東京都内には、“お嬢様女子校”と呼ばれる学校がいくつもある。

華やかなイメージとは裏腹に、女子校育ちの女たちは、男性の目を気にせず、のびのびと独自の個性を伸ばす。

それと引き換えに大人になるまで経験できなかったのは、異性との交流だ。

社会に出てから、異性との交流に戸惑う女子は多い。

恋愛に不器用な“遅咲きの彼女たち”が手に入れる幸せは、どんな形?

▶前回:「誕生日までにプロポーズしてくれなきゃ、別れる」32歳女の言葉に、男は冷めた反応で…




プロポーズされたい女:ミズキ【後編】


土曜の夜。

ミズキは、二重橋スクエアにある『モートンズ ザ ステーキハウス』を訪れていた。

やや薄暗くシックな店内で、まわりは年齢層高めの男女や、接待といった人たちが多そうな印象だ。

「ミズキ、赤身が好きだったよね」

向かいの席に座る学生時代の元カレ・ナオキは、今日のおすすめのお肉を運んできた店員の話を聞きながら、テキパキとオーダーしていく。

― 相変わらずナオキは、女性の扱いにも慣れていて、スマートな男って感じね。

早稲田のインカレサークルで出会ったナオキは、大手外資コンサル企業で働いている。

ミズキは大学時代のほとんどの期間、ナオキと交際していたため、彼女の学生時代の思い出のすべてにナオキがいると言っても過言ではない。

コミュニケーション能力が高く、女性にモテるナオキを付き合っていた当時、「あんな素敵な彼氏がいてミズキが羨ましい」とよく友達が言っていた。

だから、ミズキにとっても自慢の彼氏だった。

「素敵なお店ね。ナオキは、いつもこんなお店で食事をしているの?」

「会食も多いからね。役職について接待が増えたから、お店のリサーチを兼ねてプライベートでもいろんなところに行くよ。例えば…」

ミズキの問いに、ナオキは急に饒舌になり、スマホを開いて美味しかった料理の写真を見せてくる。

― そこまで詳しく知りたくて聞いたわけじゃないんだけど…。

熱く語り出すナオキを、ミズキは少し冷めた気持ちで見ていた。


その後も、ミズキが1つ尋ねると、ナオキが100返してくる、という感じで、彼は、仕事やプライベートについてペラペラと語った。

ナオキの自分語りに、ミズキは次第に退屈になってくる。

― ナオキってこんな人だったっけ?私、彼のどこが好きだったんだろう…。

ナオキに振られた時は、しばらく恋愛はしたくないと思うほど落ち込んだ。

でも、ミズキは、今のナオキに一切ときめかない。

― 別れてから1年ほどナオキを引きずっていたけど、単なる執着だったのかもね。

ミズキの気持ちとは裏腹に、1人語りしているナオキは、上機嫌なまま会はお開きとなった。




『ナオキ:今日は楽しかったね、やっぱりミズキといるのは居心地いいよ。また近々誘っていい?』

22時。

ナオキが乗り込んだタクシーを見送った直後に届いたLINEを、ミズキは、既読も付けずに内容だけ確認する。

― 私って、ナオキが好きだったっていうより、モテる彼氏がいるっていう事実が、心地よかっただけなのかもしれない。

ナオキに再会する前は、彼に気持ちが戻ってしまったらどうしようと、少し心配していたミズキだったが、再会して「もう彼に気持ちはない」ということを悟った。

― やっぱり、私、正人が好き!色々ごめん、正人。

正人は、口数も少ないし、愛情表現だって物足りないけれど、いつもミズキのことを思って行動してくれる。

― そもそも、彼氏って自慢するために付き合っているわけじゃないものね…。

先週ケンカをしたまま連絡を取っていなかった正人の顔が浮かんだミズキ。

正人宛のLINEに何度も文字を打っては消していると、通知音が鳴る。

『正人:遅い時間にごめん。今から会えない?ミズキがいるところまですぐ行くから』

思わぬタイミングでの正人からの連絡に、ミズキの胸は高鳴る。

『ミズキ:今ね、東京駅のすぐそばにいるの。ここで待ってていい?』

丸の内駅前広場から駅を背に、ぼんやりとイルミネーションを眺めて待っていると、電話が鳴る。

「見つけた。後ろにいるから、振り返って」

電話越し聞こえてくる彼の言葉にしたがって振り返ると、バラの花束を持った正人が立っていた。




「ミズキ、待たせてごめん。結婚しよう」

「正人、急にどうしたの…」

「7月から本社の金沢に転勤が決まった。だから、本当は、ミズキが結婚のことを言い出す前から考えていたんだよ。

でも、仕事を辞めてついてきてほしいなんて言っていいのか迷ったし、ミズキは本当に僕がいいと思ってくれているのか、自信がなかった」

結婚のこと、正人なりの葛藤があったことを正直な言葉で告げられ、ミズキは驚く。

「でも、これでもうミズキと会えなくなるなんて考えられなくて、この1週間で覚悟を決めてきた。

一緒についてきてほしい。僕にはミズキしかいないよ」

そう言って手渡されるバラの花を、ミズキはそっと受け取る。

「私こそ、正人のことも、正人を好きな自分も信じきれなくてごめんなさい…。とっても嬉しいの。正人とこれからもずっと一緒にいられるなんて幸せ」

傷つくことを恐れ、好きでいてくれる人を選ぼうと消極的な選択をしていたのだとミズキ自身も思い込んでいた。

でもこの時、純粋にただ正人が好きなんだという気持ちに気づけたような気がした。


正人のプロポーズから3ヶ月。

彼は、先に金沢に飛び立ったが、まだ結婚はしていない。

ミズキは、誇りを持っていた母校の教員を辞め、金沢についてくための準備に追われていた。

いざ、仕事を辞めて新生活が始まるとなると、ミズキは急に心配になる。

― やりたかった仕事を手放して、正人と一緒に見知らぬ土地で生活していくなんて、本当に大丈夫かな…?

正人の真剣な思いに、迷わずプロポーズを受けたミズキだったが、日に日にその喜びよりも、不安が増していく。

『千尋:マリッジブルーはみんな通るものだから、ミズキが手にした幸せを信じて大丈夫!』

学生時代の友人で、最近結婚した千尋からのLINEに、ミズキは思わず苦笑いをする。

― こういうのを“マリッジブルー”っていうのか…。千尋の言う通り、自分の選択を信じて前に進もう。




半年後。

ミズキの強い希望で、『ハレクラニ沖縄』でふたりの結婚式が行われた。

限られた親戚と友人のみの参列で、ミズキは豊女時代の友人グループ「HELP」のメンバーを呼んだ。

本当に正人と結婚してよかったのか、そんな不安を吐露したまま金沢に旅立ったミズキを、彼女たちは少し不安に思っていた。

「心配する必要なかったじゃない、ミズキが選んだ幸せは、やっぱり正しかったみたいね」

そう言って千尋は笑った。

正人と並んで幸せそうに微笑む、久しぶりに見たミズキの姿は、彼女たちを安心させた。




「今日はるばる沖縄まで来てくれた大好きな友人たちに、伝えたいことがあります」

パーティーも終盤を迎える頃、ミズキはスピーチを始めた。

「女子校出身の私たちは、恋愛もなにもかも遠回り。

幸せを掴んでいくまわりの友人たちを羨ましく、妬ましく思ったこともたくさんあったけど、みんなのおかげで、今日人生で一番幸せな日を迎えることができました」

ミズキの言葉に、「HELP」メンバーは、他人の恋愛、結婚の噂を酒の肴に盛り上がり、羨ましさ故に人の幸せにケチをつけていた20代のあの頃を思い出す。

でも30代に入ると、それぞれが結婚や次のステージに向けて悩みをぶつけ合い、時に衝突することもあった。

「みんながいたから今日を迎えられたし、いつまでも最高の友達です。

結婚だけが幸せじゃないし、この先も私自身もたくさん悩むこともあると思う。でも、それぞれの幸せをこれからも一緒に掴んでいこうね」

「結婚しても、たとえ遠く離れても、なんだか私たちの関係は一生変わらないんだなって実感しちゃった」

ミズキの言葉を聞いて、夏帆がつぶやく。

約15年前、出会ったあの頃と変わらない関係が、この先も続いていくのだろうと、沖縄の輝く太陽の下でそれぞれが実感していた。



女子校という特殊な環境に身を置いた彼女たちは、異性との交流がほとんどないまま大人になる。

そして、大学生や社会人になり“遅咲きの恋愛”をしたとき、自分たちの恋愛偏差値の低さを自覚し、焦りや不安が生まれる。

でも、そんなときこそ、女子校で出会ったかけがえのない友人たちのおかげで、前に進むことができるのが、女子校育ちの醍醐味だ。

恋愛に不器用な“遅咲きの彼女たち“は、同じ悩みを共有する友人たちのおかげで、幸せに向かうスタートラインに立つことができる。

Fin.

▶前回:「誕生日までにプロポーズしてくれなきゃ、別れる」32歳女の言葉に、男は冷めた反応で…

▶1話目はこちら:「一生独身かもしれない…」真剣に婚活を始めた32歳女が悟った真実