乳がん」と聞いて、自分にとって身近な問題だと思う人はどれほどいるでしょう。特に20代や30代などの世代だと、どこか遠い世界の話のように感じることもあるのではないでしょうか。

32歳でステージ0の初期乳がんが見つかった漫画家の水谷緑(みずたに・みどり)さんは、検査から手術、放射線治療など一連の出来事をエッセイにして『32歳で初期乳がん 全然受け入れてません』(竹書房)を上梓しました。

そこに描かれているのは、死に対する恐怖だけではなく、突然訪れた妊娠・出産などの「女性性の危機」、そして、当事者だからこそ感じる正直な感情です。

年齢的にはいい大人だけど、ガンになるには早すぎる。そんな難しいタイミングにガンを告知された水谷さんに話を聞きました。

告知をされても自分のことだと思えなかった

--早い段階でガンを発見できたとのことですが、もともと検査は定期的に行っていたのですか?

水谷緑さん(以下、水谷):はい。友人で親が乳がんになった方がいて、その人に若いうちから行った方がいいよと言われていたので、ガンが見つかる32歳よりも5〜6年前から「とりあえず行っておくか」という感じで検診は受けていました。

--何か異常が見つかったことは?

水谷:それまでも1、2回引っかかったことはありましたが、精密検査までは必要とされたことがなくて。ただ、今回は要精密検査と言われ、自分の中にあったちょっとした不安が的中したような気持ちもありつつ、ガンの告知をされたときは、ぼうっと先生の言葉を聞いていました。自分のことなのに、自分のことのように思えない。ガラス3枚越しに話をされているような感覚で。要は受け入れられてなかったんですね。

--自分の体に何か変化はあったのでしょうか。

水谷:何もなかったですね。しこりにもなっていないステージ0の段階だったので。しこりがわかるくらいだと、ステージ的にはさらに進行している状態のはずです。正直私は自分の体になんの変化もないし、告知を受けたところで昨日と同じように健康で、病気という自覚がわかなかったです。

恋人とのセックス中に感じた不安

--そこから「ああ、私やっぱり乳がんだったんだな」と感じた瞬間などはありましたか?

水谷:肉体に関しては、手術を受けるまで特に変化はありませんでした。ただ、気持ちの問題として、当時の恋人とセックスをしているときに、「胸を摘出したあとって、どうやってセックスするんだろう」と考えてしまうようになって。そのときは全摘出も可能性としてはあったので、「もしこの人と別れて次の恋人とセックスすることになったらどんな顔をされるんだろう?」とか「結婚できるのかな」とか「子どもできるのかな」とか。そういうことを考え始めたら急に不安になりましたね。

--作中にも描かれていましたが、水谷さんはもともと結婚・妊娠願望があった方ですもんね。乳がん発覚により人生計画にもかなり影響が出てしまうのは相当な不安だったと思います。

水谷:正直なことを言えば、「なんで乳がんだったのだろう。どうせなら他の部位のがんがよかった」って思いました。乳がんって、すごく女性性に食い込んでくるから。命の危険があることはもちろん、そこから摘出したあとにうまく乳房の形が戻るかわからない、ホルモン治療中は最長5年間くらい妊娠をすることもできない。

――やはり宣告を受けたときは、そういった結婚や妊娠のことも頭をよぎりましたか。

水谷:やっぱり、ホルモン治療を受ける場合はしばらく妊娠ができないかも、という話を聞いたときはすごくショックでしたね。というより、自分がそんなにショックを受けていたことが意外でした。実際その身になってみないとわからないことで、自分にとっては妊娠ってすごく大きな望みだったんだなってその時気づいたんです。

女性であることを誇りに思っていたと気づいた

--普段の暮らしの中では、妊娠・出産を特別なことと意識するのは難しいですよね。

水谷:仕事をしていると、考えることもつい後回しにしがちです。私自身も正直、願望はありながらも「30代後半や40代でも妊娠している人はいるし、まだ大丈夫だろう」って思っていたところがあったんです。それがまたショックでしたね。自分が女であることをどこかで誇りに思っていたんだ、という事実を突然突きつけられたんです。

--乳房に対して自信をもっていた、という話も描かれていましたね。

水谷:そうなんです。私は今まで、顔はあまり褒められたことがないけど、乳房だけは褒められた、という覚えがあって。おそらく他人よりも乳房がアイデンティティを占める割合が大きかったんだと思います。手術前から摘出後の再建手術について詳しい説明を求めたりしていましたからね。

友達や乳がん経験者の方々にもお話を聞いたりしましたが、私はちょっと(乳房のことを)気にしすぎている方ではあったようです。「なんでそんなにこだわるの?」と驚かれたくらいでしたから。たとえば、作中にも出てくる女医さんの「他人に見せる機会ある?」というセリフは私の中で受け入れられないものでした。

もちろん、女医さんが悪い医師だったのではなくて、同じ女性でも、胸に対する価値観は違うんだ、ということです。けれどそれくらい乳房の形が心の拠り所になっていたんです。それも乳がんになってから気づいたことでした。

(取材・文:園田菜々、編集:ウートピ編集部 安次富陽子)