冷たかった元彼が、復縁を迫ってきた。別れて1年、32歳男の気持ちが再燃したワケ
オトナの男女なら、一度や二度はあるだろう。
友達や恋人には言えない“あの夜”が…。
寂しかったから、お酒に酔っていたから、魔が差して…。
そうやって自分に言い訳をしながら、人は一夜の過ちを犯す。
これは、オトナの男女の「誰にも言えないあの夜」のストーリー。
▶前回:男に誘われて、モテると勘違いする29歳女。本命彼女になれないワケ
Vol.2 『元カノと再会した夜』和也(32)
― は?先週からまた、1万人も増えてんのかよ。
僕は、元カノのInstagramのアカウントを見て、固まった。
最近は、PR案件の投稿も増えて、すっかりインフルエンサー…いや、有名人気取りだ。
大手の広告代理店に勤める僕でさえ、行ったことのない予約困難店がストーリーズに上がっている。
それだけじゃなく、着ている服もバッグも、付き合う人たちも、確実にレベルアップしているのだ。
― どこにでもいそうな女だったのに…。
ちょっと前まで、元カノ・環の笑顔は、僕に向けられたものだった。
環は、重すぎるくらいに僕のことが大好きだったし、尽くしてくれた。
― こんなにいい女になるのなら、あの時、手放さなければよかった。
僕は、いてもたってもいられず、彼女に再び接近することを決心した。
◆
「…やっぱり嫌だよね」
それはまだ、僕が環の彼氏だったころ。
話があると環に呼ばれ、僕は彼女の家に出向いた。
27歳の彼女と付き合って2年。いつもは手料理で出迎えてくれるのに、この日はお茶しか出てこなかった。
不思議に思っていたら、案の定よくない話だった。
「嫌に決まってんだろ。恋愛リアリティー番組に出演するなんて、テレビに出た後のこと考えているのか?」
「だよね。和也にそう言われるのは、わかってたよ」
― じゃあ、やめろよ。
そう言おうとしたが、環の意志は固い。
「次が最終のオーディションなんだけど、彼氏がいない人を優先するって言われているの」
「なんだよ、それ」
「…ごめん」
環とは結局、別れることになってしまったが、僕はそこまで落ち込んではいなかった。
彼女はいい子で、顔もまあまあ可愛いけど、それだけ。そんな子は、東京にゴマンといる。だから、僕の恋人は環じゃなくてもいいのだ、そう自分に言い聞かせた。
それに、恋愛リアリティー番組なんかに出たら、プライベートは丸裸になり、不自由が増える。誹謗中傷だってあるかもしれない。
プラスになるのはSNSのフォロワーが多少増加するくらい。圧倒的にマイナスの方が多いはずだ。
頭の弱い環は、そんなことも想像できないのだろうか。
「もう、連絡してくるなよ」
僕はそのまま環の家を出て、近くのラーメン屋でビールと餃子とチャーシュー麺を注文し、10分そこらで店を出た。
それから1年後。
環は、僕の予想を遥かに超えて、女性の憧れのアイコンとしてSNSを賑わせていた。
◆
『和也:環、久しぶり。なんかめちゃくちゃ人気者になってんじゃん!笑』
僕は、悩みに悩んで、そんなメッセージを環に送った。
InstagramのDMでは埋もれるから、あえてLINEにしたのは正解だった。
すぐに既読がついたので、僕は続けてメッセージを送った。
『和也:元気?』
しかし、既読がついたにもかかわらず、半日待っても環からの返信はなかったのだ。
― 無視するなら、既読つけるなよ。
環から連絡が返ってきたのは、翌日になってからだった。
『環:元気だよ』
僕は、そのメッセージを受け取ってすぐ、通話のアイコンをタップした。
そして、なんとか彼女と会う約束をしたのだった。
待ち合わせをしたのは、西麻布の交差点近くの高級焼肉店。席は、もちろん個室だ。
付き合った頃は、こんな高い店に環を連れてきたことはなかったが、今の彼女はあの頃のどこにでもいる女とは違う。
― こんなに可愛かったっけ…?
思わず見惚れてしまうほど、環は美しくなっていた。
メイクがナチュラルだからか、肌の綺麗さが際立ち、体は無駄な脂肪が一切なく引き締まっている。
「環!ごめんな、無理に来てもらって」
「ううん、大丈夫。それで、私が和也の家に忘れていったものって?」
環が僕に聞く。
「あっ、悪ぃ。肝心のそれ、家に忘れてきたわ。化粧品だったんだけど…」
― 嘘だ。本当は、そんなものはない。あったとしても処分してしまっている。
「…え、そうなの?じゃあ捨てていいよ」
環は、グラスシャンパンを飲みながら答えた。
梅酒しか飲めないと言っていたくせに、いつのまにそんな洒落たものを飲むようになったのだろう。
「いやいや、今度また持ってくるよ。本当ごめん」
環は少し呆れたようだったが、ユッケが運ばれてくると、笑顔が戻った。
「これ好きなんだよね〜!」
「あ、来たことあった?」
「うん」
― だよな…。
もう、僕の知る環ではないのだ。だからこそ、もう一度欲しくなった。
「環、やり直さないか?今なら環のこと、ちゃんと大事にするから」
しかし、期待した通りにはいかなかった。
「…ごめん、それはできない」
「そんなこと言うなよ〜。このあとうち来るだろ?」
「いやいや、無理だって」
頑なに環が拒むので、つい嫌味を言ってしまう。
「はぁ。変わっちゃったな、環は。有名人になったから?こんなやつ相手にしたくない、ってか?」
「…和也」
環を振ってしまったことへの後悔と、自分への苛立ちのせいで、どんどん強い言葉が出てくる。
「フォロワーが多いことが、インフルエンサーなことが、そんなに偉いのかね。私生活を晒して金もらって、楽しい?」
僕はそう言い放ってから、グラスに残っていた酒を飲み干した。
環は、顔色ひとつ変えずに僕を見ている。その態度が無性に腹立たしい。
だから、言いたいことを全て言ってやった。
しかし、黙って聞いていた環も、さすがに限界がきたのだろう。
「あのさ、和也」
彼女は、シメの冷麺を待つことなく、立ち上がった。
「気づいてないの?私、番組に応募する前から別れること決めてたんだよ。和也は、女性を軽視しすぎ。もう限界だったの」
「え?」
「久しぶりに会いたいって言われたから、和也も変わったかなと思ったけど、何も変わってないね。帰るわ、バイバイ」
「ちょっと、待って!!」
僕は慌てて会計を済ませ、急いで店を出た。
道の反対側にいる環を見つけ、安堵する。
もしかして、僕を待っていたのだろうか。などと思ってみたが、僅かな希望はすぐに打ち砕かれた。
彼女は、目の前に停まった黒のカイエンの方へ歩いて行く。
「あれ…誰だっけ」
運転席から降りてきた男の顔に見覚えがある。しかし、すぐには名前が出てこなかった。
男は、助手席のドアを開けて、環を乗せた。
その自然すぎる紳士的な行動は、すぐに真似できるレベルのものではないとわかる。
その男が僕の存在に気づいているのか、いないのかわからないが、「そんなことはどうでもいい」と背中が語っていた。
だから僕は、環がカイエンに乗り込むまでの一部始終を、ただただ見守るしかなかった。
― はぁ……帰ろ。
なんとなく六本木まで歩き、そこから日比谷線で自宅がある広尾駅で降りた。
『和也:今日は、ごめん。こんなつもりじゃなくて、本当に環のこと…』
家に着いてから作成したメッセージを、僕は全消去した。
― 無理だ…。
環を迎えにきたのは、朝の情報番組でコメンテーターもしている、有名な起業家だと気づいた。
そんな人に、僕が勝てるはずもない。
付き合っていた頃は大事にしなかったのに、環が有名人になった途端また欲しくなった。
どうして、彼女の気持ちを取り戻せると過信していたのだろうか。
みんなに自慢してやろうと思っていたのに、笑い話にすることもできない最大の恥となってしまった。
今夜のことは、誰にも言えない。
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同僚に勝つために女の武器を使った夜