恋愛の需要と供給ほど、バランスが崩れているものはないかもしれない。

満たされぬ思いを誤魔化すために、女は自分に嘘をつく。

嘘で人生を固めた先にまっているのは、破滅か、それとも…?

満たされない女と男の、4話完結のショートストーリー。

東カレで大ヒットした連載が、4話限定で復活!

19話〜22話は『諦めきれない想い』。

◆これまでのあらすじ

里緒は、婚約者・伸介には別に好きな人がいると知る。しかし、里緒は目をつぶる覚悟をしたのだが、伸介から「大事な話がある」と言われ…。

▶前回:婚約者が、他の女と遊んでいることが発覚!でも、結婚がしたくて黙認したら…




諦めきれない想い(3)


「え?今なんて…?」

こんな真剣な表情の伸介を、私は今まで見たことがなかった。

あの日―。

“大事な話がある”と伸介からメッセージを受け取ったとき、私は覚悟していた。

もしかしたら、伸介との関係が終わるのかもって。

けれど、現実は想像の斜め上をいった。

「今まで色々待たせて本当ごめん。ちゃんと結婚の話を進めていこう」
「え…?大事な話って、それ…?」
「うん。なぁなぁにしちゃっていたから改めて」
「よくわかんないけど…うん」

私は、嬉しいような、拍子抜けしたような、本当にこれでいいのかわからない、複雑な感情がそのまま言葉に出てしまった。

つい数日前、伸介は別の女を口説いていた。

本気の目で口説いていた。

― それなのに、結婚の話を進めるってどういう風の吹き回し…?


それから、本当に話が進んでいった。

翌週、伸介は、茨城にある私の実家に挨拶に来た。

彼の実家へは、来週行く予定だ。

実家が都内だということは知っていたが、白金台と聞いたときは、少し驚いた。

何かに取り憑かれたように、彼は結婚の準備を進める。

「結婚式どうする?里緒は、やりたいよね?」
「え…あ、うん」

彼は、私の部屋でスマホをスクロールしながら、聞いてくる。

「どうしたの?里緒は、結婚式やりたくない?」

色んな疑問や思いをぶつけたくなる衝動を必死に抑え、私は平静を装う。




「そんなことない、やりたいよ。ウエディングドレスも着てみたいし、伸介はタキシードどんなのがいい?会場は、ハワイとかどう?海外ウエディング。親しい友人だけ呼んでさ」

「コロナも収まってきたし、海外もいいね!」

私は、結婚を楽しみにする婚約者を、とっさに演じる。

いや、結婚するのが、楽しみであることは事実だ。だって、私は伸介のことが大好きなのだから。

ただ、疑問や不安を押し殺しているだけ。

― 蘭って人のこと、どう思っているの?今はどういう関係なの?なんで2人でいたの…?

そういうのを全部飲みこんでいるだけ…。




伸介:「泣くほど好き」


普通の女の子。

里緒の第一印象はそれだった。特段悪い印象もなければ、心にぐっとくるものもなかった。

食事会のあと、里緒から連絡がきたとき、ぱっと顔が浮かばなかった。友人に聞いて、ようやくどの子か思い出したくらいだ。

何度か里緒から食事に誘われたが、そこでも印象は変わらなかった。

だけど、里緒の熱量だけは僕の心を動かした。

「私、伸介さんのこと、とても好きです」

駆け引きやら何やら面倒くさいことをしてくる女性が多いなか、まっすぐに気持ちを伝えてきた里緒には、次第に心が動いた。

「私、伸介さんとお付き合いしたんです」

そんな風に、ちゃんと自分の要望まで言葉にできる女性ってなかなかいない。

正直タイプじゃないし、付き合う気なんてなかったけど、彼女の勢いに押されて、ついOKしてしまった。

俺が、すぐに飽きて別れるんだろうな、と思っていた。


でも、里緒と付き合い始めて、彼女のことを案外悪くないなと思い始めたのだ。

里緒は、俺に対して文句は言わないし、俺も彼女に対してこれといって直してほしいところもない。

礼儀正しく、きちんとしていて、甲斐甲斐しく俺に尽くしてくれる。

恋心みたいなものはないけれど、逆に別れる理由も見当たらない。

良くも悪くも、最初から空気みたいな存在だった。

そして2年が経ったころ、里緒はまたもや願望をはっきりと伝えてきた。

結婚したい、と。

さすがに悩んだけれど、他に相手もいない。2年という月日は、しっかり情というものを育んでいた。

こんなに好きだと言ってくれる相手も滅多にいないだろうし、適齢期に付き合っていた、悪くない人と結婚するのもよいかなと…。

俺は、トータル判断で、彼女との結婚を決めたのだ。

― 人生こんなもんだろう。

こんな風に、俺はずっと低体温で生きてきた。

だからこそ、俺は道を踏み外さずに順調に人生を歩んでこれた。

それなのに…。

彼女が突如、俺の人生に再び現れたのだ。




蘭。

俺が、本気で恋をした唯一の女性。

学生時代に出会い、交際5年目のときに、俺はフラれた。

俺が専門医研修医だった27歳の春のことだった。

NYで働くことが決まった彼女は、「遠距離はつらいから、ごめんなさい」とあっさりと別れを切り出した。

仕事を選んだ蘭に、俺はみっともないほどに追いすがった。

もうダメなんだと悟ったときは、清澄白河の狭い1Kでひとり泣きじゃくった。嗚咽がでるほどに泣いた。

そして、もう本気の恋なんてしないと心に決めた。

大して好きでもない里緒と結婚を決めた本当の理由も、実はあれが原体験になっているのかもしれない。




それなのに―。

「伸介…?」

数ヶ月前、骨董通りで懐かしい声に呼び止められたとき、一瞬で時が巻き戻ってしまった。

「え…。蘭…?」

俺は、今年で37歳のいい大人だ。婚約者だっている。感情に振り回されるなんて馬鹿な真似、みっともなくてできるワケがない。

そう思っていたのに、気づけば連絡先を聞き出し、何度も蘭を食事に誘っている自分がいた。

彼女の左薬指に指輪がついていることなんて、関係なかった。

― 俺は、蘭が好きだ。

里緒から教わった素直さを、俺は、皮肉にもこんなところで発揮してしまったのだ。

けれど、夢みたいな時間は長くは続かない。

「伸介…。わかっているとは思うんだけど、私は結婚しているの」

何度食事に行っても、お互い核心には触れてこなかった。けれど、5度目の食事で、蘭は切り出したのだ。

『いろ鳥』で食事を終え、人がまばらになった閉店間際に、蘭は視線を落としてボソリと言った。

「私たち、もう会わない方がいいと思う…」

蘭の言う通りだと俺は思った。

これ以上踏み込んでしまったら、気持ちが抑えられなくなるところまでいってしまう。

俺は、そんな予感がしていた。

色んなバランスが崩れる、一歩手前だった。

絶妙なタイミングだったと思う。

「そうだね…」

それに、里緒の様子がおかしいことにも俺は気づいていた。

最近、妙に覇気がない。何かを勘づいているのかもしれないと思っていた。

里緒の寂しそうな横顔をみるたびに、俺の心は痛む。

「久々に伸介と会えて、楽しかった」
「俺も」
「元気でね」
「蘭も…」

そう言って、俺たちは再び、それぞれの道を歩き始めたのだ。

蘭のことは好きだ。どうしようもなく惹かれている。これ以上、俺の人生で愛せる人はいないと思う。

けれど、一度は終わってしまった関係。もう戻ることはできないのだ。

人生、叶わない想いっていうのもある。

現実と向き合うときが来ただけだ。

これ以上道を踏み外さないようにと、自戒の意味も込め、俺は里緒との結婚の話を進めることにした。

後戻りできないように。

それなのに…。

突然、里緒が思いもよらないことを言い出したのだ。

▶前回:婚約者が、他の女と遊んでいることが発覚!でも、結婚がしたくて黙認したら…

▶1話目はこちら:「恋愛の傷は、他の男で癒す…」26歳・恋愛ジプシー女のリアル

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最終回:順調に結婚に向けて本格的に歩み始めた2人だったが…