「妻が輝いていることが、僕の喜びです」

令和の東京。妻に理解のある夫が増えている。

この物語の主人公・圭太もそのうちの1人。

・・・が、それは果たして、男の本心なのだろうか?

元来男は、マンスプレイニングをしがちな生き物だ。

高年収の妻を支える夫・圭太を通じて、東京に生きる『価値観アップデート男』の正体を暴いていく。

(マンスプ=マンスプレイニングとは、man+explainで上から目線で女性に説明するの意味)

◆これまでのあらすじ

大手商社を退職した藤堂圭太(34)は家事全般を担当し、自分より年収のある経営者の妻・香織(36)を支えていた。だが世間知らずの就活生・未久(21)に翻弄された結果、香織から愛想を尽かされてしまう。

▶前回:13歳年下女との密会がバレた男。夫の最低な本性を知った妻が放った衝撃の一言




ウーマンスプレイニング


『でも未久ちゃんのおかげで、圭太くんの本性がわかって、私は良かったと思ってる』

夫に送ったLINEは、自分でも大袈裟だとは思っている。

「女性に理解のある現代的な男」だと自称している圭太のことを、「価値観が古いその辺の男たちと同じ」と妻である私が認定したのだ。

彼が傷ついていることは、容易に想像できる。

― でも、これぐらいの強い言葉で伝えなければ、圭太くんは気づいてくれない…。

同時に最悪の事態も想像する。

― もし、これだけ言っても、圭太くんが自分の本性に気づいてくれないなら…。

“離婚”の二文字が脳裏をかすめる。

「バツイチ“あるある”ね。それは」

代官山のリラクゼーションサロン。施術をしながら私の話を聞いていた茜音は、したり顔でそう言った。

そんなのは、よくあることよ――とでも言いたげな茜音の口ぶりに、私は少しだけ苛立ちながら返した。

「私の話のどこが“あるある”なの?」

「このサロンにも、離婚したあと再婚した女の人が結構くるんだけど、みんな同じ“あるある”というか、同じ罠にハマってる」

茜音は施術の手を止め、少し間を置いてから続けた。


離婚女性がハマる罠って何?


「離婚原因って夫婦それぞれだし、そもそも一つに絞れないでしょ?それでも、あえて一つに絞るなら“これ”っていう原因はあるじゃない」

たしかに、ある。私にとってそれは「価値観のズレ」だ。

元夫はジェンダー観が古かった。

元夫は、自分より稼ぐ高収入の私に嫉妬し、反発し、それだけでなく“男”を誇示するため無理やりベッドに押し倒そうとした。

「再婚しても、その離婚原因に囚われるの」

元夫との離婚原因と同じ問題が、今の夫との間に生じたとき、今の夫に失望して、あっさり見切ってしまう人が多い――と茜音は説明した。

「一度、心に地雷を埋めたら、女はなかなかそれを撤去できないのよ」

「ジェンダー観の古い男が嫌いっていうのが、私の地雷ってこと?」

「そうそう。そういうこと」

「……」

私はあえて返事をしなかった。本当にそうなのか。疑問に思ったからだ。

茜音は、良質なアドバイスができたと感じたのか、満足げな様子で施術を再開していた。

そんな彼女の様子を観察しながら、私は思った。

― 男だけじゃなく、女もみんな「誰かに何かをアドバイスすること」が好きなのかもしれない。




茜音のサロンを出たのは16時過ぎで、まだ外は明るかった。

圭太を断罪するLINEを送ったのは、わずか2時間前だ。

まだ、彼から返信はない。

恵比寿のオフィスに戻って17時開始のミーティングをこなしても、まだ圭太からのLINEはなかった。

デスクワークが少し残っていたが、明日に回して帰宅する選択肢もあった。

が、躊躇する。

あのようなLINEを送った手前、圭太と顔を合わせるのが気まずい。

― せめて返信をくれたらいいのに…。

相手の出方次第でこちらのスタンスも決まる。しかし、返信がないから圭太が何を考えているかわからない。

『そろそろ帰るけど、大丈夫?』

返信を待たずに私から送るLINEを下書きしてみたが、すぐに削除した。

何が『大丈夫?』なのか自分でもわからない。

夫が傷つくことを承知で送ったLINEなのに、じわじわと「本当に傷ついていたらどうしよう」という気持ちが湧いてくる。

頭を抱えていると、ドアをノックする音がした。

「社長、ちょっとよろしいですか?」

恵比寿のオフィスはそう広くはない。だが先輩の男性起業家の「社長には威厳が必要ですよ」というアドバイスを信じて、私はわざわざ社長室を用意していた。

「どうぞ」

私が返事をすると、ドアを開けて田村蓮が入ってきた。

彼は、インターン中の未久を除けば、社内で最も若い社員だが、ビジネスセンスに長けている人材だ。ただ、仕事への情熱が足りないことが課題でもある。

「どうしたの?」

彼が深刻そうな顔をしているので、私は尋ねた。

「それが…。ご相談と言いますか…、教えていただきたいことがあるんです」


年下男からの相談にのっているうちに、つい…。バリキャリ女性にありがちなパターンとは…?


田村は母子家庭で育った一人っ子で、母はシングルマザーながらも彼を立派に育てあげた。

そんな母の体調が思わしくないと以前から報告を受けていたが、このたび母と一緒に住むことを決めたという。

社会人になってから住んでいた不動前のマンションを引き払い、母が一人で住む藤沢の実家に戻るのだ。

「ですから、今後はなるべくテレワークの時間を増やしたいと思っていて…」

「ぜんぜん構わない」と私は即答した。むしろ母思いの田村を、称えた。

すると、田村の顔がパッと明るくなる。

「ありがとうございます」

「でも、教えてほしいことがある、と言ってたわよね?それは、これとは別件のこと」

「いえ、この件です」

田村は“教えてほしいこと”の内容を説明し始めた。

だが、彼が話し始めてすぐに、これは外でゴハンでもしながら、じっくり聞いてあげたほうがいい内容だと感じる。

『今夜は部下の相談話を聞いてから帰るので、ゴハンはいりません』

いまだ返信のなかった圭太に、そうLINEをしてから、私は田村と一緒に会社を出た。

オフィス近くの『セルサルサーレ』が、いつもは予約で埋まっているに、その夜は運良く空いていた。

社長室から場所を変えて、あらためて田村の話を聞く。

それは「副業」についてだった。

田村の母は体調が思わしくなく重労働はできない。

しかし長年、経理の仕事に就いていたため事務仕事は得意らしい。

そんな母のために、田村は副業として会社を立ち上げ、そこで母を雇いたいと熱く語った。

「どんな会社にするかも決めています。もちろん本業に支障はきたしません」

本業とは、今いる私の会社での仕事ことだ。

私は社員の副業に反対していない。むしろ奨励している。時代のニーズに合わせた結果だ。

それに母を思う田村の気持ちに心を打たれた私は、酒が入ったこともあり、会社を立ち上げるためのアドバイスをとうとうと語った。

丁寧にアドバイスすればするほど、真摯にうなずく田村の姿が心地よく、私はハイになっていた。

そして、デザートが運ばれてきたときに、ハッとした。

― やっぱり人間ってみんな「誰かに何かをアドバイスすること」が好きなのかもしれない。




食事を終えて、何度も礼を言っては頭を下げる田村を見送ると、私はタクシーに乗り込んだ。

― 男性が得意げに説明したくなる気持ち、わかるかも…。

思いもよらなかった。

しかし、パズルのピースがはまるように鮮やかに、ある種の答えが見えてきた。

私の中にも、得意げに説明したくなる“本能”が眠っているのかもしれない。

― あれだけ毛嫌いしていた“マンスプ男”の気持ちを、女である私が理解できるなんて…。

今日、圭太に送ったLINEの文面がブーメランとなって自分に突き刺さる。

そしてギョッとする。

― 圭太くんのことを、未久ちゃんにマンスプしてるからって非難したけど…。そんな私も圭太くんにマンスプ…、いや、ウーマンスプレイニングしてたんじゃないの?

こうなると思考はループし、泥沼に引きずり込まれる。

私は自宅より離れた場所で、タクシーを止めて降りた。そこから帰宅するまでの間、歩きながら、もう少し考えたかったから。

元夫に対する苛立ち。

そして現夫である圭太に対する苛立ち。

― どっちも、私にも彼らと同じく、得意げに説明したくなる“本能“があるから生じた感情なのかな…。

なるべく冷静に考え、圭太に謝罪することも視野に入れながら、私は家に着く。

だが鍵を開けて玄関に入ると、すぐに異変に気がついた。

部屋が暗い。

寝室もリビングも廊下もすべて暗い。

いつも私の帰りを待っている圭太が、その夜はいなかった。

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最終回:そのころ圭太が向かっていた、まさかの場所とは!?