マウンティング。

本来は動物が「相手よりも自分が優位であること」を示そうとする行為のことを言う。

しかし最近、残念ながら人間界にもマウンティングが蔓延っているのだ。

それらを制裁すべく現れたのが、財閥の創業一族で現在はIT関連会社を経営する、一条元(はじめ)。通称・ジェームズだ。

マウンティング・ポリスとも呼ばれる彼が、今日戦う相手とは…?

▶前回:年上彼氏に貢がれ、ブランド物をひけらかすようになった友人。“HERMES会”という謎の会に誘ってきて…




美味しい食事と素晴らしいお酒というのは、人生を豊かにしてくれる。

「あぁ…。美味しいなぁ」
「うん、本当に」

今日も相変わらず、僕は男友達の蓮と『銀座しのはら』にいた。

半年前に予約が取れたので楽しみにしていたのだけれど、誰を誘うか悩んで、結局彼に連絡してしまったのだ。

「ジェームズってさぁ、言い寄ってくる女の子は多いはずなのに…。もっとデートとかすればいいじゃん」
「でもこういう食事って、誰と行くかが大事でしょ?適当な女の子を誘うのもね」
「来月の、あの店はどうする?4席予約が取れてるけど。ジェームズ、僕、瑛太…。あと、もう1人か」

蓮に言われ、周囲にいる人たちを思い浮かべてみる。

「あ、1人来てくれそうな子がいるかも!」

咄嗟に、女友達である美希の存在を思い出した。彼女はかなりグルメで、新店情報にも詳しい。きっと行きたいと言うだろう。

翌日、僕は久しぶりに美希に連絡をしてみた。するとすぐに返事は来たけれど、僕が思っていたのとは全く違う内容だったのだ。


女友達・美希が送ってきた、メッセージの内容とは…


Case8:飲食店マウンティング男/通報者・美希の場合(34)


ジェームズさんから予約困難店への誘いを受け、私はすぐに『行きたい!』と返信した。しかし同時に、最近耳にしたことを思い出す。

「そういえば。ジェームズさんって、マウントを取ってくる人たちを成敗してくれるんだったな…」

そこで私は返信を待たずにもう1通、ジェームズさんにLINEを送ってみる。それは最近私を悩ませている、ある男についての相談だった。



あれは3ヶ月ほど前のこと。知人の紹介で知り合った、信明さんという8つ年上の経営者とデートをすることになった。

最初は、そのデートを楽しみにしていたのだけれど…。お店に着くなり、彼はドヤ顔で私に感想を求めてきたのだ。

「美希ちゃん、ここ初めて来た?どう?」

実は、初めてではなかった。でも本当のことを言うとプライドを傷つけてしまいそうだったので、あやふやに返事をしてみる。

「お店の存在は知っていましたが…。来たことあったかな?忘れちゃいました」

ここで、ハッキリと言っておけばよかったのかもしれない。ただこのときの私は、信明さんが面倒な“飲食店マウンティングおじさん”だとは、思わなかったのだ。




「美希ちゃん、ワイン好きなんだよね?今日はちょっと奮発しちゃおうかな…。どういう感じのが好き?」
「私はカリフォルニアの、わかりやすい感じが好きで…」
「あ〜、そっち系ね。美希ちゃんっぽいなぁ。フランスの繊細な感じとかは苦手?…って、美希ちゃんは違いとかわからないか」

ワインリストを持ったまま、嬉しそうにしている信明さん。どう返事をしていいかわからなかったので黙っていると、勝手に話し続ける。

「昔ナパ・ヴァレーにワイナリーツアーをしに行ったことがあって、最高だったんだよね。ワイナリー、行ってみるといいよ?ワイン好きを公言してるなら、一度くらいは行っておかないと」

この時点で、私はこのデートに来たことを後悔していた。でも彼のトークは止まらない。

美味しい料理が出てくるたびに、お店の人以上に説明をしてくる。

「普通の人は、〆の料理がリゾットなんだけど。僕みたいな常連は、違うメニューが出てくるんだ。だからこの店の常連かどうかは、〆を見ればわかるんだよ」
「へぇ、そうなんですね。すごいですね」

かなり棒読みだったつもりなのに、信明さんは全く気がつかない。

「美希ちゃん、俺と来られてよかったね。普通の人だとこの特別メニューは食べられないから。こんな経験、なかなかできないでしょ?」

私のことを、なんだと思っているのだろうか。

結局一度も盛り上がらないまま、終わったデート。しかし彼がすごいのは、ここからだった。

その後会うことはないと思っていたけれど、SNS上では繋がっていた私たち。信明さんは、私が訪れたレストランを投稿する度に、何かと反応してくるようになったのだ。

ただ「いいね」とか「美味しそうだね」などというDMなら、まだ許せる。

私が解せないのは、毎回何かとマウントを取ってくることだった。

『この店、まだ混んでた?数年前に流行ってたよね』
『店主の人、気難しいでしょ?僕は仲良しだから、次に行くときは言って!サービスするように言っておくよ』
『この店、微妙じゃない?(笑)』
『味どうだった?あまり美味しくないって聞いたけど』


既読スルーを決め込んでいたけれど、あまりにもしつこい信明さん。いつしか私は、彼にギャフンと言わせたくなっていたのだ。


飲食店マウントを取ってくる男に対する、スカッと制裁とは…!?


そしてジェームズさんから連絡が来た2週間後。私は彼の自宅にある、広すぎるキッチンにいた。

「すみません、キッチン貸してもらっちゃって…。しかもシェフまで呼んでくれて、ありがとうございます」
「いえいえ、シェフに連絡したら喜んで来たしね。それに最近キッチンを使っていなかったから、いい機会になったよ」

実は、ジェームズさんと仲良しだという星付きレストランのシェフを、自宅に呼んでもらったのだ。

シェフと私、そしてジェームズさんの3人で料理の下準備をしながらお酒を飲んでいると、チャイムが鳴った。やって来たのは、信明さんだ。

「初めまして。今日はお招きいただきありがとうございます。素敵なご自宅ですね〜。しかも今日は、あのシェフの料理が食べられるとかで」

信明さんの話に、私は笑顔でうなずく。

「はい、そうなんです♡楽しみですよね!!」

しばらくするとジェームズさんの友人も集まってきて、楽しい宴が始まった。




「うわ〜、これ美味しい。星付きの店って、やっぱり味も格も違いますよね。だから好きなんです」

前菜として出てきたサーモンのタルタルと、キノコのテリーヌを食べながら、うんうんと唸る信明さん。見た目も美しく華やかで、完璧な品であることに間違いはないが…。

その感想を聞いたジェームズさんは、気まずそうな顔をしている。

「いや、これは…」

そう言いかけたジェームズさんの口を、私は慌てて塞いだ。

その後も和やかな時間が流れ、すべての料理を食べ終わった。するとシェフがキッチンから出てきて、私たちの座っていたダイニングテーブルのほうにやって来る。

「皆様、どうでした?さて僕の仕事は終わったから、ここからはみんなと一緒に飲もうかな。ジェームズ、お酒ちょうだい」

そうして、シェフがワイングラスに手を伸ばしたときだった。

「本当にどれも素晴らしかったです。特に前菜2品が。以前、フランスのあの名店で修行されていたんですよね?シェフのお店、気になっていたんです。やっぱり本物は違いますね」

信明さんが、いつもの調子で嬉しそうに話し始めた。

「最近美希ちゃんみたいな若い女性の、にわかグルメな人たちも増えたじゃないですか。インスタとかで、とりあえず高級店に行っておけばいいと思っているような人たち。

でも僕は真のグルメオタクとして、本当に美味しい飲食店を見極める力だけはあると思っているんですよ」

シェフが困ったような顔をしている。それはそうだろう。…なぜなら、最初の2品はジェームズさんが作った料理だったから。

「あの、お言葉ですが…。最初の2品、僕は作っていません(笑)作ったのはジェームズです」
「えっ?」
「素人に負けちゃうなんて、悔しいなぁ」

シェフがいたずらっ子のように笑う隣で、ジェームズさんはどう反応していいのかわからない、という顔をしている。

― 素人が作った料理と、プロが作った料理の違いすらわからないなんて。

人というのは、意外に単純だ。

誰かが高評価をつけたものには「みんなも評価しているから間違いないはず」という安心感が生まれる。だからわかりやすくラベリングされたものや、他人がつけた評価に左右されてしまう。

きっと信明さんもそうなのだろう。

でも他人にマウントを取っている暇があったら、もっと自分自身の感覚を磨くべきだ。

「ジェームズ、料理上手だね」
「いや、そうなのかな。美味しいって言ってもらえて光栄です」

他のゲストたちのコメントを聞きながら、気まずそうにしていた信明さん。その後、彼が私にマウンティングしてくることはなくなったのだった。

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