どんなに手を伸ばしても、絶対に届かない相手を想う。

結ばれることのない相手に人生を捧げる、女たちの心情を紐解いていく。

これは、「推し」がいる女たちのストーリー。

▶前回:彼女がいるのに他の女と遊びまくる33歳男。彼の出会いの場は、まさかの“地下ライブ“で…




K-POPを愛しすぎて暴走する女・スミレ(27)【前編】


「スミレ、元気出してよ〜」

『韓国食堂 入ル 坂上ル』でサムゲタンを食べながら、私を励ましてくれているのは、大学の同級生の早苗だ。

心配してくれるのはありがたいけれど、今はその言葉も耳に届かないほど憔悴しきっている。

「もう無理。私の人生、終了のお知らせ……」

マッコリを片手に、うなだれる。いつもは気合を入れてオルチャン風にセットしている自慢の黒髪ロングも、今日ばかりはボサボサだ。

そんな私を見て、早苗は明るい口調で言った。

「“推しの結婚”なんてよくあることだよ。私なんか、推しの過去の未成年飲酒がバレてペン卒(ファン卒業)したことあるんだから」

昨晩のこと。

私がもう何年も応援してきたK-POPアイドル「V2」の「ドヒョン」が、一般人女性との結婚を発表した。

コロナ前は、彼のために何度渡韓したかわからない。

他にも好きなK-POPアイドルはたくさんいるけれど、彼以上に愛せる人は二度と現れないだろう。

「コロナで全然韓国にも行けないし、そろそろ潮時かな〜」

私がボソッとつぶやくと、早苗は待ってましたとばかりに身を乗り出してきた。

「じゃあさ、彼氏作りなよ!」


推しの結婚に落ち込むスミレに、友人からとんでもない提案が…


「スミレにはね、ずっとマッチングアプリをオススメしたかったの!」

手で拒絶を示す私を無視して、早苗はグイグイとスマホの画面を見せてくる。

そこには、多くの人とメッセージのやり取りをしている履歴が映し出されていた。

「これ、全員韓国人男性」

「ええ!全員!?」

私は、得意げに見せてくる早苗から許可をもらっていくつかのメッセージをタップした。

「うわぁ、すご……」

“韓国人男性はマメで情熱的”と噂には聞いていたが、メッセージの内容はまさにその通りで。

さらにプロフィール写真を見ると、みんななかなかのイケメンだった。

「このアプリ、韓国の人が多いの。良さそうな人に“いいね”してるんだ。これでスミレも私も彼氏ができたらさ、すごく楽しくない?」

ウキウキと話す彼女を見て、少し興味が湧いてきた。

私は今まで、告白されて付き合ってみても、相手をあまり好きになれず振る、という中途半端な交際を何度も繰り返してきた。

恥ずかしながら、27歳にもなってまともな恋愛をしたことがなく、1年以上続いた彼氏もいない。

― 日本人だけじゃなくて、外国人にも目を向けたりするのもいいのかな…?

それに、推しの結婚発表で、相当なショックを受けているのも事実。何か気晴らしでもしないと病んでしまいそうだ。

韓国人の知り合いができれば、語学の勉強にもなりそうだし、K-POPの話で一緒に盛り上がれるかもしれない。

もしかしたら、ドヒョン似のイケメンにも出会えるかも……なんて、都合の良い妄想ばかりが膨らんでいく。

「とりあえずさ、気晴らしにやってみようよ。スミレは美人だからいっぱい連絡くると思うんだよね〜。で、もしいい人いたら紹介して」

「いや、早苗は結局それが目当てなんでしょ」

私は、軽口をたたきつつも、すっかりマッチングアプリに登録する気になっていた。




マッチングアプリに登録してみたら…


「わ、すご……めっちゃ来てる」

翌朝。身支度をしながらスマホをチェックしていると、昨晩の帰宅後に登録したマッチングアプリに、相当な数の通知が届いていた。

仕事が終わってからゆっくり見てもよかったが、はやる気持ちを抑えられない。

私は、メガベンチャーのIT企業でプログラマーをしているので、比較的自由に仕事のスケジュールは調整できる。

今日は、午後から一気に仕事を片づければいいやと思い、朝は“いいね”をくれた男性のプロフィールをひと通り見てみた。

― あ、この人……。

“いいね”をくれた人の中には、昨晩プロフィールを見て気になっていた男性がいた。

韓国出身で、現在は、日本でアパレル関係の企業を経営をしているというユジュン・31歳。K-POPアイドル顔負けのルックスと183cmの長身に加え、イェール大学卒と経歴も完璧。日本語を含め、韓国語、英語、中国語と4ヶ国語が話せるという。

― あまりにもハイスペすぎて、胡散臭いけど。まあ、とりあえずOKしておくか……。

そして数十分後、彼からメッセージが届いた。

『初めまして、すごくお綺麗な方だったので、思わず“いいね”をしてしまいました。仲良くしていただけると嬉しいです』

とても綺麗な日本語で届いたメッセージを見て、少しテンションが上がる。プロフィールを見る限り、相当ハイスペックな韓国人男性から褒められて、嬉しくないわけがない。

ニヤけてしまうのを我慢して、彼にお礼のメッセージを返した。

まさか、この出会いが、私の人間性すらも大きく変えてしまうなんて。

このときは夢にも思わなかった……。


ハイスぺ男性とマッチングし、とうとう初対面!


ユジュンとは数回メッセージのやり取りをして、すぐにLINEを交換した。

そして彼も例に漏れず、毎日積極的に連絡をくれた。「早く会いたい」「ずっとスミレさんのことを考えてるよ」なんて、歯の浮くような言葉を平然と送ってくる。

今まではそういう愛の言葉を“気持ち悪い”と感じていたが、彼に対しては全くそう思わず、むしろ嬉しいくらいだった。

― なんだか、K-POPアイドルのファンサービスみたい……。

まだ会ったこともない彼にK-POPアイドルを重ね、このときの私は完全に舞い上がっていた。




アプリで出会ってから2週間後、ついに、彼と会える日がやってきた。

この日のために新調した体のラインが綺麗に見えるワンピースに、クリスチャン ルブタンのヒールを合わせて、美容院でヘアセットをしてから、彼との待ち合わせ場所へ向かう。

とても寒い日だったので、コートの上からルイ・ヴィトンのマフラーを巻いて彼が来るのを待っていた。

― デートでこんなに気合を入れたの初めて…。本当に、ペンミ(ファンミーティング)に行くときくらい張り切っちゃった。

そんなことを考えていたら、時刻はいつの間にか待ち合わせ時間の1分前に。

ふとスマホを見ると、ユジュンから『後ろ向いて』というLINEが届いていたことに気づく。

私が慌てて振り向くと、そこには小さな花束を持った長身の男性が立っていた。

「待たせちゃってごめんね。寒かったでしょ?」

マスクで顔は半分隠れているが、プロフィール写真で見ていた通り……いや、もしかしたら、それ以上のイケメンがそこにいた。



彼が連れて行ってくれたのは、『ブルガリ イル・リストランテ ルカ・ファンティン』。以前から憧れていたレストランだ。

― こんな素敵な人と一緒に来られるなんて、夢みたいだ……。

彼は、東京の若者カルチャーが好きで、韓国でもっと日本のファッションを流行らせたいと夢を語ってくれた。

本当に流暢な日本語を話す彼。それに、優しくて、聡明で、エスコートが上手だ。今まで多くの日本人男性と食事を共にしたが、こんなに私を気遣ってくれる人はいなかった。

帰り際には「次はいつ会える?」と予定を聞いてくれて、次に会う約束を取り付けた。

「本当なら毎日会いたいけど、スミレも忙しいだろうからね。そのかわり、たくさんLINEしようね」

彼のちょっとクサい振る舞いは、韓流ドラマの王子様そのもの。

私は一気に彼を好きになってしまった。

帰りのタクシーの中で、彼のプロフィール写真を見つめてうっとりする。

このときの私は、まだ彼への思いを純粋な「恋」だと勘違いしていた。ついに私も、まともに恋愛ができるようになったと、心底喜ばしく思っていた。

でも、私は思い知らされることになる。

人は、そう簡単に変われないのだと……。

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初めて「恋」を知ったと思っていたスミレだったが、それは大きな勘違いで…。