カレの浮気を許してしまう…同棲中の家に女を連れ込む男に対して、33歳女が出した答えとは
「30.5」
これは、東京における女性の平均初婚年齢。
多くの女性が、その年齢までに結婚をと、自分の道を決めていく。
一方で、「30過ぎてまで、何やってるの？」と言われてしまうような、どうしようもない恋愛から抜け出せない人がいるのも事実。
他人には言えない心の葛藤、男女の関係――。
30歳を過ぎた。でも私は、やめられない。
少し痛いけれど、これが東京で生きる女のリアルなのだから。
Vol.2 歩美、33歳。彼氏の浮気を知っていながら…
「三船、好きな時に帰っていいからな」
「あ、はい…」
山本は、そう私に言うと、目の前の女性バーテンダーと話の続きを始めた。
私は、三船歩美。上司である山本の秘書をしていて、ここは彼の行きつけの銀座8丁目の会員制バーだ。
以前は大手製薬会社の役員秘書をしていたのだが、取引先でもあった医師の山本に1.5倍の報酬を提示され、引き抜かれた。
私は秘書でありながら、山本の会食にも度々同行する。その後はここに来て、仕事の話や雑談をするのがお決まりのパターンだ。
しかも、それも業務だとして、きちんと時間外手当が発生しているので、文句はない。
むしろ、あまり早く帰りたくない私にとっては、好都合だった。
― まだ21時半か…。
私は腕時計を見ながら、ため息をついた。
まだここにいたいけど、山本はバーテンの女の子を口説きたいのだろう。
私は化粧室へ行き、なんとなくリップを塗り直した。
― なんだか胸騒ぎがするなぁ。
リップをポーチにしまいながら、六本木のマンションで同棲している、彼氏・幸人のことを思った。
幸人は近頃、よっぽどのことがないと怒らないし、私に異様に優しい。それが、なんだか気持ち悪かった。
8年も付き合っているから、なんとなくわかる。幸人に、新しい“遊び相手”ができたことが。
「では、私は失礼します。おつかれさまでした」
私は山本に挨拶をして、タクシーで自宅へ向かった。
「ただいま」
「歩美、おかえり〜！」
幸人が玄関まで出迎えてくれる。妙に嬉しそうで、スッキリとした表情だ。
それに、彼の体から漂う鼻をつく甘ったるいフローラルの匂い。それは学生時代に流行った赤いハートの瓶の香水を連想させた。
― どんだけ安っぽい女に手を出したのよ？
私は手を洗いにバスルームへ向かう。すると、モワンと湿気が襲った。
さらに、私のシャンプーが使われたのも、バスルームの匂いで判明した。
「……」
幸人が、浮気をしていることは、一目瞭然だった。
ふたりの家なのに、幸人は女を連れ込む。しかも、悪びれる様子もなく平然と。
それは、これまでも何回かあった。
「幸人、私のシャンプー使ったの？」
「え！あ〜う、うん。俺のシーブリーズなくなっちゃって！」
― 焦っちゃって、バカみたい。
私は笑いたいのを必死にこらえた。
私にバレていないと思っている彼の顔を見るのは、面白いし、欲求のままに生きているのを見ると人間らしいとも思ってしまう。
そうやって私は、自分の本当の感情が表れる前に蓋をした。
「幸人、お風呂洗ってくれる？バスタブだけじゃなく、床と壁もね」
「わかった！」
幸人は後ろめたさがあるとき、素直に私の言うことを聞く。それがおかしかった。
私は待っている間、スマホでカメラロールを遡る。
― うわ…！なつかしっ。
なんとなく見始めた、付き合いたての画像がまぶしい。
幸人とは、気が合うし仲はかなりいいほうだと思う。
彼は絵を描くのが仕事で、本業は画家。元々は広告代理店でアートディレクターをやっていたのだが、絵描きになる夢を諦めきれずに転身。
私と同い年で33歳だが、決して収入は安定していない。副業で便利屋をしているが、毎日依頼があるわけでもないのが現状だ。
つまり、彼は私に依存せざるを得ないのだ。
会社勤めの私がいなければ、家を借りるのも困難。もちろん、今以上のレベルの部屋に住むのも無理だろう。
正直私は、その状況が気持ちよかった。
― 別れる時期は、幸人じゃなく私が決める。
そう改めて決心した、その時だった。
「……ん？これ誰？」
スマホをいじっていると、Instagramに知らない人からDMが来ていることに気づいた。
『ユキトがかわいそう！早く別れろ。オバさん』
― …オバさんって。あなたもそのうち年をとるのよ。
そんなふうに心の中で嘲笑ってみたが、不快であることは間違いない。
それに、これが幸人の浮気相手だということは、なんとなくわかった。
わざわざ私のInstagramを探して連絡してくるなんて、よっぽどのメンヘラ女なのだろうか。
しかも、誹謗中傷用のアカウントかと思いきや、思いっきり実名の公開アカウントだった。
「実莉…」
その実莉という名前の女からは、無視し続けてもなお、何通もDMが届いた。
「ねえ、幸人。今って仕事順調なの？」
実莉からのDMも来なくなり1週間ほど経った後、私は夕飯のカレーを作りながらたずねた。
「ん？順調ってか、今までどおりだけど」
幸人は便利屋の仕事として依頼があった“犬の散歩”から帰ってきた後で、汗ばんだTシャツを脱ぎながら答える。
予想は外れた。
彼の仕事がうまくいっていて、金銭面で余裕が出た。だから、私と別れるつもりなのかと思ったのだが、そうではないようだ。
― やっぱり実莉はただの遊び相手か。
あれから、この家で他の女と会った形跡はない。
しかし、私は、実莉がこのまま黙っているとは思えなかった。
お鍋にルーを入れようとした時、エントランスのチャイムが鳴った。
「幸人、出て。たぶんAmazonだと思う」
私は、バスルームからリビングに戻ってきた彼に言い目線をまた鍋に戻す。
しかし、幸人はなかなか解錠しない。それどころか相手と言い合いになっている。
「どうしたの？…って、え！？」
画面には25〜6歳だろうか、派手な髪色の女が映っていた。どこからどう見ても配達員ではない。
「歩美、ちょっと俺、下行ってくるわ！」
幸人はわかりやすいくらい焦って、玄関に走りビーサンを履いた。
― 行かせない。
私は、エプロンをつけたまま幸人の腕をつかんだ。
「待って。行かないで」
「歩美？」
幸人は驚いた顔をしている。
「実莉。でしょ？あなたの浮気相手。私、全部知ってるのよ」
幸人の顔がみるみる曇っていく。
「……！マジかよ。最悪…。いや、最悪なのは俺だ。歩美、ごめん！本当ごめん！とりあえず話しつけてくるから」
幸人は、私の手を払いのけドアを開け出て行こうとした。
「出て行ったら、別れるよ。いいの？」
自分でもビックリするくらい、低い声が出た。それに、心臓がバクバクいっている。
幸人は、私とは別れない。別れられない。
そうわかっているのに、いざ口にすると不確かな自信は、どんどんなくなっていく。
幸人は、何秒か迷ってビーサンを脱いだ。
「……わかったよ」
そのあともチャイムは鳴り響いたが、私が警察を呼ぶと言い放つと、実莉は渋々帰っていった。
アポもなく、家にまで押しかけてくるなんて、ふたりはどんなドラマチックな恋愛をしていたのだろうか。
いや、その恋は過去ではなく、現在進行形なのかもしれない。
それが実莉の一方的な行動だとしても、なんだかとてもうらやましく、悔しかった。
「歩美、ごめん。俺、歩美がいないと生きていけないんだったわ…」
幸人が苦笑いしながら言う。
「へらへら笑ってんじゃねーよ」と平手打ちでもしたかったが、残念ながら私にそんな情熱はなかった。
私は、無言でキッチンに戻り何事もなかったかのように鍋をかき回した。
しかし、居ても立ってもいられず、冷蔵庫から缶ビールを取り出し開けて飲む。
― はぁ…痛い。
その痛さは、自分の言動に対してなのか、幸人から受けた傷のせいなのかわからなかった。
「ごはん、できたよ」
私は、反省のつもりなのかトイレに閉じこもっている幸人に話しかけた。
「いただきます」
「…召し上がれ」
しばらく黙々と食事をする。
実莉のせいで目を離したカレーは、少し焦げっぽい味がして、おいしくなかった。
「歩美…。歩美って、俺のこと好き？」
「なんで、そんなこと聞くの。そうじゃなかったら、あんたの浮気を何度も黙認してないんだけど」
私は、幸人を見ることなく冷たく答えた。
「幸人は私と別れたいの？」
「いや、別れたくないです」
それを聞いて、ほっとした。
「じゃあ、今回も許してあげる。カレー食べよ」
幸人が別れない理由は、私がいないと、この街・六本木に住めなくなるからなのか、私が浮気を許しているからなのか、それとも本当に私のことを愛してくれているからなのかはわからなかった。
そして、それを確認するのも怖かった。
8年も一緒にいた男と別れてしまったら、私の精神はどうなってしまうのか未知だからだ。
仕事が忙しい今、余計なストレスは感じたくない。だから浮気相手の実莉とも極力衝突しない方法を選んだ。
私の考えは、歪んでいるし、友達がおかしいと指摘するのもうなずける。
結局、幸人に依存しているのは私なのだから。
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実莉が幸人を狙う動機とは？
