既婚者になった元カノと10年ぶりに再会。時々、食事にいくようになり…
恋愛の需要と供給ほど、バランスが崩れているものはないかもしれない。
満たされぬ思いを誤魔化すために、女は自分に嘘をつく。
嘘で人生を固めた先にまっているのは、破滅か、それとも…?
満たされない女と男の、4話完結のショートストーリー。
東カレで大ヒットした連載が、4話限定で復活!
19話〜22話は『諦めきれない想い』。
◆これまでのあらすじ
里緒は、婚約者・伸介には別に好きな人がいると知る。しかし、里緒は目をつぶる覚悟をしたのだが、伸介から「大事な話がある」と言われ…。
諦めきれない想い(3)
「え?今なんて…?」
こんな真剣な表情の伸介を、私は今まで見たことがなかった。
あの日―。
“大事な話がある”と伸介からメッセージを受け取ったとき、私は覚悟していた。
もしかしたら、伸介との関係が終わるのかもって。
けれど、現実は想像の斜め上をいった。
「今まで色々待たせて本当ごめん。ちゃんと結婚の話を進めていこう」
「え…?大事な話って、それ…?」
「うん。なぁなぁにしちゃっていたから改めて」
「よくわかんないけど…うん」
私は、嬉しいような、拍子抜けしたような、本当にこれでいいのかわからない、複雑な感情がそのまま言葉に出てしまった。
つい数日前、伸介は別の女を口説いていた。
本気の目で口説いていた。
― それなのに、結婚の話を進めるってどういう風の吹き回し…?
それから、本当に話が進んでいった。
翌週、伸介は、茨城にある私の実家に挨拶に来た。
彼の実家へは、来週行く予定だ。
実家が都内だということは知っていたが、白金台と聞いたときは、少し驚いた。
何かに取り憑かれたように、彼は結婚の準備を進める。
「結婚式どうする?里緒は、やりたいよね?」
「え…あ、うん」
彼は、私の部屋でスマホをスクロールしながら、聞いてくる。
「どうしたの?里緒は、結婚式やりたくない?」
色んな疑問や思いをぶつけたくなる衝動を必死に抑え、私は平静を装う。
「そんなことない、やりたいよ。ウエディングドレスも着てみたいし、伸介はタキシードどんなのがいい?会場は、ハワイとかどう?海外ウエディング。親しい友人だけ呼んでさ」
「コロナも収まってきたし、海外もいいね!」
私は、結婚を楽しみにする婚約者を、とっさに演じる。
いや、結婚するのが、楽しみであることは事実だ。だって、私は伸介のことが大好きなのだから。
ただ、疑問や不安を押し殺しているだけ。
― 蘭って人のこと、どう思っているの?今はどういう関係なの?なんで2人でいたの…?
そういうのを全部飲みこんでいるだけ…。
◆
伸介:「泣くほど好き」
普通の女の子。
里緒の第一印象はそれだった。特段悪い印象もなければ、心にぐっとくるものもなかった。
食事会のあと、里緒から連絡がきたとき、ぱっと顔が浮かばなかった。友人に聞いて、ようやくどの子か思い出したくらいだ。
何度か里緒から食事に誘われたが、そこでも印象は変わらなかった。
だけど、里緒の熱量だけは僕の心を動かした。
「私、伸介さんのこと、とても好きです」
駆け引きやら何やら面倒くさいことをしてくる女性が多いなか、まっすぐに気持ちを伝えてきた里緒には、次第に心が動いた。
「私、伸介さんとお付き合いしたんです」
そんな風に、ちゃんと自分の要望まで言葉にできる女性ってなかなかいない。
正直タイプじゃないし、付き合う気なんてなかったけど、彼女の勢いに押されて、ついOKしてしまった。
俺が、すぐに飽きて別れるんだろうな、と思っていた。
でも、里緒と付き合い始めて、彼女のことを案外悪くないなと思い始めたのだ。
里緒は、俺に対して文句は言わないし、俺も彼女に対してこれといって直してほしいところもない。
礼儀正しく、きちんとしていて、甲斐甲斐しく俺に尽くしてくれる。
恋心みたいなものはないけれど、逆に別れる理由も見当たらない。
良くも悪くも、最初から空気みたいな存在だった。
そして2年が経ったころ、里緒はまたもや願望をはっきりと伝えてきた。
結婚したい、と。
さすがに悩んだけれど、他に相手もいない。2年という月日は、しっかり情というものを育んでいた。
こんなに好きだと言ってくれる相手も滅多にいないだろうし、適齢期に付き合っていた、悪くない人と結婚するのもよいかなと…。
俺は、トータル判断で、彼女との結婚を決めたのだ。
― 人生こんなもんだろう。
こんな風に、俺はずっと低体温で生きてきた。
だからこそ、俺は道を踏み外さずに順調に人生を歩んでこれた。
それなのに…。
彼女が突如、俺の人生に再び現れたのだ。
蘭。
俺が、本気で恋をした唯一の女性。
学生時代に出会い、交際5年目のときに、俺はフラれた。
俺が専門医研修医だった27歳の春のことだった。
NYで働くことが決まった彼女は、「遠距離はつらいから、ごめんなさい」とあっさりと別れを切り出した。
仕事を選んだ蘭に、俺はみっともないほどに追いすがった。
もうダメなんだと悟ったときは、清澄白河の狭い1Kでひとり泣きじゃくった。嗚咽がでるほどに泣いた。
そして、もう本気の恋なんてしないと心に決めた。
大して好きでもない里緒と結婚を決めた本当の理由も、実はあれが原体験になっているのかもしれない。
それなのに―。
「伸介…?」
数ヶ月前、骨董通りで懐かしい声に呼び止められたとき、一瞬で時が巻き戻ってしまった。
「え…。蘭…?」
俺は、今年で37歳のいい大人だ。婚約者だっている。感情に振り回されるなんて馬鹿な真似、みっともなくてできるワケがない。
そう思っていたのに、気づけば連絡先を聞き出し、何度も蘭を食事に誘っている自分がいた。
彼女の左薬指に指輪がついていることなんて、関係なかった。
― 俺は、蘭が好きだ。
里緒から教わった素直さを、俺は、皮肉にもこんなところで発揮してしまったのだ。
けれど、夢みたいな時間は長くは続かない。
「伸介…。わかっているとは思うんだけど、私は結婚しているの」
何度食事に行っても、お互い核心には触れてこなかった。けれど、5度目の食事で、蘭は切り出したのだ。
『いろ鳥』で食事を終え、人がまばらになった閉店間際に、蘭は視線を落としてボソリと言った。
「私たち、もう会わない方がいいと思う…」
蘭の言う通りだと俺は思った。
これ以上踏み込んでしまったら、気持ちが抑えられなくなるところまでいってしまう。
俺は、そんな予感がしていた。
色んなバランスが崩れる、一歩手前だった。
絶妙なタイミングだったと思う。
「そうだね…」
それに、里緒の様子がおかしいことにも俺は気づいていた。
最近、妙に覇気がない。何かを勘づいているのかもしれないと思っていた。
里緒の寂しそうな横顔をみるたびに、俺の心は痛む。
「久々に伸介と会えて、楽しかった」
「俺も」
「元気でね」
「蘭も…」
そう言って、俺たちは再び、それぞれの道を歩き始めたのだ。
蘭のことは好きだ。どうしようもなく惹かれている。これ以上、俺の人生で愛せる人はいないと思う。
けれど、一度は終わってしまった関係。もう戻ることはできないのだ。
人生、叶わない想いっていうのもある。
現実と向き合うときが来ただけだ。
これ以上道を踏み外さないようにと、自戒の意味も込め、俺は里緒との結婚の話を進めることにした。
後戻りできないように。
それなのに…。
突然、里緒が思いもよらないことを言い出したのだ。
▶前回:婚約者が、他の女と遊んでいることが発覚!でも、結婚がしたくて黙認したら…
▶1話目はこちら:「恋愛の傷は、他の男で癒す…」26歳・恋愛ジプシー女のリアル
▶Next:5月25日 木曜更新予定
最終回:順調に結婚に向けて本格的に歩み始めた2人だったが…