年収が上がるのに比例して、私たちはシアワセになれるのだろうか―?

ある調査によると、幸福度が最も高い年収・800万円(世帯年収1,600万円)までは満足度が上がっていくが、その後はゆるやかに逓減するという。

では実際のところ、どうなのか?

世帯年収3,600万の夫婦、外資系IT企業で働くケンタ(41)と日系金融機関で働く奈美(39)のリアルな生活を覗いてみよう。

◆これまでのあらすじ

米国カリフォルニア州へ移住した奈美とケンタ。奈美は慣れない生活に戸惑い、不満がたまる一方で…。

▶前回:120平米超え豪華マンションで優雅に暮らす女。それでも幸せを感じられないって、どうかしてる…




Vol.8 幸せな生活を得るためには…!?


「庭付きの一戸建てなんて、素敵ですね」

奈美は、美しい芝生が広がる庭を眺めながら、感嘆の声を上げた。

語学学校の授業を終えた奈美は、共通のママ友を介して知り合った美穂さんの家に遊びに来ている。

彼女は、2人の子どもと夫と家族4人で6年前に移住してきた。

米国系IT企業で働く夫のキャリアアップと子どもの教育のため、というのが移住の理由だ。

美穂さんは、日本でのクラシックバレエの講師経験を生かし、今は、駐妻相手にバレエとヨガをベースにしたエクササイズ教室のインストラクターをしている。

「私たちがこの家を買った5年前は、今よりもっと安かったのよ。それに、幸子さんの家と比べたら、うちなんて全然狭いし…」

キッチンで料理をしながら美穂さんが言う。

― 確かに、幸子さんの家は、美穂さんの家よりすごくゴージャスで広かったわ。

奈美は、以前幸子さんのホームパーティーに参加したときのことを思い返す。

渡米して2ヶ月が経ち、たくさんの日本人妻と交流して、米国に住む日本人には、ヒエラルキがーあることを知った。

“移住組ヒエラルキー”の頂点は、夫婦揃って大企業勤務で、豪華な一戸建てを持っている幸子さんのような人だ。

中間層は、美穂さんのように、夫が大企業勤務で妻も仕事があり、一戸建てを持つ人。

そして、奈美のように、妻が働いてない賃貸アパート組は、ヒエラルキーの下層なのだ。

― 東京にいた時は、これでも“上”の部類だったのにな…。


日本では中の上だったのに、米国では下になってしまったと感じる奈美は、あることを決意する…?


「お待たせ。お口に合えばいいんだけど…」

美穂さんが、オーブンから取り出した香ばしいチーズの匂いがするラザニアをダイニングテーブルに運んできた。

「うわー、美味しそう!」

奈美は、歓喜の声を上げる。席についた美穂さんと、スパークリングウォーターで乾杯をしてランチ会がスタートした。

「奈美さん、こっちにきて2ヶ月だっけ?生活には慣れた?」

「車の運転や、スーパーの買い物なんかは、慣れてきたかなって。でも……」

「でも…?」

美穂さんは、フォークを持つ手を止めて奈美を見つめる。

「夫の給料が上がったとはいえ、私が仕事を辞めて世帯年収が減っているのに、こっちは物価が高いので…。東京にいたときよりも、生活水準は下がってて。もちろん一般的に見れば、十分いい暮らしができているとは思うんですけど…」

「確かに、物価は、ざっくり日本の1.4倍くらいのイメージよね。外食も、チップがかかるし。私も仕事をこっちで見つけるまで、金銭的に厳しいなって思ってたわ」




「美穂さんみたいに“バレエ”とか何か手に職があれば、世界中どこでも働けるからいいですよね。私なんて会社辞めた途端、ただの人になっちゃって…。

息子の教育のためとか、家族とゆっくり過ごす時間ができるかなと思って、移住してきたんですけど…。日本にいた時のほうが、時間はなかったですけど、金銭的にも余裕があった分、精神的にも余裕があったのかなって」

じっくり話を聞いてくれる美穂さんに、奈美は思わず本音を漏らす。

「奈美さんみたいに、日本でバリバリ働いていた人は、こっちで仕事をみつけるといいかもね。それにね、初めはみんな苦労するんだから。何かあったらいつでも相談して」

そう言うと美穂さんは、コーヒーを入れるためにキッチンに立った。

「そういえば奈美さんは、日本でどこに住んでたの?」

コーヒーを運んできた美穂さんが、問いかける。

「代々木上原です」

「すごいっ!高級住宅地じゃない!」

「ええ、まあ…」

そう答えたあと、奈美は複雑な気持ちになった。仕事も持ち家もなく、移住組ヒエラルキーで「下」の生活を送る今、過去を褒められても惨めなだけだったのだ。


米国に来て、正解だったのかな…?迷走した奈美がとった行動は…




「今、話せる?相談があるの」

その日の夜。翔平を寝かしつけた奈美は、お風呂上がりのケンタに声をかけた。

「色々考えたんだけど、やっぱり働きたいなって。だからこっちで就職活動を始めようと思うんだけど、どうかな…?」

ケンタの顔色をうかがいながら、奈美は話を切り出した。

「俺も考えてたんだけど、それがいいと思う。奈美の収入なしだと、将来的には金銭的に厳しくなるのかなって。それにね…」

ケンタの言葉に、奈美は安堵する。

「先に日本から移住した同僚たちも、同じこと言ってるんだ」

ケンタの同僚の多くは、日本では夫婦揃って大企業勤務だったが、今は妻が専業主婦という家庭が多い。

夫のキャリアと子どもの教育のために移住したものの、予想を上回る物価の高さに直面して、妻がこっちで働くか、無理なら家族全員で日本へ帰国するなど、他の選択肢を考えている、とケンタは語る。

「とはいえ、現地基準でみて給与水準は高いほうだし、生活に困っているわけではないけどね…」

「うまく仕事が見つけられるかは、わからないけど。とにかく、挑戦してみたいと思ってるの!」

奈美は、決意を新たに気持ちを言葉にする。

「奈美が働くってなったら、リモートワークを増やすよ。日本にいた時よりも融通が利きやすいし」

冷蔵庫から取り出したクランベリージュースをグラスに注ぎながら、ケンタは応援モードで言う。




「でもいざ、面接ってなったら怖いかも。私の英語がどこまで通用するかもわからないし…」

「語学学校がない日は、家庭教師に来てもらったら?『今は投資の時』って、割り切ろうよ。これを機に、プリスクールも週5回に増やそう」

翔平が通うプリスクールの半日クラスは、渡米直後は週3回しか空きがなかったのだが、今は空きがでて、週5回に増やせると連絡をもらっていたのだ。

「確かにそうだね。大勢のレッスンだと物足りないところもあるから、家庭教師を探してみる!」

こうして、アメリカで就職活動を始めることにした奈美。

しかし、早くもここで働くことの厳しい現実に直面したのだった…。

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