「結婚するなら、ハイスペックな男性がいい」

そう考える婚活女子は多い。

だが、苦労してハイスペック男性と付き合えたとしても、それは決してゴールではない。

幸せな結婚をするためには、彼の本性と向き合わなければならないのだ。

これは交際3ヶ月目にして、ハイスペ彼氏がダメ男だと気づいた女たちの物語。

▶前回:「母親の手作り料理を、まさか…?」28歳の女が御曹司から感じた“ある違和感”とは




Episode 5:怜(28歳・図書館司書)の場合


「空も海も、真っ青!すごい…」

仕事から帰宅した私は、スマホを見ながらつぶやいた。

大学時代からの友人が、宮古島にある『THE SHIGIRA』での休暇の様子をInstagramに投稿していたのだ。

― 彼氏と誕生日の記念旅行だっけ。あ、この子はスポーツ観戦?

もう1人の友人はバスケの試合を見に行っていて、臨場感のあるストーリーズを線が点になるほど何枚もあげている。

かたや私はというと、デパ地下で買ったエスニック惣菜と、生ジョッキ缶をテーブルに並べて1人で晩酌だ。

明日は、勤務先の図書館の休館日。それなのに、友人はみんな仕事だし、彼氏はもう2年もいない。

司書資格を取り、図書館での就職を叶えるまではよかったが、最近は代わり映えのしない毎日にひどく退屈していた。

― 何か、日常がパッと楽しくなるようなこと…ないかなあ。

私が、まったく面識のない『匠』という男性からのダイレクトメッセージに反応してしまったのは、こんなふうに考えていたせいかもしれない。


見ず知らずの男性からのメッセージを無視しなかったのは、なぜ?


匠との出会いは、Instagramのダイレクトメッセージだった。

プロバスケを観戦した友人のストーリーズを、流し見していたとき。彼女がタグ付けした選手や、チームのアカウントにも飛んで、閲覧したうちの1人が彼だった。

ダイレクトメッセージが送られてきたのは、その翌日。

匠:はじめまして。投稿、見にきてくれてありがとうございます!

上下赤のユニフォーム姿のプロフィール写真に、彼が誰なのかすぐにピンときた。だが同時に、たった1度ストーリーズを見ただけなのに、メッセージを送ってくる匠に警戒心を抱いた。

― 軽いなあ。会ったこともない人だし…無視、無視。

すると、続けざまにもう1通。

匠:いつもは、こんなふうにメッセージを送ったりしないんですが、怜さんが投稿している本が自分の好みとぴったりだったので。いきなりすみません。

自他ともに認める筋金入りのハルキストの私は、高校時代に読んだ『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を猛烈な勢いで再読し、感想を投稿したばかりだった。

読んだ本の感想がメインの私のInstagramは、バチッとハマる人以外には、何の面白みもない。

だから、彼が言う本のことと彼自身のことが気になり、再びアカウントへと飛んでみたのだった。

― うそ!これって、彼も?

匠のInstagramには、バスケの試合や練習、趣味の車、それと村上春樹の小説が何冊も投稿されていた。その感想を読んで、彼も私と同じ感性を持っているとすぐにわかった。

怜:村上春樹さんがお好きなんですか?

こうして本をきっかけに話題が膨らみ、ダイレクトメッセージを使って2ヶ月もやり取りが続いた。

匠は、毎日のように連絡をくれた。食事のことやトレーニングのこと、休日の過ごし方。そこからは、プロ選手としての意識の高さを感じさせられることも多かった。

― 軽い人って思ったけど、そうじゃないのかも。

私はすっかり打ち解けた気持ちになっていた。

それからさらに2ヶ月後。

やがてLINEでやり取りをするようになり、2人で食事に行くようになると、彼から告白されて交際がスタートしたのだった。




国内男子バスケのプロリーグのシーズンは、9月に開幕し、翌年の5月まで続く。

私より3つ上の31歳の匠は、188cmの長身を生かしたベテランのパワーフォワード。食事やトレーニングでは、経験が長いがゆえのこだわりやルーティンも多かったが、現役でほぼ毎試合出場する彼の並々ならぬ努力には感心していた。

それに、試合翌日の月曜日は、私も仕事が休みだ。買い物や食事に行ったり、たまにジムに付き合ったりすることもできた。私たちの交際は、順調そのものだった。

「昨日の試合、後輩のブザービートが決まって勝ったんだよ!めちゃくちゃ興奮した!」
「おめでとう!私も、匠くんが出てる試合見に行きたいな」

彼とこんな会話をしていると、退屈だった自分の日常がまるで小説の物語のようにドラマチックに思えるのだった。

ところが、交際2ヶ月を迎えたころ。

バスケ好きの友人との食事の席で、匠との交際を報告すると、思いもよらない言葉が返ってきた。


友人からの思いがけない忠告に、怜は…


「ねえ、彼…大丈夫?」
「え、大丈夫って?」

「彼、かっこいいでしょ?前に、ネットで調べたことがあるんだよね。そしたら、女性関係がちょっと…」
「え…?それって、どういう…」

ほんの一瞬、友人は私をうらやんで言ったのではないかと訝しんだ。でも、彼女の表情は、私のことを本気で心配している。

「帰ったら、彼の名前をググッてみるといいよ。あと、インスタもね。フォロー中の相手、ギャルっぽい女の子ばっかりだから」
「待って、待って!1人で見るのは怖いから、今一緒に見て!」

友人に言われるがまま、Googleに彼の名前を入力する。

― 有名な選手だったら、色々とうわさもあるよね?

うわさは、あくまでもうわさ。そう思いながら検索したスマホの画面には、バスケに関するものだけでなく、それと同じくらい派手な女性関係が晒されていたのだった。

個人のSNSの投稿もあれば、掲示板に書き込まれているものもある。

つい3日前にも、「匠から、会おうってしつこく連絡がきた」なんて投稿があり、目をそむけたくなった。

「大丈夫?だから、彼はやめといたほうがいいって!早くわかってよかったよ」
「うん…。だけど、こういうのって、ただのネットのうわさってこともあるよね?」

まだ、どこかで彼の潔白を信じたい気持ちがあったのだ。

「怜は、彼の家に行ったことある?試合は見に行った?怪しいなってことは、なかったの?」
「どれもないけど…」

そういえば、匠は私の家には来るけれど、シューズやトレーニンググッズで散らかっているからと、自分の家に呼んでくれたことはなかった。試合だって、見に行きたいと言っても、いつもそこで会話が終わってしまう。

私の名前を呼ぶ前に、1度フリーズしていたこともある。別の女性の名前を口にしかけたようだが、決定的ではなかったため、気のせいだと心にフタをした。

多少引っかかることはあっても、疑わしく思う気持ちが大きくなかったのは、彼が甥っ子や家族の写真を送ってきてくれたり、自分も近いうちに結婚したいという話をしてくれたりしたからだ。

それが今、抑えていた感情が溢れ出し、匠への不信感でいっぱいになっていた…。



数日後。

モヤモヤした気持ちに耐え切れなくなった私は、意を決して彼にこうLINEを送った。




怜:「次の試合、見に行ってもいい?チケットの取り方、教えて?」
匠:「うん、来てよ!…あーでも、僕もチケットのことって知らないんだよね」

さすがにそれはないだろう。

プロ生活9年の間に、家族や友人、恋人が試合を見に来たことは何度もあるはずだ。招待したことだってあるに違いない。私は、何だかバカにされたような気持ちになった。

怜:そっか…試合は今度にしようかな。じゃあ、月曜日は匠くんの家に行ってもいい?
匠:試合の後だし、家は散らかってるから…。車でどこかに出かけない?

もっともらしい理由だと思いながらも、腑に落ちない私は追い打ちをかける。

怜:考えておくね。そうだ、この間バスケが好きだっていう友達と会ったんだけど。匠くんのこと、いろいろと詳しいから驚いちゃった。

LINEが既読になったと思ったら、すぐに匠から電話がかかってきた。

「僕のことに詳しいって、どんな話をしたの?」

あまりにも慌てた様子の彼に、私は考える時間を与えない。

「何かね、すごくモテるみたいな。…女性関係が華やかみたいな、そんな話」
「そんなことないよ!裕子ちゃんと付き合う前は、会ってる子もいたけど」
「裕子ちゃんって?」
「っ…違う、違う!裕子ちゃんていうのは、僕の前の彼女で…」

裕子が元カノでも、今会っている別の女性だとしても、どちらにしてもアウトだ。

これが、5月末の出来事だった。

彼とのこれからについて考えていると、友人からLINEが届いた。

匠が所属するチームの公式HPで、彼の契約満了が告げられたらしい。

けがもなく、優秀な成績をおさめていた匠だったが、SNSを使っていろいろな女性に声をかけているという報告が相次いだため、チームにいられなくなったのではないかとささやかれている。

彼の女性関係のひどさは昔から有名で、何度か問題になったこともあるらしい。それなのに、何年かたった今も変わっていないのだ。

匠:もう1度、会って話せないかな?
怜:ごめん、それはできない。

私は間髪入れずに返信すると、匠に弁解の余地を与えずに続ける。

怜:応援される立場の人が、人気を逆手に取るのってどうかと思う。うわさはうわさだけど、こんなふうにいろいろ言われるのって、何もなかったらあり得ないよね?
匠:何もなかったとは言わないよ、傷つけたなら謝る。

怜:私たちって、スポーツやスポーツ選手に夢や希望を託してるところがあると思うの。日常から切り離された、特別な世界っていうか。だから、匠くんも、私にとってとは言わないけど、せめて子どもたちにとっては、ヒーローのような存在でいてほしかったよ。

彼からは、『ごめん』と返事がきたきりだった。

こうして、私たちは交際3ヶ月で別れた。

風の便りでは、匠は関西方面のチームに移籍したらしい。

現実離れした特別な出来事を望んだのは、自分だ。けれど、浮かれて彼の本質を見抜けなかったことを深く反省した。

私は、もうすぐ29歳になる。そろそろ、結婚を視野に入れた交際がしたい。そこには、小説のような非現実は必要ないのかもしれないと思った。

▶前回:「母親の手作り料理を、まさか…?」28歳の女が御曹司から感じた“ある違和感”とは

▶1話目はこちら:「今どのくらい貯金してる?」彼氏の本性が現れた交際3ヶ月目の出来事

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玄関に出したままになっていた靴に、ひと言。細かすぎる彼氏に対して彼女は反撃する