なんて間に受けて、ペラペラとどうでも良いことを話していただろう。

「何飲む?シャンパンで良い?」

そう言ってメニューを見ながら顔を近づけた時、自分が少しドキッとしていることに気がついた。

ーへぇ、香織をこんな風に意識するなんてな…。

そうして僕たちは、会わなかった間の時間を埋めるように話をした。僕の仕事の話や最近ハマっている趣味について、どこのレストランが美味しいかとかそんなところだ。

どんな話をしても、彼女は楽しそうに笑って聞いている。やはり、僕とやり直したいと思っているのは間違いないだろう。


拓斗がとうとう香織にあの言葉を…。しかし香織の反応は…?


拓斗の目論見


「香織は、最近はどうしてるの?この前会ったときは、起業したって言ってたけど…」

勿論、彼女の起業についても聞いてあげた。別にそれほど興味があった訳ではないが、女は自分のことを聞いて欲しがるだろう?

ただ、僕は雑誌を見たことは言わなかった。言えば、変に勘ぐられて面倒だからだ。

「うん…今も続けてるよ。最近は、何とか軌道に乗り始めたところかな」




僕の質問に対して、彼女は飲んでいたグラスの縁をゆっくりと指でなぞりながら答えた。

やはり、起業の成功が彼女に自信を持たせ、魅力的に映るのだろうか?仕草も何だか妙に色っぽい。

僕がその綺麗な指先に目を奪われていると、香織は急に僕の方を見てフッと潤んだ目で微笑んだ。

意味ありげな彼女の表情。お互いの意思疎通が取れた瞬間だと確信する。

「…香織さ、今付き合ってる人とかいないの?」

「そうね…今は忙しくて特にいないけど…」

「あのさ、香織。俺たちもう一度、やり直さないか?俺、香織と別れてからずっと後悔してたんだ…。今度こそ、本気だから」

僕は目一杯真剣な顔を見せた。彼女の喜ぶ顔が目に浮かぶ。


香織の心情


久しぶりに会う元彼。自分をセカンドとして扱っていた最低二股男。

あれだけ大好きだったのに、今は裏切られたという憎しみと、それでも残る過去の愛情が絡み合って、複雑な感情が渦巻く。

ただ、彼と再会することで、また自分の心が揺れてしまったらどうしようと、少し怖くもあった。なのに…。

ー何だろう…?拓斗自身はそれほど変わっていないと思うんだけど…。何だか色褪せて見える…。

違和感を覚えながらも話すうちに、あることに気がついた。

ー拓斗って、こんなに自分語りする人だったっけ…?

拓斗の話のほとんどが自分の自慢だったり、会社やクライアントの愚痴だったりと、自分のことばかりなのだ。

昔は彼のことを本気で凄いと尊敬していたし、どこか崇拝している部分があったように思う。

だから、彼の話すことや行動の全てを、素敵だ、と思い込んでいた。

しかし今、冷静な目で拓斗を見てみると、何だかどこか薄っぺらく、人としての深みを感じられない。

勿論、私よりも学歴がよく、仕事も出来るのだろう。それでも、人間的に尊敬できるかはまた別の話だと、深く実感したのだ。

ー人って、スペックじゃなかったんだな…。

今までは自分に自信がなかったから、分かりやすいスペックを持った人と付き合うことで、自尊心を満たそうとしていた。

だが、前よりも少し自分自身を認められるようになった今は、もうスペックに惑わされたりはしない。


香織の逆襲の、始まり始まり…


逆襲への序章


私は自分自身をぼんやりと振り返りながら、拓斗の話に愛想笑いを浮かべる。すると突然彼から起業の話を振られ、我に返った。

「何とか軌道に乗り始めたところかな」

当たり障りなく答え、曖昧に微笑む。どうせ彼に話したところで、自分の話にすり替えられて終わるのが関の山だろう。

すると、なぜだか彼の目が急に真剣になった。そして、こんなことを言い始めたのだ。

「もう一度、やり直さないか?」




この言葉を、どれほど待ちわびていただろうか?少し前の私なら、迷わずこの陳腐な展開を受け入れ、また同じことを繰り返していただろう。

でも、彼を見返したいと本気で思ってからは、この言葉を違う意味でずっと待っていた。

「…拓斗…。そう言ってくれて嬉しい。でも…、梓さんは?私もう、二股なんて嫌よ?」

「梓とは、もう終わったよ。まぁ、向こうは納得していなくて、いまだに連絡が来るけど…。今度こそ、香織だけを大事にするよ」

彼がこれまで見たことがないほどの神妙な面持ちで答える。だけどなぜか、安っぽいドラマの俳優を見ているかのように思えた。

「ほんと?でも、どうして梓さんじゃダメだったの?私は梓さんなら、と思って身を引いたのに…」

「梓は…なんて言うか、気が強くて女王気質なところがあって、正直疲れたんだよ。それに比べて、香織はいつも一番に俺のことを気遣ってくれていただろう?今更だけど、香織のそういった所の良さにやっと気がついたんだ」

「そっか…」と言って、私は彼に表情を見られないように俯いた。今、私はどんな顔をしているのだろうか?

彼の言葉は想像通りだった。それが聞けて嬉しいのか、何だかあまりにも薄っぺらくて苦笑いなのか、それとも好きだった男の醜態を見て切ないのか…。

ただ、結局彼は、自分に都合の良い人間を側に置いておきたいだけなのだと再確認した。梓への思いが本当なのか、私を説得させるための嘘かは分からない。どちらにせよ、何とも自己中心的な考えだ。

ー本当はここまでしたくはなかったんだけど…。でも一度くらい、彼に痛い目にあってもらってもいいよね…?

さて、そろそろ入ってくる頃だろう。私は扉の方に目をやる。すると、拓斗もつられて同じ方向に目を向けた。

その時、丁度タイミング良く扉が開く。相変わらず存在感のある女性だ。

「え…?梓…?何で…?」

鳩が豆鉄砲を食らった顔、と言う表現がぴったりな表情。そんな彼の横顔を見ながら、私は大きく息を吸う。

さて、覚悟してね?私の愛した、最低で大馬鹿なあなた。

▶︎NEXT:次回10月1日 月曜更新予定
ついに最終回。香織の逆襲の先に待っていたものとは…?