ー夢は極上の男との結婚。そのためには、どんな努力も惜しまない。

早川香織、26歳。大手IT企業の一般職。

世間は、そんな女を所詮「結婚ゴールの女」と馬鹿にするだろう。

しかし、先入観なんぞに惑わされず、彼女の“秘めたる力”をじっくりと見届けて欲しい。

vsハイスペ男との熾烈な戦いを...!

最高の彼氏だと信じていた拓斗にとって、実は香織はセカンドだった。パリへの失恋旅で出会った塚田雅也から、香織の持つ凄い可能性を指摘される。香織は偶然出会ったサブバッグで、起業を考えるが…。




「君に起きている最高にラッキーなこと、それは…」

塚田雅也は思わせぶりに一呼吸置いた。けれど香織は正直、先ほどから彼の言葉に付いていけていなかった。

自分が思いつきで言った「誰でも簡単にデザインできる、オリジナルのサブバッグ」の話に対して、雅也に「起業するのもいいんじゃない?」と予想外に言われた。その上、何となく勢いで「したい!」と答えてしまった。

しかし、そんなことが本当にできるのだろうか?しかも、雅也の言う“最高にラッキーなこと”など、全く思い当たらない。

香織はじっと我慢して、雅也からまたどんな言葉が飛び出すのかを静かに待った。

「最高にラッキーなこと。それは、僕に出会ったことだよ」

予想外の答えに、香織は思わず「へっ…?」と変な声が出てしまった。

―この人はやっぱりおかしい人…?それとも、新手のナンパ…?

「ハハッ、そんな怪訝な顔しないでよ。これでも僕は、結構人脈があって、色々と物知りな方なんだ。でもまさか、君が本当に起業の方向に行くとは思わなかったけど…」

―ふうん、人脈ね…。港区にも人脈自慢するおじさんはたくさんいたけど、何だか少し胡散臭い…。

香織は一瞬騙されているのではないか、と思った。目の前のヒゲモジャのおじさんが、「自分と出会ったことがラッキーだ」と言い切るなんて、相当変な人に違いない。


疑っている香織が信用してしまった、雅也の言葉とは…?


雅也の正体


すると、香織の怪訝な様子が伝わったのか、雅也は名刺を取り出した。

「これが今、僕がしている仕事。インキュベーターって聞いたことないかな?」

香織の頭には、これまた「?」が浮かぶ。そんなことはお構いなしに、雅也は楽しそうに続けた。




「インキュベーターっていうのは、保育器って意味でね。平たく言えば、イノベーションを起こす手伝いをする会社なんだ。起業を成功させるための条件として、“良いメンターと出会うこと“って言うのがある。僕は良いメンターをたくさん知っているんだ」

受け取った名刺をマジマジと見ると、そこにはCEOの文字があった。最高経営責任者―?

「僕の会社は、基本的に若い人向けにやっている。正直今は儲けよりもボランティアに近い状態だけど…。ただ、僕は若者たちには本当に多くの可能性があると信じている。だから、お金も人脈も経験もない彼らが、大きなイノベーションを起こす日を夢見て、一緒に奮闘しているんだよ。」

雅也の言葉は一見すると綺麗事で、やはり胡散臭いようにも感じる。けれど、彼がキラキラとした目で語る姿から、本気で今の仕事を楽しんでいるのが伝わってきた。

「と言うことは、雅也さんは私の起業も応援してくれるっていうことですか…?」

こんなうまい話があるのか?と内心まだ疑いながらも、香織は聞いてみた。

「それはまだ分からない。ウチに所属するためには、まずは選考を受けてもらわないといけないからね。

そこで受かってから、どんなプログラムで動いて行くか、資金やメンターをどうするか、など決めるんだけど、受かるにはそれなりに準備をしなければならない」

―選考…。やっぱりそうだよね。いきなりお金を出してあげる、なんて港区おじさんでもあるまいしね…。

その答えに納得した香織は、不安が少し和らぎ、それでもチャンスがもらえるのであれば、ぜひ挑戦したいと思った。

「選考…受けてみたいです!私は初め、拓斗に逆襲するために、彼に一目置かれて気持ちを取り戻したいって思いました。

その思いは今もあるんですが、それよりも、初めて自分に何かを期待してくれた雅也さんに、少しでも答えられるように頑張ってみたいです」

はっきりと落ち着いた口調でそう言ったが、胸中は未知の世界への憧れと不安な気持ちで、とても正気ではいられなかった。

雅也は香織の真剣な様子にニッと笑う。しかし、その笑顔は瞬時に消え、急にビジネスモードに切り替わった。

「よし。君が本気なら、僕も少し力を貸そう。まずは、1週間で事業計画書と君のアイデアのプレゼンを用意して来て。一人のプレゼンの持ち時間は15分。その中でいかに君という人間とアイデアが最高かを、絞り出すように」

そうして、これまで優しかった雅也は、鬼教官へと変貌を遂げるのだった。


帰国した香織は選考を受けるために奮闘するも…?


鬼教官


「全然ダメ、何が言いたいのか伝わってこない」

これで何度目だろうか?帰国してから、香織はその足で本屋に駆け込み、必要な本を買い漁った。そして連日のように、寝ないで雅也に言われた資料を準備したのだ。

忙しい彼とはメールでのやり取りが主なのだが、資料を提出する度に、冷たく簡潔なダメ出しが返ってくるばかりだった。

―はぁ…またダメか…。

寝不足の中、何日もかけて作った資料を呆気なくボツにされると、正直心が折れそうになる。

その時ふと、またあの男のことが頭に浮かんだ。

―こんなことが、本当に拓斗への逆襲に繋がるのかな…?

そう思うと、彼が今何をしているのか気になって仕方がなくなる。だが、今回雅也に資料を見てもらう条件として、一つだけ決めたことがある。

それは、拓斗への連絡を封印する、ということだった。

「きっと君は彼と連絡を取ることで、また翻弄されて目的を失なってしまう。本気で変わって逆襲したいと思うなら、距離を置かなきゃいけないよ」

しかしー。

―こうしている間に、中原梓と結婚でもしちゃったら…。

そんな考えが浮かび、えも言われぬ恐怖が香織を襲う。そしてまた、懲りずに彼女のFacebookを開いてしまった。

「昇進祝いに、大好きな人と大好きなレストランへ」




そこには『ベージュ アラン・デュカス』でにっこりと笑う、シャンパングラスを持った彼女の笑顔があった。他の投稿をみると、どうやら彼女は仕事で昇進したようだ。

―すごい…。

なぜだか分からない。だが香織は彼女の投稿を見た瞬間、嫉妬よりも何よりも、“完敗だ…”と思わずにはいられなかった。

―拓斗の本命で、その上仕事でも昇進して…。確かに雅也さんの言う通り、今の私では到底叶わない…。

しかし不思議なことに、この圧倒的な敗北感が、香織の心に火をつける。

―見てて、拓斗。私は負けない。絶対成功を掴んで自分に自信をつけて、いつかあなたに「手放して惜しいことをしたな」って思わせるから…!

その日以来、これまで以上に努力を重ねた。中原梓への対抗心が、香織の原動力となったのだ。

仕事も早く終わらせるために、ミスを減らして効率を上げることを意識するようになり、少しずつ、周りの香織に対する見る目が変わってきた。

資料の方も何度も何度も修正を重ね、何とか雅也から「まあ、悪くはないんじゃない?」との返信を貰えた。

そして運命の日。

―とうとう、この日がやって来た…。

香織は新調したばかりのグレーのスーツに身を包み、雅也の会社に選考を受けに来ていた。

儲かってはいないと聞いていたが、思ったよりも立地の良い綺麗なオフィスに驚く。

待合室では、香織よりも若くて賢そうな人が数名待っており、彼らを見ると、気持ちがすでに負けてしまいそうになる。

「早川さん、どうぞ」

30分ほど待って通された会議室には、20代から50代の男女がコの字に座っている。最近流行りのオシャレなオフィスに似合わず硬い雰囲気が漂う彼らを見た途端、大きな波のような緊張感が押し寄せ、足の震えが止まらなくなった。

香織が緊張で固まっていると、そこに、一人の男性が入って来た。


香織のプレゼンの行方は…?


運命の日


―雅也さん…。

しかし、その横顔は香織が見たことのない、仕事モードの近寄り難い雰囲気だった。その見慣れぬ顔に、緊張感は最高潮になる。

すると雅也は香織を一瞥したかと思うと、小さく口をニッと横に広げ、「来たな」という顔をした。その馴染みのある笑顔に、ホッとして一気に緊張感が和らぐ。

「早川香織と申します。本日はお時間を頂戴し、ありがとうございます。では早速ですが、プレゼンを始めさせて頂きます」




毎日数時間練習した成果か、プレゼンはまずまずの出来だった。そして質問に対しても、雅也から事前に「考えておけ」と言われた事柄が多く、丁寧に答えることができた。

「では最後に、どうして起業をしたいと思ったのですか?」

順調だと思っていた香織だったが、この質問だけは想定外だった。事業内容や将来の展望などに気を取られ、そんなことは考えていなかったのだ。

「あの…えっと…。実は…先日彼氏に振られまして…」

焦った香織は思わず、正直なキッカケを口からぽろりと零してしまった。

―しまった…!こんな事、こんな場所で言うべきじゃない…。

頭では分かってはいたが、一度出てしまったからにはもう止まらない。香織はなぜか彼らに、拓斗にフラれた経緯を話していた。

セカンドにされて悔しかったこと、自分には何もないと思っていたこと、けれどある人に可能性を見出してもらい、本気で変わりたいと願っていることを話した。

「私も、自分の可能性にかけてみようと思いました。そして、こんな平凡な私だからこそ、同じような人の気持ちが分かると思っています。

今回のアイデアは、同じように自分を平凡だと思っている女性達に、彼女達の個性と魅力を引き出せるオリジナルのバッグを作りたい、と言う想いから生まれました。誰でも輝ける、その手伝いをしたいんです!」

最後はどうにでもなれ、と自分の想いをそのままぶつけた。言い終わった途端、不安に包まれた香織は、恐る恐る面接官の顔を見てみる。

呆れたような顔をする人や苦笑いをする人、険しく眉間にシワを寄せる人が目に入る。そして悟った。

―やっちゃった…。

そして焦った香りは怖々と雅也の顔を見る。しかし彼は俯いており、こちらを見ようとしない。

―せっかくあれだけ雅也さんに見てもらったのに…。情けないし、雅也さんに対しても申し訳ないことをした…!

居たたまれなくなった香織は「本日は、お忙しい中ありがとうございました」と挨拶をするや否や、逃げ出すようにその場を早足に後にした。



それから数日。

1週間以内には合否の連絡が来ると言っていたが、未だ音沙汰はなかった。

―はぁ…。やっぱりそんな簡単には行かないか…。

そう思った瞬間、スマホがブブブっと音を立てる。

―合否の結果…!?

胸がドクドクと激しく波打つ。しかし急いで確認したスマホの画面には、予想外な文字が映し出されており、香織は一瞬言葉を失った。

「久しぶり…、元気?」

それは、二股男の元カレ、南拓斗からのLINEだった。

▶︎NEXT:次回8月27日 月曜更新予定
香織の合否の結果は?拓斗からのLINEに香織は…?