夫と5年レス。寂しさを募らせた35歳女が、既婚者OKのマッチングアプリに登録したら、大変なことに…
オトナの男女なら、一度や二度はあるだろう。
友達や恋人には言えない“あの夜”が…。
寂しかったから、お酒に酔っていたから、魔が差して…。
そうやって自分に言い訳をしながら、人は一夜の過ちを犯す。
これは、オトナの男女の「誰にも言えないあの夜」のストーリー。
▶前回:「どうしてこんなことに…」目が覚めたら自分の部屋に同僚の女がいた。驚いた男は、思わず…
Vol.4『既婚者なのに、アプリを使った夜』麻由(35)
『麻由ちゃん、昨夜はありがとう。また会おうね』
月曜の朝。
自宅である南平台の低層マンションのキッチンで、私は未読のままメッセージを確認して、ため息をついた。
私は昨日、「友達と食事する」と嘘をついて、このメッセージの送り主である男性と会っていた。
もちろん、そのことを夫の岬は知らない。
「おはよう。麻由、起きるの早いね」
「あ、うん…なんだか目が覚めちゃって」
夫が起きてきたので、メッセージは未読にしたまま、スマホをテーブルに裏返して置いた。
「ふぅん。そういえば、麻由。昨日って誰とごはん食べたの?」
― えっ、いつもはそんなこと聞かないのに。なんで?
「言ってなかったっけ。前職で同期だった千秋。仕事が大変らしくて、ずっと愚痴を聞いてたの。なかなか帰してくれないから困ったよ〜」
私は、自分でも笑えるくらいにスラスラと嘘をついた。
でも、いくら勘のいい彼でも予想できないだろう。
私がマッチングアプリを使って男性に会い、その男性が偶然にも夫の知り合いだったということまでは。
それは、今から1年前のこと。
「岬、もう寝ちゃうの?」
23時の寝室。
出産して2年、育児に慣れてきた私は、勇気を振り絞って夫の手を握った。
― さすがに、そろそろ再開してもいいよね…。
当時2歳の娘・木乃香は、すでに夢の中。明日は日曜日だし、家族みんなゆっくり寝ていられる。
それなのに、岬は私の手を静かに離した。
「ごめん。疲れてるんだ」
― 疲れてるのは、私も同じなのに…。
私は、苛立ちを抑えながら「わかった」と呟いて、ふて寝した。
今年で結婚5年目。
娘は自然妊娠したが、妊娠前から岬との夜はほとんどない。
普段から会話をよくするし、ハタから見たら仲が良さそうな夫婦なのだと思う。
けれど、岬は私のことをもう、女性として見ていない。それが、私が今の生活で唯一不満に思っていることだ。
岬は、不動産仲介会社を経営している夫とは、友人に誘われて行ったワイン会で出会った。
結婚して1年くらいまでは、不満に思う暇もないくらい愛し合っていた。だけど、今は最後がいつだったのか思い出せないほどだ。
育休が明けたら復帰しようと思っていた事務の仕事も辞めてしまった今、夫に女として必要とされないのは辛い。
彼は今38歳だが、清潔感があるしオシャレに気を使っている。経済力もあるから。既婚であっても、女性の方から寄ってくるだろう。
― でも私は…?
このまま女として夫にも、他の人にも愛されずに、人生に幕を下ろすのだろうか。
そう思うと、急に怖くなった。
私は今年で、35歳。
女としての悦びを諦めるには、早すぎないだろうか。
家族が寝静まった後、私は真っ暗なリビングで、あるアプリをインストールした。
友人に教えてもらった、マッチングアプリだ。
このアプリは婚活目的に作られていない。だから、同性を誘ってもいいし、既婚者でも登録できる。
でも、その日は登録するまでには至らなかった。
◆
1年ほど何も変わらない状況に目を背けていたが、寂しさが限界にきて、1週間前にアプリに登録してみた。
― どんな人がいるか見るだけ…。
最初はそんな気持ちだった。しかし、それだけでは終われなかった。
なぜなら、登録してすぐに男性からのメッセージが大量に届いたからだ。
『素敵すぎて、思わずメッセージしました』
『めちゃくちゃ美人さんですね!』
『美味しい店知ってるので、行きませんか?』
男性からの褒め言葉一つ一つが、結婚してから失くしていた私の中の何かを、満たしていくような気がした。
その中の一人と共通の話題で盛り上がり、私は食事に行く約束をした。
「こんばんは、麻由です」
「あ、どうも。松浦啓太です」
アプリで知り合った男性が予約してくれたのは、代々木上原のビストロ。
最近ワインにハマっているらしく、私も最近ワインエキスパートの勉強を再開したので、親近感が湧き、会うことにしたのだ。
デートで来るような雰囲気の店に来たのはいつぶりだろうか。
買ったばかりのsacaiのリブニットドレスを着てきてよかったと、私は心から思った。
「麻由さん、もしかしてご結婚されてます?」
ロワールのロゼで乾杯した後、啓太がいきなり核心をついた質問をしてきた。
「はい。ごめんなさい…」
「いえいえ!僕も既婚なんで、むしろ気が楽です」
「そうなんですね。ならよかった」
そんな会話で打ち解けた私たちは、お互いのことを話しながら、食事とお酒を楽しんだ。
「もしかして、旦那さんって、社長さんですか?なんだか麻由さんに余裕が感じられるんだよな」
「あはは、正解です」
私は笑ったが、啓太のその一言から、ある事実が発覚する。
「僕、旦那さん知ってるかもしれない…学生の頃、新宿でBARの経営なんてしてないよね?」
夫は長野の松本市出身で、大学は一橋だとしか言っていないのに、啓太はこう言ったのだ。
「BARの経営…あ、友達何人かでやってたって」
「やっぱり。もしかして…名前って岬?」
岬が学生の頃、数人で経営していたBAR。その中の一人が啓太だというのだ。
― 東京…狭すぎるよ。
日本で一番人口が多いはずなのに、どうして時々、嘘みたいな出会いに遭遇してしまうのだろうか。
◆
「今さらだけど、麻由ちゃんはどうしてこのアプリを使ってるの?」
話が盛り上がり、私たちは青山のワインバーに場所を移動することにした。
タクシーの中で、啓太は私に聞いた。
いつの間にか敬語ではなくなり、“麻由ちゃん”と呼んでいる。
「このあいだ初めて登録したの。ちょっと色々あって…誰かと飲みたくなっちゃったんだよね」
私はわざと明るく笑ってみせた。
誰かに本音を話したら、今まで我慢してきた感情があふれて止まらなくなりそうだ。
「色々って?」
でも、岬のことを知っている啓太になら、話してみたくなった。
私が岬に女性として見てもらえなくなったこと、今の状況を打破したいけど、解決法がわからないこと、このまま女として終わるのは嫌だということを。
全て話し終えると、啓太はつぶやいた。
「辛かったね…岬はすごくモテる分、女遊びも激しかったからなぁ」
そして、私の肩を抱いた。
岬以外の男性の匂いに包まれ、罪悪感と心地よさが入り混じる。
― えっ。ちょっと待って。
啓太の顔を見上げると、そのまま唇を奪われた。
予想外の出来事に、戸惑ってしまったが、私は避けることなく、受け入れた。
そのくらい、心がボロボロだったのだろう。
「僕なら、麻由ちゃんのこと悲しませないけどな。とは言っても、結婚してるし妻と別れるわけにはいかないけど」
「啓太さん…」
嬉しかった。と、同時に罪悪感も芽生える。
それに、岬以外の男性とキス以上の関係になってしまうのは、怖かった。
岬にバレたとき、失うものが大きすぎるからだ。
そのとき、バッグの中のスマホが振動した。きっと家にいる夫からだろう。確認するか迷ったが、私はメッセージを見ることにした。
「ごめんなさい、ちょっと…」
私は、啓太から体を離しスマホを取り出す。
『岬:木乃香が寝てくれない〜。ママがいいって』
私はふと我に返った。一瞬、忘れたいたのだ。私は、妻であり母であることを。
「ごめんなさい。娘が私がいないと寝れないみたいで、その辺で降ろしてください」
「えっ…!帰っちゃうの?」
「ごめん。ごめんなさい」
私は啓太に謝ったが、心の中では岬と木乃香に謝っていた。
急いでタクシーを拾い直し、代官山にある自宅に帰宅した。
「ただいま〜」
「ごめんな、久しぶりに友達に飲んでたのに」
「ううん、大丈夫」
岬は、娘に絵本を読んであげていた。
そのふたりの姿が愛おしくて、鼻の奥がツンとする。
私は、涙を堪えながら、バスルームへ向かった。これまでにない速さでシャワーを浴び、娘が待つベッドへもぐりこんだ。
「パパに絵本読んでもらったの?」
「うん。でも、ママがいいの」
マッチングアプリを使って男性と食事に行ったこと、その男性・松浦啓太が岬と知り合いだったこと、タクシーの車内でキスしたこと…。
その全てをなかったことにしようと決めた。
啓太に優しくされ気持ちが揺らいだのは認めるが、外で恋愛することは、私には向いていないからだ。
それに、娘の笑顔を守りたいし、岬とのことをやっぱり諦めたくない。
私は他の人とではなく、岬と愛し合いたいのだ。今夜改めてそう思えた。
『麻由:今度の週末、実家に木乃香を預けてデートしない?』
リビングにいる夫にそうメッセージを送り、目を閉じた。
▶前回:「どうしてこんなことに…」目が覚めたら自分の部屋に同僚の女がいた。驚いた男は、思わず…
▶1話目はこちら:男に誘われて、モテると勘違いする29歳女。本命彼女になれないワケ
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