Vol.2 CHAMELEON JACQUARD リバーシブルジャカード/織り・西脇

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日本を代表するテキスタイルデザイナー梶原加奈子さんのブランド『グリデカナ』を代表する生地のひとつ、カメレオン ジャカード。裏と表で全く違う色と柄を楽しめるオリジナルのテキスタイルで、1枚の布なのにまるで2枚の布を合わせたかのように豊かな表情と不思議な魅力を持っている。使う人の気分によってカメレオンのように表情を変えることができるため、この名がつけられた。この画期的なテキスタイルを梶原さんと共に生み出している産地のひとつが、兵庫県西脇市。ここは、糸を先に染めてから柄を織り上げていく先染織物で知られる播州織の里。独特の製法により自然な風合いと豊かな色彩が実現でき、肌触りも良いことから、メンズシャツの生地の産地として栄えてきた。先染織物のシェアとしては、実に国内の70%を占めているため、製品化された形で私たちの生活の中にすでに溶け込んでいる。ところが、生地は主に企業に提供されるため、産知名やメーカーについて、私たちが知る機会はほとんどなかった。

そんな西脇に注目したのが、梶原さんだった。カメレオン ジャカードを生産するために西脇の持つ伝統、経験、職人技が必要だったという。「実はイギリスに住んでいるときにカメレオン ジャカードのアイディアは生まれていたんですが、1枚の布なのに表と裏の柄と色味が全く違うものを織るには、とても複雑な組織図(織物の設計図のようなもので、数字で構成されたもの)が必要で、時間と労力がいるんです。イギリスのとあるメーカーに相談したところ"やりたいことの意味はわかるけれど、作りたくない"とはっきり言われて。そのときに、これが出来るのは日本しかない、そう思って拠点を日本に移すことにしたんです」

2006年、帰国したばかりの梶原さんから相談を持ちかけられたのは、西脇で明治34年に創業された株式会社丸萬。当時からジャカード織機400台を導入し、織布工場と縫製工場を持ち、業務を行っていた老舗だ。昔ながらの町屋風情を残した素敵な社屋から、世界的な企業へと、さまざまな生地が旅立っていく。そんな丸萬に新風を吹き込んだのが梶原さんだ。丸山恒生社長は、出会いをこう振り返る。

「ちょうど、レディースを手がけたいと思っていたところでした。ところが、レディースのテキスタイルをデザインする人がいないので、どうしたものかと思っていたんです。ひとくちに生地といっても、メンズとレディースでは全く違います。レディースは、柄、色、光沢のあり・なし、ぱりっとしているか、柔らかいかといった素材感の違いなど、バラエティに富んでいます。ですから、長年生地生産を行ってきたわが社でも、新しい挑戦だったんです。そこで、レディースのとんがった部分を表現してくれる人を探していました。そんな時に出会ったのが梶原さんでした」

丸萬の生産チームでデザイナーをしている上田善則さんは、初めて梶原さんからカメレオン ジャカードの話を聞いたとき、「無理です、できない」と思わず言ったという。ところが、梶原さんの話を聞き、やりたいと思っていることを理解していくうちに、この画期的なテキスタイルの虜に。そして、最も困難と思われた部分、つまり裏と表に違う柄を織り込んでいく1枚の布をつくるために必要な組織図作りに着手。カメレオン ジャカードを量産させるためのマニュアルを完成させた。新しいデザインを生地に反映させる際は、このマニュアルを基に、コンピューター制御された織機に指示を送るための製織指図書を作っていく。開発にかかった時間は2年。その間、梶原さんは産地に長期滞在することもしばしばだったという。「制限された世界の中で、より豊かな表現を行うために、勉強と研究を重ねました。テキスタイルを作る理論は世界中何処でも同じ。でも、手間がかかるこの布の開発に取り組むことができるのは、日本の技術と、日本のメーカー、日本の職人さんしかない。日本のものづくりのメンタリティが必要だと思ったんです」と梶原さん。「私がイメージで柄の話をしたら、上田さんのようにそれを数字に翻訳する人がいてくださって、はじめて布を織ることができるんです。上田さんをはじめ丸萬のみなさんは、難しいことを楽しんでくださる。どんどんお願いが難しいものになっていっても、喜んで一緒に開発してくださるんです。こういう方々がいなければ、私の仕事はできないですね」

上田さんの作成した製織指書図に従って、実際にカメレオン ジャカードを織っていくのは、西脇にある織物工場、遠孫織布の仕事だ。「カメレオン ジャカードでは、タテ糸1色に対し、多いときでヨコ糸6色を使います。裏と表の柄を交互に織り上げていくので、かなり時間がかかります」と遠孫さん。複雑な構造を持つカメレオン ジャカードは、仕上がりに予測できない部分も多く、実際に織ってみないとわからない特殊性もあるという。

「タテ糸とヨコ糸がどのように交わるかで、色の出方がきまるんです。予想がしにくい部分もあるので、実際に織っているのを見て決めていくことも多いですね。新しいデザインに挑戦する場合は、2〜3回は実際に織ってみて、糸を変えたりしながら最終的なテキスタイルに仕上げてきます」と梶原さん。彼女が西脇を訪れると、上田さん、遠孫さんの3人で、織機を前にさまざまな意見を交わすのが常だという。そんな3人のコミュニケーションから、新しい生地が生まれることも多い。

実際に、カメレオン ジャガードも、2006年の開発当時から、こんな風に皆で意見を交換しながら、クオリティを上げてきたのだ。

「何色の糸を使い、裏と表にどういう柄を組み合わせることができるのか、タテ糸とヨコ糸の組み合わせという制限の中で、何ができるのかを研究してきました。マニュアルが確立し、応用ができるようになり、柄違いを作れるようになったのはここ数年。それまでは、クオリティをあげることで精一杯でしたね」(梶原さん)

『グリデカナ』のオリジナルテキスタイルとして、また、西脇産の上質な生地として、世界的にも大きな注目を集めている素材は、このようにして育まれてきたのだ。
「梶原さんとのものづくりの中で、言葉以上のものを教えてもらいました。梶原さんと出会えていなければ、今、この道に生きていなかったと思う」と上田さん。

日本各地の生産地は、日本のみならず世界の市場を支えているものの、各ブランド、アパレルメーカーに布を提供するため、産地やメーカー名が私たちの目に触れることは極めて少ない。
「日本では、生地に注目が集まり、産地が評価されることはとても少ない。でも、梶原さんとご一緒することで、クリエーションを形にすることの喜び、そして私たちの技術に価値を見出してくださる人もいるということを知りました」

産地の技術と伝統、職人たちの心意気。それがあって始めて実現する本当に価値のあるものづくり。これこそ、今の日本が世界に誇りたいものだ。それを確信している梶原さんは、日本だからできること、西脇だからできること、丸萬だからできることを、今日も伝え続ける。日本が持つ、どこにも真似できないものづくりの力を、『グリデカナ』を通してぜひ再発見してみてほしい。
(text/jun makiguchi, photo/reiko sakai)

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