同棲を解消したばかりの女。男友達から「そっちに行こうか？」と電話がかかってきて…
「あんなに優しかったのに、一体どうして？」
交際4年目の彼氏に突然浮気された、高野瀬 柚（28）。
失意の底に沈んだ彼女には、ある切り札があった。
彼女の親友は、誰もが振り向くようなイケメンなのだ。
「お願い。あなたの魅力で、あの女を落としてきてくれない？」
“どうしても彼氏を取り戻したい”柚の願いは、叶うのか――。
◆これまでのあらすじ
柚が音声を聞かせた結果、賢也はひどく落胆。自分が穂乃果にとっての「2番手」であったショックで、よろよろと家を出て行った。
柚は、段ボールだらけの部屋にペタンと座りこむ。
朝から荷解きをしているのに、昼過ぎになっても、まだ半分も完了していない。
「ふう…」
カーテンもまだ取り付けられていない、新しい部屋。
今日からは、久しぶりの1人暮らしだ。
― この2週間は、本当に慌ただしかったなあ。部屋の解約やら、新居探しやら…。
賢也が家を飛び出していったあの日を最後に、4年目にまで突入した長い交際はあっさり終了したのだ。
青山にあるマンションの7階。1LDKの角部屋に、秋めいてきた柔らかな風が気持ちよくそよぐ。
― こうしてひとりの部屋に身を置くと、あらためて、自分の人生から賢也がいなくなったって感じるわ。
最悪な彼氏だったけれど、いなくなるとほんの少しだけ寂しいものだ。
「疲れたし、一旦休憩！お腹すいたな。適当にUberでもとるかな」
そう思ったとき、柚のスマホに着信があった。
電話は、創からだった。
創はその電話で、思いもよらないことを報告してきたのだ。
「もしもし？創？どうした？」
「おう。引っ越しは順調？暇だし、必要だったら手伝いにいくけど」
「大丈夫！ひとりで問題ないわ。ありがとう」
「そう」
しばらく間があったあと、創は「柚、落ち込んでない？」と聞く。
「ううん。寂しさは少しだけあるけど、解放感の方が大きいの。しばらくは、1人暮らしを謳歌してやるわ」
「元気そうでよかったよ」
「ありがとう。1人暮らしに飽きてきたら、浮気しない優しい彼氏を作るわ。今度こそ、幸せになるんだから！」
創は「そうだね」と笑う。
「賢也なんかより、もっといいひとが現れるさ。絶対にね」
すると創は、思い出したかのように言った。
「あ、報告があるんだ」
「ん？なに？」
「実は、ついにイタリアに行くことになったんだよ。出張とかじゃなくて、イタリアに住むことになったんだ」
イタリアでシャンプーの会社を経営している創の父親が、正式に「こっちに来い」と連絡をしてきたらしい。
イタリアで父親から本格的に仕事を教わって、創は後継者になる。
「え…そっか、そんな急に」
動揺する柚の声を、あっけらかんとした笑い声がさえぎる。
「はは、別に急じゃないって。昔から、いつかはこうなるってわかってたでしょ。それに、出発は半年後」
「半年後か…」
思ったよりは先だった。
しかし、早くも寂しさが心を侵食していくのがわかる。
半年後には創に会えなくなってしまう──それは柚にとって、賢也の不在よりもずっとずっと寂しいことなのだった。
―半年後―
「半年後」は、あっという間にやってきた。
柚は、表参道の和食居酒屋のカウンターで、創と並んで日本酒を飲んでいた。
「あーあ。来週からは、こんなにおいしい日本酒は飲めなくなるかもなあ」
「そうね。来週創がイタリアに行っちゃうなんて、まだ全然実感が湧かないわ」
「俺も」
「さみしくなるねえ…」
子どもじみた声で言うと、創は「ちょくちょく日本に帰ってくるよ、母親はこっちにいるし」と困ったように笑った。
それから2人は、学生時代から時系列を辿るように、思い出話に花を咲かせ始める。そして、半年前の出来事にまで話が追いついた。
「それで、賢也と穂乃果とのあの日々が、半年間の出来事か。あれは…なかなかの思い出だな」
2人は小刻みに肩を揺らす。
賢也や穂乃果となんやかんやあった数ヶ月間。あの奇妙な毎日は、2人の間では、今や笑い話になっていた。
「あのときの私、ちょっとどうかしてたよね。最初は、賢也をつなぎ留めたくて必死で、創に懇願して力を貸してもらってさ」
「うん。それに応じた俺もどうかしてた。相当楽しんだけどね」
笑いながらお猪口に口をつけたあと、創は言った。
「そういえば、穂乃果の近況、知ってる？」
「え？まったく知らない」
穂乃果はあれから、インスタをアカウントごと消していたのだ。今なにをしているのか気にならないわけではなかったが、確認の術がなかった。
「もしかして創は、知ってるの？」
「俺も詳しくは知らない。けど、福岡にいるみたいだよ。今は美容系の講座みたいなのを開いていて、結構評判いいらしい。福岡にいる女友達がその講座に行ってるみたいで、インスタに上げてたんだ」
創は、スマホで写真を見せてくれた。
穂乃果が、講座の生徒と思われる若い女性2人に挟まれている。
「この写真を見てから軽く調べたんだけど、美容系の小さい会社に入って、インフルエンサーとして発信したり、講座の講師をしたりして活躍してるらしいよ」
「そう」
「なんで福岡なのかはわからないけどね。でもなんにせよ、生き生き働いているのはいいことだ」
柚は、半年前の穂乃果について思い返す。
あの時の穂乃果は「自分ひとりでは食べていけないから」と、夫の秀和をキープしながら、次の乗り換え先の男を探していたのだ。
頼りない雰囲気だった穂乃果が、社会に出て活躍できているのは、たしかにいいことなのかもしれない。
「ま、とにかく、終わった話だ。なつかしいね」
目を細めた創を、コの字型カウンターの斜め右に座った女性2人組が、チラチラと見ている。
なにやらひそひそ声で話しているのは、創のかっこよさをもてはやしているのだろう。
こんなにモテるのに、結局創は、日本では一度も特定の恋人を作らなかった。
「ねえ。創は、イタリアに行ったらついに恋人を作るんだよね？」
「うん。長年そう決めてるからね。本気の恋愛を探すよ。そのために、日本では遊び尽くしたし」
歯を見せて笑った創は「色々、超楽しみなんだ、恋も仕事も」と目を輝かせながら言った。
その持ち前の魅力と、怖いもの知らずな性格で、イタリアでも立派に活躍するのだろう。「シャンプー王子」なんて呼ばれていた学生時代とは違って、一人前の大人として。
― なんだか胸が熱いなあ。
しんみりしないように背筋を伸ばして、創の顔をのぞきこむ。
「来週金曜19時、成田だよね？仕事終えて直行する」
「ありがとう。待ってる」
その晩2人は離れるのを惜しむように、何軒かハシゴしながら、遅くまで語らい続けた。
翌週、ついに創の出発の日が来た。
仕事を予定通り切り上げた柚は、急いで成田空港へ向かう。
創に指定された出発ゲートを目指して早足で移動しているとき、急に柚は足を止めた。
人ごみの中に、見慣れた顔を見つけたのだ。
「え？なんで、ここに…？」
▶前回：「正直、重かった」と別れ際に言ってきた彼氏。怒った女が取った行動とは？
▶1話目はこちら：「あの女を、誘惑して…」彼氏の浮気現場を目的した女が、男友達にしたありえない依頼
▶Next：8月26日 金曜更新予定
柚が空港で出会った、予想外の人物とは？
