計画通り“医者”を捕まえた32歳女。しかし婚約直後、知りたくなかった彼の本性に触れ…
恋愛の需要と供給ほど、バランスが崩れているものはないかもしれない。
満たされぬ思いを誤魔化すために、女は自分に嘘をつく。
嘘で人生を固めた先にまっているのは、破滅か、それとも…?
満たされない女と男の、4話完結のショートストーリー。
東カレで大ヒットした連載が、4話限定で復活!
19話〜22話は『諦めきれない想い』。
▶前回:「私、彼女じゃなかったの?」恋人同士だと信じていた女が、聞き出した男の本音
諦めきれない想い(1)
「里緒、おめでとう!てか、本当すごいよ…。伸介さんに、最初は見向きもされてなかったのにね…」
けれど、そこにかすかな嫉妬が含まれていることに私は気づいている。
「ありがとう。でもほら、舞子と違って婚期を逃しかけていたから焦っていたのよ…。プロポーズも自分からしたし!」
その嫉妬を、私はちゃんとかわす。
「え、逆プロポーズ!?やっぱ里緒、男前〜…」
自分の恥ずかしい手札を見せることで、しっかり謙遜する。
舞子の夫は、日系の大手メーカーに勤めるサラリーマン。
一方の私は、32歳にして5歳上の開業医と婚約した。
相手の肩書なんて関係ないと思っていたが、いざ急に自分の生活が豊かになると、少し気まずかった。
学生時代からの仲である舞子とは、これからも良い関係を築いていたい。だから、面倒だけれど、これは必要なコミュニケーションなのだ。
だけど……。
実は、私にはまだ手札がもう1枚だけある。
恥ずかしい手札が、もう1枚だけ―。
けれど、それは決して人に見せられない。
本当にコンプレックスに思っていることって、人には決して言えない。
◆
「伸介、今日何食べたい?」
「う〜ん、今日は里緒の好きなとこでいいよ。昨日仕事でデート大幅に遅刻しちゃったし。何でも好きなものご馳走する」
「本当?じゃぁ、どうしようかな〜」
伸介が住む、青山一丁目にあるタワーマンションの18階。
神宮球場が見渡せる景色を横目に、私はグルメサイトをスクロールしていた。
ふと、思う。
この映像を俯瞰で見たら、私はとんでもなく幸せものなんだろうなって。人から羨まれる立場なんだろうなって。
けれど、私の心は満たされていない。
「ここは?」
客単価3万円ほどの店を適当にピックし、伸介に見せた。
「いいよ。そこ行こうか」
本当は、私が今一番食べたいものは、ラーメン。背脂多め、チャーシューとネギを追加でトッピングして、豪快にすすりたい。
でも、そんなこと彼に言ったら引かれるだろうし、何より彼にお金を使わせたかった。
伸介が、恋人である私に高いご飯をご馳走する。
私は、その構図で少し満たされた気分を味わいたかっただけ。
「ねぇ、伸介」
「なに?」
美味しいが高い何かをつつきながら、伸介に話しかける。
「伸介って、子どもの頃どんな性格だったの?」
「何急に?」
「なんとなく気になって。知りたいじゃん!」
「ん〜そうだな〜。今に比べて大分活発だったかな。ケガも絶えなかったし」
「そうなんだ…!なんか意外」
「そうかな」
「…」
― まただ。
また、伸介は私に何も聞いてこない。次は『里緒は?どんな子ども時代だったの?』って伸介が聞くターンだろう。普通。
私に何か質問しやすいように、私から質問を投げかけたというのに…。
伸介はまた、私に何も聞いてこなかった。
― それって、つまり…。
先日、舞子が話していた通り、伸介と出会った当時は、彼から見向きもされていなかった。
けれど、食事会ではじめて彼を見たときから、私は彼のことが好きだった。
当時の私は、30歳、彼氏いない歴2年。結婚願望あり。
開業医の伸介にアタックしたのは、自分の人生プランから逆算しての打算じゃなかったと言ったら嘘になる。
けれど、私は純粋に彼が好きだった。
4回も自分から食事に誘い、それでも進展しない関係に自分でしびれを切らし、自分から告白。
面食らう彼の口から“いいよ”と、ちょっと上から目線のOKの返事をもらったときは、飛び上がるほど喜んだ。
それから2年という月日が流れ、またもやしびれを切らした私が自分から結婚の話を切り出し、私たちはついに婚約した。
“自分から欲しいものを取りに行った。”
そう言えば聞こえがいいかもしれないけれど、私の心にはずっと引っかかっているものがある。
ずっと、伸介に聞きたくて、聞けないことがある。
― 伸介、私のこと好き…?
「伸介ってクールだよね、本当」
外苑東通りを歩きながら、伸介の横顔に語りかける。
「そうかもね」
そう…。きっと、そうなのだ。伸介はクールな人間。野暮なことは聞かないし、口下手なだけ。
本当はラーメンで満たしたかったお腹は、よくわからない高い何かで満たされた。
自分の心も、自分の解釈で満たしていく。
「伸介、今度マンション見にこうよ!」
「いいね。そろそろ家のことも考えなくちゃな」
それに、こんなモテるであろう男が、好きじゃない女と2年も付き合うわけがない。婚約なんてするわけがない。
そうだ。きっと、あんなのは愚問だ。
伸介は私のことが好きなんだ。好きに決まっている。
気持ちの良い夜風にあたりながら、伸介の腕をつかみ、私は自分にそう言い聞かせていた。
◆
しかし、その日は突然にやってきた。
心のどこかでは、いつかこんな日が来るとわかっていた気もする。
その日の仕事帰り、自宅のある広尾まで一駅歩こうと、恵比寿駅に降り立った。
気持ち良い夜風を感じながら、散歩がてら歩いてたいたそのとき。
目の前を歩く男女の後ろ姿が視界に入って、息が止まった。
まるで、安っぽいドラマのワンシーンみたいに、その映像は突如スローモーションがかかった。
「蘭は、最近ハマってる店とかないの?」
「え〜なんでよ」
「はぐらかさないでよ。どの店が好き?知りたい」
隣にいる女に顔を向けたときに見えた、高い鼻筋。凛々しい眉。低いトーンの声。
その男は、紛れもなく伸介だった。
「え〜、なんでも。今度はみんなで行こう」
「なんで?俺と2人じゃダメ?」
広尾方面に近づくにつれ、徐々に喧騒が遠ざかる。人通りがまばらになり、2人の会話がよりクリアに聞こえてきてしまう。
そして、2人は立ち止った。
― え…。
衝動的に脇道にそれ、私は2人の様子を物陰からうかがう。
しかし、陰に隠れてしまったせいで、2人の最後の会話はよく聞こえない。
女をタクシーに乗せ見送ったあと、伸介は別のタクシーに乗り込んで行ってしまった。
2人は別々に帰っていった。
タクシーが見えなくなってから、私はようやく大通りに出る。
膝から崩れ落ちそうになる体をなんとか電柱に預け、深呼吸した。涙が頬を伝う。
「なんで…」
ずっと気づかないふりをして、蓋をしていた。
ずっと聞きたかったけれど、本当のことは怖くて聞けなかった。
けれど、ついに知ってしまった。確信を得てしまった。
― 伸介は、私のことが好きじゃない。
2年も一緒にいるから情は湧いているだろうし、人間的には好意を抱かれているとは思う。
でも、“知りたい”っていう欲求をぶつけるって、その人のことが好きだという何よりもの証。
伸介はこの2年で私にどれだけの質問をしてきただろう。私にほとんど何の興味も示してこなかった伸介は、あの短い間で、あの女にずっと何かを聞いていた。
伸介はクールなんかじゃない、ただ私に興味がなかっただけなんだ。
それに、あれは遊びじゃない。本気の目をしていた。
私は見たこともない、男の目―。
ものの数分で、ただの会話の盗み聞きで、私は失恋をした。
― でも…。でも、どうして?あの女が好きだとして、私に興味がないとして、どうして私と婚約したの…?
失恋による傷と、腑に落ちない彼の態度。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
◆
どれだけ、電柱に寄りかかっていただろう。人目もはばからず、涙を流したまま、電柱にもたれていた。
ふと伸介のさっきの言葉がフラッシュバックする。
女を“らん”と呼んでいた。よくある名前じゃない。
もう何も知りたくない。それでも、脳内に情報が残ってしまった以上、私のどこかに眠る“知りたい”という欲求が、私を突き動かした。
伸介のインスタアカウントを開き、フォロワー検索欄に“RAN”と打ち込む。
案の定、1人の女がヒットした。
ようやく落ち着きを取り戻したはずの心臓が、またバクバクと嫌な音を立てはじめる。
知りたくない。知ってしまったら、自分の中に潜む嫌な女が顔を出してしまう…。
けれど、ここまで来たらもう引き下がれなかった。
一瞬の間を開け、私はそのアイコンをタップした。
「え…」
けれど、彼女のアカウントを見てすぐ、私は1秒前の自分の行動を後悔した。
「この人って…」
▶前回:「私、彼女じゃなかったの?」恋人同士だと信じていた女が、聞き出した男の本音
▶1話目はこちら:「恋愛の傷は、他の男で癒す…」26歳・恋愛ジプシー女のリアル
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里緒の恋人・伸介が熱っぽい視線を向けていた謎の女・蘭。彼女の意外すぎる正体とは…