イケメン御曹司とデートのはずが、約束の場所に着くと見知らぬ女が待ち受けていて…
◆これまでのあらすじ
大手不動産会社に勤める法子(29歳)は、典型的な日本人の顔立ちのため、「似ている」と言われる人物が多かった。食事会に参加した際も、例によって男性陣から似ている人物の話題を持ち出される。そのとき「失礼だ」と一喝してくれた黒田に惹かれ…。
▶前回:「食事会でその話題はタブーでしょ」男性陣が振ってきた質問に29歳女がうんざりしたワケ
本物のニセモノ【後編】
― せっかくの黒田さんとの食事だっていうのに、1時間も遅れちゃった…。
1分でも早く着けとばかりに、車体に念を送る。
黒田とは、合コン後も頻繁に連絡を取り合っていた。
高ぶる感情を悟られないよう、努めて平静を装いながらやり取りを続け、ついに事の約束を取りつけた。
今日はお互いに仕事が早く終わる見通しとのことで、18時に駅前で落ち合う予定だったのだが、午後の打ち合わせが思いのほか長引いてしまった。
― よし!着いた!
電車がホームに到着し、ドアが開くと、西口方面へと急ぎ足で向かう。
改札を出て、西口の交番付近で黒田の姿を探す。
― あれ?いない…。どこ?
法子はスマートフォンを取り出し、連絡を取ろうとすると、1件のメッセージが届いていることに気づく。
『お疲れさまです!』
法子が送った遅刻する旨を伝えるLINEに、黒田から返信が届いていた。
『実は僕も急な予定が入ってしまったところで…。残念ですがまた日を改めましょう。店にはキャンセルの連絡を入れておきます』
法子はガクッと肩を落とした。
― もう…。聞きたいこと、いろいろあったのに…。
実は、黒田の誕生日が近いという情報を入手しており、どんなプレゼントを贈ればいいか、探りを入れる目的がこの食事会にはあった。
関係を一気に進展させようと意気込んでいたものの、足踏みする形となってしまった。
法子が大きくため息をつくと、傍らから女性の声が耳に届いた。
「法子さん…ですか?」
振り向くと、ネイビーのパンツに黒のニットを合わせた地味な服装の女性が立っていた。
女は、『斎藤さくら』と名乗った。
年齢は法子と同じくらいの印象を受けるが、化粧っ気がなく少し上のようにも感じられる。
「黒田さんと、待ち合わせですよね?」
「そうだけど…。黒田さん、来てるの?」
「いえ。来てはいたんですけど、もう出かけてしまいました。恐らく飲み会に…」
「飲み会…?あなた、黒田さんとどういう関係?」
法子が尋ねると、「私は…」とさくらが言いかけて言葉を詰まらせた。
「法子さんには、伝えておいたほうがいいと思って…」
さくらはまず、ここに来た経緯を伝えた。
昨日、黒田と一緒にいたときに、彼のスマートフォンを盗み見てLINEのやり取りを覗き、法子の存在や待ち合わせについて知ったと語った。
そして、今から1時間ほど前に黒田から、「予定が変更になって着替えが必要になった」と連絡があったのだと。
「私が自宅から服を持ってきて、黒田さんはそれに着替えて行ってしまいました。私は、もしかしたら法子さんが遅れて来るんじゃないかと思って、少しだけ待ってみたんです。そうしたら…」
法子は、さくらの話から黒田との関係性を探りつつも、半信半疑で聞いていた。
「それで、私に伝えたいことっていうのは…」
「黒田さんには、私と同じような女性が5〜6人いるんです」
交際するでもなく、キープという状態を保っている女性の存在を明かした。
「私みたいに、自分に少し自信がないような女性を狙って声をかけるんです。黒田さんは見た目がいいから、嬉しくなって、つい気を許してしまって。でも、すぐに都合よく扱われるようになって…」
さらに、「貢がせるようなことをする」とも告げた。
確かに、さくらは、特徴のないシンプルな顔立ちをしていて、どこか影があるような印象を漂わせている。
― まあ、私に似ていると言えば、似てるのかもしれないけど…。
法子としても、さくらと共通点を感じなくもない。
「なに。私も、ターゲットにされてるってこと…?」
法子の問いかけに、さくらが頷く。
さくらは、黒田の自宅の鍵を持っているという親しい間柄であり、内情もよく知っているはず。
信じるに値する話かもしれない。
だが、黒田への憧憬の念は強く、さくらの話をすぐに鵜呑みにはできなかった。
「これ以上、私みたいな犠牲者を出したくなくって…。法子さんに伝えようと思いました」
「でも、あなたもそれがわかってるなら、黒田さんから離れたらいいのに…」
「できれば私も、そうしたいです。わかってはいるんですけど、離れられなくて…」
思い詰めたように語るさくらの言葉に、嘘があるようには感じられなかった。
悲壮な覚悟を持って訴えているようにも見える。
法子は会話を終えると、モヤモヤとした割り切れない思いを抱えながら、来た道を戻った。
◆
後日、黒田のほうから法子に連絡が届き、再度日程を合わせて食事に出かけた。
その日は誕生日間近ということもあり、黒田にプレゼントを贈った。
そして今、2度目の食事のため、法子は青山にある『W AOYAMA The Cellar & Girll』を訪れている。
2度目のデートとなれば、関係性に何かしらの進展が想定され、親密な空気感に包まれていそうなものである。
しかし、黒田の口数は少なく、機嫌を損ねているような気配を薄っすらと漂わせていた。
「黒田さん、どうかした?なんか、いつもより調子が悪そう…」
法子が声をかけると、「うん…」と不貞腐れたように返事をして、足もとのバッグから何かを取り出した。
テーブルの上に差し出されたのは、財布だった。
法子が、誕生日に贈ったものだ。
黒田のSNSをチェックして、趣味に合うだろうと思われるブランドに目星をつけ、購入したのだった。
「これって…コピー品だよね?」
黒田が冷たい口調で言った。
さらに黒田はバッグに手を伸ばし、キーケースを取り出した。
「これも、コピー品だよね…」
法子が財布と合わせてプレゼントした、お揃いのブランド品だった。
「コピー品って…イミテーションってこと?そんなはずは…」
法子が、差し出された品を手に取って眺める。
「黒田さん。これがコピー品だなんて、なんでわかるの?」
「いや、わかるよ。よく見れば本物と全然違うし」
そこで、法子が鋭い視線を向ける。
「嘘でしょう」
「う、嘘?何が嘘なの?紛れもなくニセモノだよ」
「ううん、そうじゃなくて。あなたがコピー品だって見抜いたわけじゃないでしょう?」
「え、ええ…?」
「それと。親の会社の跡取りっていう話も、嘘なんでしょう?」
「嘘じゃないよ!実際、うちの親は社長だし…」
「お兄さんがいるんでしょう?あなた、次男らしいじゃない。一応会社の役員ではあるようだけど、役職は名ばかりで遊びほうけてるって」
「だ、誰がそんなこと…」
「さくらさんよ」
「さくら?さくらに会ったのか…」
法子は頷くと、手に持ったプレゼントの品を突きつける。
「これも。ニセモノだってわかってて、あなたに贈ったの」
「はぁ?なんでそんなこと…」
「あなたを試すためよ」
法子は、さくらと会って以来、連絡を取り合うようになっていた。
最初に黒田の人間性について話を聞かされたときは信憑性を疑ったが、さくらと連絡を重ね事情を知るにつれ、事実として捉えるようになっていった。
さくらが黒田と出会ったのは、3年前になるという。
飲み会に参加した際に声をかけられ、容姿と家柄の良さを存分に利用したアプローチを受けるうちに、好意を寄せていった。
しかし、黒田が不特定多数の女性に対して、同じように接していることを知る。
気づいたときにはすでに遅く、さくらはガッチリ心を掴まれ、離れようにも離れられなくなっていた。
そして、依存しているのをいいことに、今では都合よく扱われてしまっているとのことだった。
そんな事情を聞いても、法子のなかでまだ黒田を信じたいという思いが残っていた。
そこで、黒田の人間性を確かめるために、わざとコピー品を贈ることを思いついた。
なぜなら、さくらからの情報によれば、女性たちからのプレゼントなどは質屋やリサイクルショップに持っていくと聞いていたからだ。
「こんなニセモノ掴ませやがって…。ふざけんなよ!」
黒田が威圧的な態度をとる。
だが、法子はひるまない。
「どっちがニセモノよ…。親の威光を笠に着て、身分を偽って女性を騙しといて…」
侮蔑の意を込めて黒田を睨みつける。
「ニセモノにはニセモノがお似合いよ!」
法子はそう言い放ち、手に持った品を突き返して、店を出た。
◆
「…ってことがあったわけよ」
翌日。法子は同僚の祐実を飲みに誘い、職場近くの居酒屋で昨日の出来事の経緯を話して聞かせた。
「法子って、そういう厳しいところあるよねぇ。しっかりケジメをつけるというか…」
祐実が首をすくめるような仕草を見せる。
そして、今日はもうひとり、後輩も交えて3人で飲んでいた。
「法子さん、さすが!カッコいいです!」
目を輝かせて称賛するのは、入社して1ヶ月の夕貴だ。
先月退社した有紗が、「転職してくるからよろしく」と言っていた妹である。
自分と似た子がまた入ってきたらどうしよう、と法子は心配していた。
しかし夕貴は有紗と容姿がまるで異なり、背が低く丸顔で、クリッとした目が可愛らしい小動物のようなタイプだった。
あらかじめ有紗から、「法子は仕事ができる」と説明を受けていたらしく、法子にとてもよく懐いていた。
「私、法子さんが憧れです。法子さんみたいな女性になりたい」
「ええ…。私みたいって…どんなよ」
「仕事ができて、自分を持っていて、我が道を歩んでるって感じの女性です」
「あ、ありがとう…」
「そういえば夕貴ちゃん、ちょっと法子に似てきたわね」
祐実の言葉に夕貴は表情を明るくするも、逆に法子は顔をしかめた。
「ど、どこが?やめてよ…」
祐実の発言はひやかしではあるものの、法子は誰かが自分に似ていると言われた経験が少なく、どこか照れくさく、むず痒いような感覚をおぼえるのだった。
すると、テーブルの隅に置いていた法子のスマートフォンに着信が入る。
画面を覗くと、1件のLINEが届いていた。
『黒田さんと縁を切りました』
さくらからの報告だった。
昨日の黒田とのやり取りをさくらにも伝えており、『私も法子さんを見習って頑張ります』と連絡を受けていた。
― そっか…。さくらさん、離れられたんだね。
法子は威勢よく店員を呼び止め、生ビールを追加で注文した。
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