「愛しい」きもちは相手にバレる!?  愛情ホルモン分泌で表情に変化

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脳科学から解き明かす、愛しいきもちによってもたらされる心身への影響。脳は体にさまざまな指令を送る器官だけれど、愛しい感情が育まれたとき、何か顕著な変化は表れるのだろうか。脳生理学者の有田秀穂先生に伺った。

愛情ホルモンの分泌で健やかに。「愛しい」が心身に及ぼす影響。

愛しいきもちと関連する大脳辺縁系と視床下部

【海馬】扁桃体、視床下部を経てオキシトシンが分泌するという心地よい回路が何度も刺激されることで、その記憶が海馬に定着。それにより、愛しいきもちが固定される。

【扁桃体】不安や喜び、悲しみなど、さまざまな情動と関わる脳。触覚や視覚など、五感のいずれかで「愛しい」と感じると、ここで“心地よい”という判定が下される。

【視床下部】自律神経の調整を行う脳。扁桃体で心地よいと判定された感覚刺激が、視床下部へ。するとオキシトシンが分泌されてリラックス。副交感神経が優位になる。

「愛しい」は心の脳を刺激する。

「愛しい」が心身に及ぼす影響を知るためには、その前に愛しいきもちが脳のどのあたりと関連しているのかを理解することが大切。それはどこかというと、情動や記憶を担う「大脳辺縁系」と本能や自律神経の調整を担う「視床下部」という領域とのこと。

「大脳辺縁系のなかでもポイントとなるのが、『扁桃体』。“心の脳”とも呼ばれていて、何かを触ったり、見たりしたときに受ける感覚刺激を、心地よいか、不快かを判定します。これを情動判定といいますが、ここで心地よいという結果が出たら、視床下部へその情動が伝達。すると脳内物質のオキシトシンが分泌される、という仕組みです。オキシトシンは“愛情ホルモン”ともいわれるくらい、愛しいきもちを演出する脳内物質。そのため『愛しい』に相当する反応が、心の中で体験できます。また、オキシトシンが分泌されるきっかけとなった感覚刺激にも愛しいと感じるようになるのです」

オキシトシンの分泌で穏やかに。

心身への影響は、そんなオキシトシンによってもたらされる。

「オキシトシンの分泌が始まると、自律神経の副交感神経が優位になります。それにより、副交感神経が優位なときに得られるさまざまなメリットが享受できるのです。代表的なのは、心身のリラックス。脈が落ち着き、血圧が下がります。表情もやわらぐでしょう。また、食欲が出て、夜はよく眠れるように」

いいことばかりで健康的になれそう! 一方で、愛しい相手を思うと胸がキュンと痛むような感覚になることもあるけれど、どうしてそうなるのか、もしかしてそれも脳科学で説明がつく?

「私の推測では、その状況は感動して涙が出る寸前の、胸が締めつけられるようなドキドキと酷似しているように思います。自律神経が、一時的に交感神経優位になって起こる現象です。ただし、泣きだすと、逆に癒しの副交感神経に切り替わります。このスイッチも、視床下部やオキシトシン神経、副交感神経の回路と関わり、心の琴線が激しく揺り動かされたときに働く現象といえるでしょう」

心地よい回路を海馬が記憶。

ただ、こうしてオキシトシンが分泌されて「愛しい」と感じるのは一種の反応で、その気持ちがしっかり定着することとは別とのこと。

「外部からもたらされる感覚刺激を脳が心地よいと感じ取り、結果、愛情ホルモンのオキシトシンが分泌される。この単なる反応を『愛しい』に変えるには、同じものを見聞きするなど繰り返し摂取して、心地よいという情動記憶を脳に固定させることが必要です」

その記憶を司る器官が「海馬」。

「心地よい回路が絶えず刺激を受けていると、そこに新たな記憶の回路が形成されて情動記憶が作られます。その状態になると、脳に刺激を与え続けてきた対象を、心から『愛しい』と思えるように。海馬への情動記憶は、意識的なものではなく、無意識のうちに記憶されるからこそ自然と愛しいきもちになるのです。こうして最初は外部からの刺激で愛しいと感じるようになりますが、それが海馬に記憶されると、その記憶だけで愛しいと感じる体験もできるようになります」

それでオキシトシンが分泌されて、体にいいことが得られるなら、自家発電のようなもの! 「愛しい」を定着させるには、やはり単純接触を増やすことがカギに。

オキシトシンの分泌には触覚刺激が最も効果的。

オキシトシンを誘発するには、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚といった五感から心地よい刺激を受けるのがポイントとなるが、最も効果的なのが触覚刺激。

「触覚は強い感覚刺激です。とくにお母さんと子どもが触れ合うと、オキシトシンの分泌につながりやすい。恋人同士での触れ合いも同じ。また、ペットをなでるのもいいでしょう。あとは、ふわふわしたものなど、自分が好きな手触りのものを身近に置いておくと癒されます」

少し効果は落ちるかもしれないけれど、もちろん触覚以外の感覚刺激でもOK。

「たとえば憧れの人など直接は触れられなくても、その人の写真を見ているだけで視覚から心地よい感覚刺激がもたらされ、オキシトシンの分泌につながるでしょう。また、聴覚なら、好きな音楽を繰り返し聴くうちに、その曲を聴くと心の中で愛しい感情が芽生えるように」

愛しいきもちは周りにバレバレ!?

ところで愛しいときの反応を、他人が見分けられるかというと、答えはYES。

「副交感神経優位なので、緊張が取れて表情はやさしく、声も穏やか。人によっては声が甲高くなるかもしれませんね。一般的に日中は交感神経優位になることが多く、つまり『愛しい』反応をしているときは、いつもと様子が違うので、周りの人は見分けられると思いますよ」

では、密かに愛しいと思っている相手にも、バレてしまうかも!?

「『愛しい』反応は基本的には無意識なので、自分でコントロールをするのが難しく、相手に悟られてしまう可能性もあるでしょう。ただ、そんな『愛しい』反応により、相手の『愛しい』回路が刺激されることもあるかもしれませんよ」

心身へのメリット

愛しいきもちによる心地よい感覚刺激で、オキシトシンが分泌。副交感神経優位になりメリットがさまざま得られる。

気持ちが安らぐ。副交感神経が優位になると、ストレスが緩和されて心身ともにリラックス。そのため日常の中で高ぶりがちな気持ちが落ち着き、穏やかになる。

表情がやさしくなる。これもリラックス効果によるもの。気持ちが穏やかになるため、表情もやさしげに。見た目の印象も、接しやすそうな雰囲気にアップ。

食欲が出る。副交感神経が優位になると、消化器系が活発に働き始める。よって、健康的にお腹がすいて、食事がおいしく食べられるように。

よく眠れるようになる。副交感神経優位により、眠りのホルモンであるメラトニンが分泌。睡眠がスムーズに。ぐっすり寝たいときは、夜に「愛しい」をたっぷり摂取。

心身ともに健康的でいられる。脈が落ち着き、血圧も下がる。また、上記のようなメリットを総合すると、「愛しい」がある生活は心身ともに元気になれるということ。

人生が豊かになる!

心身が健やかであれば、人生も楽しめるように。誰かを愛しいと思ったり、動物に触れたり、エンタメを摂取したり。「愛しい」活動を謳歌しよう。

ありた・ひでほ セロトニンDojo代表。セロトニン研究の第一人者。脳内物質のセロトニンを自力で分泌させて、心の元気を取り戻すメソッドを提唱。著書に『脳からストレスを消す技術』(サンマーク出版)ほか。

※『anan』2021年2月17日号より。イラスト・micca 取材、文・保手濱奈美

(by anan編集部)