女性が多く来院しているARTクリニックに男性が一人まぎれ込む居心地の悪さよ


【漫画】本編を読む

結婚して2年が経過した夫婦。いまだに妊娠の兆しはない。妻のうさぎは、婦人科に検査に行き「1年経っても子どもができない場合は不妊ってことみたいなのよ」と話す。医師に夫の検査も勧められたことを伝えると「婦人科なんて居心地悪い!」と、検査に行きたがらない…。不妊は男性にも半分原因があるが行ってもらうのは容易ではなく、現役医師であるサラリ医マン(@saraly_man)さんは「もっと男性不妊への理解を深め、受診のハードルを下げたい」と漫画を制作。X(旧Twitter)に投稿すると2.3万の反響を集めた「男性不妊戯画」を紹介するとともに、制作の経緯やこだわりについて話を聞いた。

■「男性不妊の検査は泌尿器科で受けられる場合もある」男性不妊への理解を深め、受診のハードルを下げたい

男性不妊戯画 第一巻(3)


妻のウサギは婦人科に検査に行き、大きな問題がないことを知る。婦人科のネズミ先生から教えられたのは、不妊の原因の半分は男性にあるということ。そこで夫のカエルに一度検査を促してみるが、「俺は平気。元気だし、ストレスもない」「婦人科は居心地が悪くて嫌だ」と言う。

男性不妊戯画 第一巻(4)


このように不妊症の原因が自分にもあることを理解している男性は少ない。妻は「婦人科が嫌なら、泌尿器科で検査をしてもらおう」と、カエルの背中を押した。検査をすると「少し所見がよくないですね」と再検査をすることに。

男性不妊戯画 第一巻(5)


通院をはじめると、予約→検査→待ち時間→清算と、妻も今まで大変な思いをしていたことを知る。結婚して子どもができて――なんとなくそんな未来を描いていた。それが、突然順調でなくなることもある。わかってはいたものの、カエルはあらためて夫婦であることの意味を考えていた――。

■漫画を作ったのは「1人で悩んでいる方、知識を手に入れる方法がない方」に対して情報を得てほしいから

男性不妊戯画 第一巻(8)


――サラリ医マンさんは、現役の医師ということですが、不妊について漫画でわかりやすく描こうと思った経緯を教えてください。

最大の目的は、男性不妊への理解を深め、受診のハードルを下げることです。

不妊症の原因は男性側にもあることや、男性不妊の検査は泌尿器科で受けられる場合もあることを知ってほしいという想いがありました。私自身は泌尿器科医であるため、精液所見が多少悪くとも「状況はこうで、見通しはこうだろう」という調子で、自分の状況を冷静に認識することができます。

しかし、情報に触れることが少ない一般の男性の場合はどうでしょうか。精液所見を知らされたものの、所見が正しいのか間違っているのか、そして今後の状態はよくなるのか悪くなるのかなどについて、わからないことが多いはずです。また、相談する相手もいなくて困っている方が多いかもしれません。

1人で悩んでいる方、知識を手に入れる方法がない方に対して、情報を得てほしいということから漫画の作成を思い立ちました。拡散しやすいという点からSNS・WEBで公開するだけでなく、興味のない方に訴求する方法として冊子の作成・配布も行っています。

男性不妊戯画 第一巻(9)


漫画の作成を思い立ったのは、自身の妊活経験があったことと、三十代半ばまでキャリアを積んできてようやく「やりたいことをやろう」というモチベーションが上がってきた、というタイミングだったとも言えます。

漫画の構想自体は以前からありました。出身大学系列の医学振興財団から助成金30万円をいただいて、イラストの使用料や印刷代、配布の郵送代に充てました。漫画家さんに依頼することも考えたのですが、原稿料が高かったためにフリーコンテンツを組み合わせることで安く上げることに成功しています。コンテンツの提供とレイアウトの修正に協力いただいたデザイナーのダーヤマさん(@TopeconHeroes)さんには大変感謝しています。

男性不妊戯画 第一巻(10)


――本作を描くにあたって気をつけたこと、こだわったところがあれば教えてください。

世間にあふれる妊活情報の多くは女性側に立ったものです。

また公的機関などが用意している情報は堅苦しく、興味のない男性の行動を変容させるのは容易ではありません。漫画にしても、女性が共感する内容は男性の共感する内容と異なります。女性が、非協力的な男性パートナーに気づいてほしくて、妊活雑誌などをリビングのテーブルにさりげなく置く、といったこともあると思うのですが、現状の妊活情報の多くは女性側に立ったもの。女性の留飲を下げるために男性が極悪人のように書かれ、最後は雷に打たれたように改心し、聖人のような夫になる…そんなことは現実にはあり得ません。男性にしてみれば、内容がとっつきにくかったり、責められているように感じたりして反発を覚える人が少なくないのではないでしょうか。

また、不妊に関わる検査の多くが婦人科で行われますが、やはり女性が多いところに男性が一人で行くことの居心地の悪さは自分も感じていました。以前お手伝いしたある妊活セミナーでも、女性に連れてこられた男性陣が講師陣からビシバシ指導を受けており......決して間違ったことは言っていないのですが、「ビシバシ指導すると、逆効果なんじゃない?」と思いながら静観していました。

嫌々来たように見える方、後ろで見ているパートナーに気を遣いながら診察を受けている方、さまざまな方が来院されますが、個別にお話しすると「パートナーを大切に思っている」ということは同様に感じられます。

今回の男性不妊の漫画は「あなたのプライドや気持ちもわかる。でも、まあちょっと協力しましょうよ」がスタンスです。男性が妊活に主体的に取り組みやすくするためにも、男性が読みたくなるような作風やストーリーの資料があったらと思い、「男性不妊戯画」を作成しました。

男性不妊戯画 第一巻(11)


――実際に男性が不妊治療を検査するには、大きなハードルがあるように感じますが、いかがでしょうか。

男性不妊外来を受診していただくことが精査・治療への第一歩と考えています。私自身もART(高度生殖補助医療技術)により子どもを授かりましたが、女性が多く来院しているARTクリニックに男性が一人まぎれ込む居心地の悪さ、採精(マスターベーションによって精子を回収する検査)への心理的抵抗、所見が悪い際に自身が否定されるような感覚など、妻のため・自分のため、と理解していても納得しきれない部分がありました。

病院に来るまでにさまざまな葛藤があったと思いますし、嫌々来る人も多いですから「来るだけで立派です!」と対応することを心がけています。パートナーに言いにくいこともあるので、可能な限り1対1で話す時間は取りたいですし、つらい目にあっている人もいるので、同性として味方でありたい、と思っています。

男性不妊戯画 第一巻(12)


――本作を制作した反響はいかがでしたか?

家族や周囲の意見を聞きながら修正を加え、X(旧Twitter)に漫画を投稿したのが2022年11月。結果は私の予想を大きく超えるものでした。いただいた言葉も好意的なものが多く、いわゆる「クソリプ」と呼ばれるような批判めいた言葉もほぼありませんでした。余った予算と自分のお金を足して作った製本版についても、いくつかの医療機関に置いていただくことができました。学会や官公庁を巻き込むことができなかったことは残念でしたが、NHKをはじめ、大手メディアにも取り上げていただけたことは大きな収穫と言えるでしょう。

本書は、ダーヤマ(@TopeconHeroes)さんのフリーコンテンツを活用して制作。サラリ医マンさん(@saraly_man)は、男性不妊の外来に携わる泌尿器科医であり、ART(高度生殖補助医療技術)で子どもを授かった当事者でもある。

取材協力:サラリ医マン(@saraly_man)