◆これまでのあらすじ
人気女性誌のWeb媒体でコラムの編集をする優斗(34)。過去の恋愛で、3回連続「そういうとこだよ」という言葉で振られたことにモヤモヤしている。そのうちの1人、7年前に別れた元恋人・香澄と再会。ボルダリングジムでデートをするが、連絡が途絶えてしまい…。

▶前回:7年ぶりに元カノと再会した34歳男。「一風変わったデート」に誘ったら、悲しい結末に…




Vol.3 同じ言葉も「使い方」次第


『気になる相手から2週間連絡がこない…考えられる5つの理由』

僕は、先月配信されたPV50万超のヒット記事を、ぼんやりと眺めていた。

― 香澄は、気になる相手っていうと…ちょっと違うかな。いや、違くないのか。う〜ん。

香澄とは、先々週ボルダリングジムに行ったあとから連絡が途絶えていた。いい雰囲気だと思っていたからこそ「何か嫌なことしちゃったかな」と気がかりだ。

時刻は21時。

こんな時間に、女性向けの恋愛記事を読んで悶々としている自分を俯瞰すると、自虐的な気分になる。

「…7年前に別れたこんな男から頻繁に連絡がきたら、香澄は嫌だろうな」

記事の大見出し1つめに書かれていた「関わりたくないから」という文字を睨む。

― いきなり辛辣すぎる。

2つめの「忙しくて連絡を忘れているから」に逃げるように指先を滑らせて、スマホの画面をタップしようとしたときだった。

“ポヨ〜ン”

間抜けな着信音に反応し、即効で既読をつけてしまう。そして香澄からのLINEだったことに、二重に驚いた。

― きっと、これ以上距離が縮まらないようにけん制されるのだろう。

僕は、自分の心を守りたいときによくする薄目で、LINEのトーク画面を見た。

ところが、そこには意外なことが書かれていた。


『香澄:来週、一緒にお昼ご飯食べない?』

― えっ、“関わりたくない”じゃなかったんだ?なんだ〜!

思いもよらない誘いに、一瞬にして胸が躍る。単純な自分が憎い。復縁…はさすがにないにしても、しこりのない関係ではありたい。

『優斗:うん、行こう!香澄はいつが空いてる?』

すぐさま返事をして日時を決め、香澄が好きなタイ料理の店を予約した。






約束の日。

恵比寿ガーデンプレイスタワー39階にある『Longrain TOKYO(ロングレイン トーキョー)』は、編集部内でも人気のオーストラリア発、モダン・アジアン・レストランだ。

窓際の席からは、麻布台ヒルズが見える。

「このあいだのボルダリング、すっごく楽しかった!連れてってくれてありがとう」

「ううん、こちらこそ。あれからどこか痛くなったりしてない?」

「う〜ん…あ!帰ってからしばらく手のブルブルが止まらなくて。スマホもうまく持てなくて、ちょっと大変だったかな」

「わかる!僕もよくなるよ」

いつも通りの香澄に、ホッとする。

しばらくすると、目の前にコース1品目の季節の生春巻きが運ばれてきた。

「…キレイ!美味しそう」

「塩麹が使われてるって言ってたね」

薄く輪切りにされた生春巻きは、上品なサイズ感ながら、ひと口で食べるにはちょっと大きい。

香澄と僕は、無言で咀嚼を続ける。プリプリとした海老が口の中で弾けた。

沈黙が気まずくない関係は、食事を存分に堪能できていい。彼女も同じで、僕らは昔から気が合っていた。

次に運ばれてきたふっくらとジューシーな鶏肉のグリルは、噛むほどにうま味が広がる。香澄が頼んだカオヤムは、バタフライピーで色付けされたブルーライスが圧巻で、2人同時に「すごい!」と唸った。

― こんなの…こんな時間がまた続いたらいいのにって、思っちゃうよなぁ。

しかし、いい雰囲気は長くは続かなかった。




「優斗くんのグリーンカレー、私もちょっと食べてみたい」

「いいよ!取り皿もらおうか」

まだ手を付けていないカレーを別の器に取り分ける。殻ごと食べられるという大きな海老とヤングコーンもよそって、香澄の前に差し出した。

それから僕も、スプーンでルーをすくって口に運ぶ。甘味が広がる。その直後に、ガツンとスパイスが効いた辛さがやってきて、一瞬にして体がカッと熱くなった。

― 結構辛めなんだ、好きだな〜この感じ。でも、香澄には辛すぎるかもしれないな。

「香澄、ちょっと、待…」

僕が止めようとしたときにはすでに、彼女は辛さに耐えて涙目になっていた。

「水飲んで!大丈夫?」

「…ありがとう。美味しいんだけど、あとからくるね」

コップ1杯の水を飲んでも、まだ辛さが引かない様子だ。

「タイティーって、甘いんだっけ?先に持ってきてもらおう」

「そこまでじゃないから!大丈夫…」

彼女の言葉を聞かず、店員さんに食後のドリンクを持ってきてもらう。

「はい、香澄。大丈夫?」

タイティーのカップから立ち上る湯気越しに、香澄の曇った表情が見えた。


タイティーをひと口飲んだ香澄は、ホーッと長く息を漏らした。

心なしか表情が硬く見えるけれど、口に広がる辛さの炎が鎮火したようで安心する。

…と、次の瞬間。

「優斗くんのそういうとこ…変わってないね」

「…えっ?」

驚いて、グリーンカレーをすくったスプーンが口から数センチ横にずれた。

7年前のあの言葉を、香澄の口からまた聞かされることになるなんて。それはそうと、この1時間足らずのやり取りのどこに、“そういうとこ”があったというのだろう。

― どっちかっていうと、いい感じだったと思うんだけど。

口元についたカレーを拭いながら、自分の言動を振り返る。だが、さっぱりわからない。

「あのさ、香澄。その“そういうとこ”って…どんなとこか教えてもらってもいいかな?」

聞いたら傷つくとか、そんなことを考えるよりも、純粋に疑問しか湧いてこなかった。

「優斗くんは…」




「いつもすごく心配してくれるよね…。それは本当にありがとうって思うんだけど、でも私は…」

香澄は、僕の目を真っすぐに見つめながら続ける。

「“大丈夫?”って聞かれるたびに、どんどん自分に自信がなくなっていく気がする」

「自信…?」

「そう。大丈夫じゃなさそうに見えるから、大丈夫?って聞かれるんだろうなって。しっかりしようって頑張るんだけど、ちょっとずつしんどくなってきちゃうの」

「ごめん、そんなつもりはなかったんだけど。ただ、本当に心配で…」

もっと心配してほしい…ならわかる。けれど、心配することで相手の心に傷をつけてしまうだなんて、考えもしなかった。

僕は言葉を探す。すると、彼女はため込んでいた気持ちを吐き出すように、苦々しい顔で言った。




「悪気がないのはもちろんわかってる。わかってるけど、真剣に心配されればされるほど、私にとってはちっとも認められていない未熟さの証…みたいなものを突き付けられるんだよね」

「僕、結構言ってたのかな。その…大丈夫?って、昔から」

「結構、ね。私が就活してるときとか、社会人になりたての頃とかは仕方ないって思ってたけど、普段から割と言ってたかな。ボルダリングのときもまあまあ…」

僕は、謝るほかない。

「香澄がそんなふうに思ってたなんて、気づかなかった。本当にごめん…」

デザートのタイティームースが運ばれてくる頃には、香澄の表情も柔らかくなっていた。

「同じ“大丈夫”なら、“大丈夫だよ!”って後押ししてくれると嬉しかったかな。って、私も今さらごめんね」

「いや。でもさ、嫌な思いをさせてきたのに、何でまた僕と会ってみようと思ったの?」

「それはやっぱり、昔よりしっかりした姿を見せたかったからじゃない?この前は壁から落ちちゃったけど」

昔も今も、ずっと魅力的だと伝えようとしたけれど、そんな言葉は求められていない気がして飲みこむ。

― “私にとっては”、か。人によって、言葉の受け取り方って本当にいろいろなんだな。反省だ…。

自分の“そういうとこ”を聞いたら間違いなくへこむだろうと思っていたが、逆に感謝したい気持ちになっていた。

食事を終えて、席を立つ。

「今日は、ボルダリングのお礼に私にごちそうさせて」

「いや、いいよ!僕が…」

「“大丈夫”だから!」

「そっか、うん。ありがとう、ごちそうさま!」

別れ際、香澄は1枚の名刺を渡してきた。

4月にオープンするデイリーフリーカフェのオーナーを務めるらしい。

「全メニュー乳製品を使わないのがコンセプトなの」

「へぇ、すごいな」

「おすすめはガトーショコラです!」

「今度、食べに行くよ。…それと、香澄なら大丈夫だよ!きっと上手くいく」

微笑む彼女の右ほほには、えくぼがくっきりと刻まれる。

7年ぶりに再会した元・恋人は、心配ではなく、応援されるに値する素敵な女性になっていた。

― 会えてよかった。



それから半月。

「痛いっ、痛いです!それ!」

僕は、病院で怪我の手当てを受けていた―。

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怪我をして、手当てを受ける優斗。何があった…?