夫の鞄に“GPS付きイヤホン”を忍び込ませた女。21時過ぎ、彼が向かった先は…
透き通る海と、どこまでも続く青い空。
ゴルフやショッピング、マリンスポーツなど、様々な魅力が詰まったハワイ。
2022年に行われたある調査では、コロナ禍が明けたら行きたい地域No.1に選ばれるほど、その人気は健在だ。
東京の喧騒を離れ、ハワイに住んでみたい…。
そんな野望を実際にかなえ、ハワイに3ヶ月間滞在することになったある幸せな家族。
彼らを待ち受けていた、楽園だけじゃないハワイのリアルとは…?
由依(35)と夫の圭介(38)は家族でアラモアナの高級マンションで3ヶ月間の短期移住をすることに。ある夜、圭介が突然仕事関係の人と会うと家を出て行く。怪しんだ由依は彼のカバンにGPS付きワイヤレスイヤホンを入れて…。
▶前回:「ちょっと出てくる…」20時頃、慌てて出かける夫。不審に思った妻は、ある物を鞄に忍ばせ…
Vol.8 夫婦の亀裂
「気をつけてね」
21時過ぎ、慌てて出ていく夫の圭介を由依は笑顔で見送った。
直後、由依はワイヤレスイヤホンのアプリを開き、イヤホンがある位置情報を確認する。
イヤホンは、圭介の居場所を突き止めるために由依が、彼のカバンに忍び込ませておいたものだ。
すると、圭介が、家からすぐのアラモアナセンター内に移動していることが確認できた。
― よかった…。徒歩圏内だわ。
由依は急いで身支度をし、リビングでのんびりとNetflixを見ている姪の日菜子に声をかけた。
「ちょっとごめん、私も少し出るけど、子どもたちを見ていてくれる?もう寝てるから大丈夫だと思うけど…」
「オッケー!」
日菜子に感謝しながら、由依は慌ててエレベーターを降り、駐車場を抜けて、ショッピングセンター内へと歩いていく。
GPSの動きを追っていると、Macy’sの近くで止まった。
徒歩圏内で安堵したのも束の間、ショッピングセンターは4階まである。その上、位置情報は数メートルのずれが出るため、すぐに店を特定することはできない。
「何階だろう…?」
由依はまず、飲食店の並ぶ4階へと行ってみた。
GPSの指し示す場所にあったのは、『Lucky Strike Social』という、ゲームやボーリングのできる施設だ。ここは3階から4階へと繋がっている。
― ボーリング場?まさか…。
外から確認してみるが、暗くてよくわからない。
中に入り探してみる。だが、上の階にも下の階にも、結局圭介は見当たらなかった。
― 違う…ここじゃない…。
念のため、周辺の店も窓越しに覗いてみるが、圭介はいない。
由依は急いで下へと降りていく。
2階に辿り着き、周囲を見渡した。
フードコートにスタバ…。
GPSの位置は安定せずにフラフラと動く。
フードコートは閉まっている。向いのスタバをガラス越しに覗いてみるが、圭介らしい人物はいない。
1階へ下りようかと階段の方に歩いていた時、左手側に『Agave & Vine』というバーがあった。
テラスに数名が座り、ビール片手に会話を楽しんでいる。
由依はスマホを握りしめながら、ガラス越しに中を確認した。
― いた…!
薄暗い照明で見えづらいが、圭介と思われる後ろ姿が見えた。
奥の方の2人席。
一緒にいるのは、女性だ。
― …直子…?
由依は圭介の元妻である直子の顔を、写真でしか見たことがない。しかも、たまたま見つけた1枚の写真だけ。
再婚した時、圭介は元妻の写った写真をすべて処分していた。
直子はSNSもしていないため、記憶に頼るしかない。
正直、断定はできないが、直子に似ている。
― 店の中に入ろうか、それとも待ち伏せをしようか…。
由依が迷っていると、突然、握っていたスマホが震えた。
日菜子からの着信だ。
「もしもし、どうかした?」
「なんか、春斗がうなされてるの。もしかしたら熱があるのかも…」
「本当?わかった、すぐに帰る」
由依はそういうと、スマホのカメラを店の方に向けて数枚シャッターを切り、急いで家へと帰った。
春斗は38度の熱があり、由依は子ども部屋に布団を敷き、横で寝ることにした。
圭介が帰ってきたのは、それから30分ほどしてからだ。
22時過ぎには帰ってきたので、ひとまずは安心したが、ハワイに来てまで女性と会うなんて、やはり普通ではない。
由依は悶々としながらも、圭介にどうやって問いただそうかを考えながら、横になった。
◆
翌日。
春斗の熱は下がったが、その日は家で過ごした。
夜になり、子どもたちが寝た後、やっと由依は圭介に切り出す。
「昨日さ、誰と会ってたの?」
「昨日…?」
圭介は驚いた顔をして由依を見る。
「あぁ、元部下だよ。友達とハワイに遊びに来てたみたいで。近況報告がてら会おうって話になったんだ」
「それって…男性?」
圭介の反応を見たくて、わざと逆を言う。すると彼がにっこりと答えた。
「ううん、女性。何、心配でもしてんの?由依がそんなこと言うなんて、珍しいな」
夫は妙に落ち着いている。由依は圭介の本心を探るように続けた。
「ハワイに来てまで会うなんて、仲がいいのね。それに、あなた慌ててるようだったし」
「あぁ、彼女転勤で大阪に行ったから、なかなか会えなかったんだ。それに、慌てたのはもうすぐ店が閉まりそうだったから。22時までしか開いてなかったからさ」
「そっか…」
圭介はいつもこうだ。由依が何かを問いただそうとしても、余裕のある態度で、言葉巧みに言い返す。
彼と話していると、本当に何も問題などなく、すべては勘違いだった、と由依は思わされる。
けれども、一度芽生えた疑念は、そう簡単には消えなかった。
― このまま問い詰めても、圭介は本当のことを言わない。確実な証拠がないと…。
そこで、由依は昨日撮った写真を思い出し、確認してみる。
だが、目でも見えなかった女性の顔が、カメラで綺麗に写っているはずもなかった。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない」
後をつけたと知られたら、まずい。それに、真実を聞くのも、正直怖かった。
結局由依は、証拠を見つけるまでは、と待つことにした。
◆
金曜日の午後。
日菜子が子どもたちとプールで遊んでいる間、由依は家で圭介と2人きりになるのを避けたかった。
― 散歩にでも行こうかな…。
スタバで買ったアイスカフェラテを持って、アラモアナのRegional Parkに向かう。
ビーチ沿いにオレンジの日差しが降り注ぎ、優しい潮風が心地よく全身を撫でていく。
ヨガやジョギングをしている人たちの中、海沿いのベンチを見つけた由依は、そこに座ることにした。
日に照らされた水面がキラキラと金色に輝き、透き通った青色とのコントラストで、海は一層深く美しく照らし出される。
その広大さに見惚れ、由依は自然と深くため息をついた。
すると、ジョギングをしていた男性が、声をかけてきた。
「なんだよ、そんな大きなため息ついて」
そこに立っていたのは、元同級生のワタル。
「ワタル…?どうしてここに?」
「あぁ、この辺に用事があったから。ついでに公園で運動していこうと思って」
ワタルの家はカハラ地区にある。こんな場所で会うとは思わず、由依は少し心が明るくなった。
「なんか変わんないね。昔もずっと、朝晩走ってたよね」
「あの頃の習慣が抜けなくて、今も毎日走ってるよ。海見ながら走ってるだけでさ、贅沢だなって思えるんだ」
そう言うと、ワタルは自然に由依の隣に腰掛けた。
久しぶりに夫以外の異性と2人でいる空間に、由依は居心地の悪さを感じる。
少しの沈黙が訪れたあと、ワタルが海を見つめながら口を開いた。
「こうしてまた会えて、嬉しいな。やっぱり昔から知ってる人って、いいな。素が出せる」
「…そうだね。今さら取り繕ってもバレそうだしね」
由依が薄く笑うと、ワタルが言った。
「だからさ、困ったことがあったらいつでも言いなよ。これもなんかの縁だからさ。せっかくの綺麗な景色の中で、由依のひどい顔ったら…」
「え、そんなにひどかった?」
ワタルが笑いながら、片手をポンと軽く、頭に置いた。
「してたしてた。そんなに悩むなよ。きっと大丈夫だからさ」
他意のないワタルの仕草に、由依は不覚にもドキッとしてしまう。
「…軽いな。でも、ありがとう」
「はは、なんだよ。やけに素直だな」
ワタルに軽口を叩きながらも、彼に癒やされたのは確かだった。由依は心が晴れたのを感じ、感謝した。
その2人のやりとりを、物陰から静かに見ている人がいるなど、想像すらせずに。
▶前回:「ちょっと出てくる…」20時頃、慌てて出かける夫。不審に思った妻は、ある物を鞄に忍ばせ…
▶1話目はこちら:親子留学も兼ねてハワイに滞在。旅行気分で浮かれていた妻が直面した現実とは
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