初デートで意外なお願いをする31歳女。なんとしても、ハイスペ男子を射止めたい彼女の作戦とは
◆前回までのあらすじ
青山学院初等部出身、アパレル関連の会社を経営する翔馬(32)は、モテるが本命の彼女がなかなかできない。そろそろ本気で恋愛したいという思いもあり、飲食店オーナー秋山主催の食事会に参加した。そこで出会った女性からデートに誘われ…。
▶前回:東大卒の29歳女。美人で高収入でも、食事会でハイスペ男に「物足りない」と思われるワケ
Vol.3 ジビエデート
『香澄:翔馬さんが苦手じゃなければ、ジビエが食べたいな♡』
先日の食事会で出会ったPR会社勤務の香澄からデートに誘われ、今週末会うことになった。
朝のタクシーの中でやりとりをしていると、初回のデートにしては、なかなかマニアックなリクエストをされた。
『翔馬:OK!苦手じゃないし、むしろ好き笑 お店探しておくね』
― ジビエかぁ。そんなに詳しくないんだよな…。
今回は自力で探さずに、グルメな知り合いにお店を教えてもらうことに決めた。
「お客様、車内の温度はいかがですか?」
「さっきまで運動していたので、もう少し下げられます?」
平日の朝は、ジムに行ってから仕事に行くのがルーティンだ。
そして、プライベートも仕事も、移動手段はタクシー。
父に勧められて、以前は運転手を雇ったこともあるのだが、今は配車アプリのステータスが最上位になるほどタクシーを使い倒している。
東京ではそれが一番効率いいと思っているし、一応運転はできるが車は持たないスタンスだ。
― でも、もし家庭を持ったら車が要るかな…。
女性とデートするのが嫌いな男はいないだろうし、俺も好きだ。
でも、ひとりの女性と真剣に交際をして結婚をするという、最もスタンダードな人の幸せを追い求めることは、自分には縁のないことだと思っている。
だから、最近の俺は自分に好意を持ってくれている女性と、深い関係になることをずっと避けている。
関係に名前を付けずに、会いたい時にだけ会う方が気楽でよかったし、それでもいいと言ってくれる女性とばかり遊んでいた。
一方で、元太のように、たったひとりの女性と長く付き合っている人が羨ましいと思っている自分がいるのも確かだ。
― 俺にもそんな人が、いつかはできるのだろうか?
「こちらでよろしいですか」
「はい。ありがとうございます」
タクシーを降りた俺は、香澄が未来の彼女になる可能性を少し期待しながら、仕事の打ち合わせ場所に向かった。
◆
デート当日の金曜19時。
店に現れた香澄は、食事会の時よりもさらに気合いを入れてきているような気がした。
彼女が着ているドレスは、文化服装出身で最近注目されている若手デザイナーの秋冬コレクション。彼とは知り合いなので、新作だということはすぐわかった。それに、編み込みを崩した今っぽいヘアも仕上がりが美しい。憶測だが、プロにやってもらったのだろう。
香澄のリクエストに答えて、選んだのは六本木の『LA CHASSE』。経営者仲間に教えてもらったのだが、ジビエが美味しいフレンチだ。
シェフが実際に仕留めたジビエが頂けるというので、俺も楽しみにしていた。
「香澄ちゃん、今日はどうしてジビエだったの?」
「う〜ん、友達でジビエ好きな子がいないから行く機会があまりなくて。それに…」
「それに?」
俺が聞くと、香澄が急にイタズラな表情になる。
「なんだか、野生の力強いパワーをもらえる気がしません?……って、どうします?このあと私、翔馬さんを襲ったりしたら」
「香澄ちゃんみたいな、かわいい子に食べられて死ぬなら本望だよ」
「え〜もう〜〜。そういう意味じゃないのにぃ」
そう言ったあとで頰を膨らませる香澄。
こういう仕草に胸打たれるほど、自分は若くない。
― いや、かわいいことはかわいいんだけど…。
彼女の年齢が31歳だということを鑑みると、つい冷静になってしまう自分がいる。
食事も終盤に差しかかる頃、香澄が俺に聞いた。
「この間の食事会の中で、正直、誰がタイプでした?」
「えっ?」
「だからぁ、東大卒のバリキャリ玲ちゃんか、ワンちゃん飼ってるしか情報のなかったミナちゃんか、私。誰が好みだったんですか?」
「そりゃあ、香澄ちゃんだよ」
俺は間髪入れずに、即答した。それが、礼儀だと思ったから。でも、それは嘘だとすぐにバレてしまう。
「嘘。顔に嘘って書いてある。落ち込まないから、正直に言ってください」
「じゃあ、言うけど…第一印象は、玲ちゃんかな。頭良さそう…っていうか、東大卒だから当たり前にいいだろうし、お酒も強かったから一緒に飲んだら楽しそうかなって」
「そうなんだ…玲ちゃんか……」
落ち込まないと言ったくせに、声のトーンが低くなった香澄。さっき「襲ったらどうします?」などと大口を叩いていた彼女は、どこへ行ったのだろうか。
「でも、最初に連絡をくれたのは香澄ちゃんだったし、だからこうやって食事に来てるんだよ」
俺がそう言うと、香澄に笑顔が戻った。
― 天然なのか、演技なのか…。
実際、玲からは食事会の日の深夜に、ミナからは翌朝に連絡がきていた。
ただ、ふたりとは社交辞令的な内容を送り合って、やり取りは終了してしまった。
香澄は解散してからすぐに、また会いたい旨を伝えてくれた。だから今日こうして食事をしているのだ。
「まぁ、翔馬がさんがモテるのも、選ぶ側にいるのもわかりますよ。かっこいいし、妙に色気があるし、背も高いし、経営者だしね。でも…」
彼女が上目遣いで見つめてくるので、俺も見つめ返す。
「ん?」
「私だって、結構人気あるんですよ」
「はは。そんなのわかってるよ。だって香澄ちゃん、かわいいもん」
「…え?……あ、ありがとうございます」
顔を赤くしてシャンパンを飲む彼女を見て、可愛らしいと思った。
でも、恋愛に発展するかどうかは別問題。
今夜、ベッドを共にしようと言われたら二つ返事するが、付き合うとなると話が変わってくるからだ。
◆
「翔馬さん、ごちそうさまでした」
店を出ると、香澄が笑顔でお礼を言う。
「こちらこそ。てっきりジビエは冬が美味しいと思っていたけど、1年中美味しいんだね」
「ですね!はぁ…ちょっと酔っちゃったかも」
香澄がよろけたので、とっさに腕を掴む。
「おっと、大丈夫?」
「はい…楽しくてワイン飲みすぎちゃったみたいで。ふぅ…」
演技ではなく、本当に酔っているのがわかる。
俺は彼女に1万円札を渡し、流しのタクシーに乗せた。「翔馬さんは乗らないの?もう一軒行きましょう」などと言われたが、香澄の理性が崩壊するのを見たくなかったので遠慮した。
俺も同じくらい酒が弱かったら、状況は変わっていたかもしれないが、自分より酔っている人を見ると冷めてしまうのだ。
― 帰るか、ひとりで飲むか…。
六本木から麻布あたりのバーやスナックを思い浮かべていると、目の前から一人の女性が歩いてきた。
見覚えのあるセリーヌのキャップ。そして、散歩させている犬は白くてモコモコしている。
― あっ…!
「あ、翔馬さんだ。偶然ですね、こんばんは」
その女性は、食事会に来ていたミナでさらに、元太と鮨屋に行った帰りにぶつかってしまった女性と同一人物だということに今初めて気づいた。
「あれは、ミナちゃんだったのか…」
「へ?」
「いや、なんでもないよ。この子がコムギちゃんか。かわいい〜。ていうか、いつも夜に散歩するの?」
ミナに許可を得てから、俺はコムギの頭を撫でた。
「夏は昼間に散歩できなくて、その名残というか…翔馬さん、このあと時間あります?」
突然のミナの問いに、一瞬香澄の顔がよぎったが、ひとりで飲むよりも有意義な時間になるだろうと思い、快諾した。
▶前回:東大卒の29歳女。美人で高収入でも、食事会でハイスペ男に「物足りない」と思われるワケ
▶1話目はこちら:「LINE交換しませんか?」麻布十番の鮨店で思わぬ出会いが…
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ミナが翔馬を誘った理由