女にとって、経験豊富な年上男性は魅力的に映る。

だが、その魅力ゆえこだわりの強いタイプが多く、女は年を重ねていくうちに気づくのだ。

― 頑張って彼に合わせるの、もうしんどい…。

年上ばかり選んできた女が、自然体でいられる相手は一体どんなタイプの男なのだろうか?

これは、アラサー独身女がこれまでの恋愛観をアップデートする物語。

◆これまでのあらすじ

生意気で子どもっぽい年下彼氏・颯。付き合った頃よりも、彼のことを本気で好きになっていると自覚した多佳子は、温泉旅行で2人の関係を進展させようと画策する。

「客室に露天風呂がついた旅館にしない?」と提案をすると、颯の反応は…?

▶前回:「彼ってこんなコトするの…?」彼氏との“初お泊まり”で予想外の事態。落胆した女はある行動に…




Vol.8 最高の旅行になるはずだったのに


『露天風呂付きの部屋か、いいね!俺、初めて泊まるかも』

颯から送られてきたLINEの文末には、ニコニコした絵文字が付いている。

いつもの彼なら簡単な顔文字なのに、絵文字を送ってくるとはかなり珍しい。

― これ、イケるんじゃない?颯くん、テンション上がってるっぽいし。

『颯くんと一緒に旅行できるなんて、嬉しい!あ、旅館は私が探しておくね』

彼の熱が冷めないうちに。それと、この旅行で2人の関係を進展させるという私の決意が揺らがないうちに、畳みかけるように返信する。

それからすぐに旅行サイトを開いた私は、前から行ってみたいと思っていた旅館をリストアップ。颯と過ごす時間を思い浮かべては、ニヤけていたのだった。

だが、数時間後に彼から送られてきたLINEに出鼻をくじかれてしまった。

『やっぱり、旅館は俺が探すよ!楽しみにしてて。多佳子さんが気に入るところにするから』

彼との初めての旅行は、雰囲気の良い部屋で、思い出に残るような素敵な時間を過ごしたい。けれど、颯が温泉や旅館に詳しいとは思えない。期待外れな宿は嫌なのだ。

― どうしよう…大丈夫かなあ?でも、こう言ってくれてるんだし、顔を立てたほうが…。うーん、よしっ!

次々と浮かび上がってくる不安をグッと飲み込んで、今回は颯に任せることにした。そして、念を押すようにこう返信したのだった。

『ありがとう!部屋でお風呂に入って、ゆっくりしようね』
『OK、任せて!』

こうして迎えた、旅行当日。

待ち合わせ場所にやって来た颯を見た私は、思わずギョッとした。

― ゲッ…!何それ!?


待ち合わせ場所にやって来た颯。多佳子が驚いたワケは?


颯が企画した旅行先は、草津。

事前にそれだけ知らされていた私は、東京駅の新幹線乗り場の改札前で彼を待っていた。

「多佳子さん、おはよう!」
「あ、おはよ…う?えっ、どうしたのその髪!?」

目の前に現れた颯の髪は、トレードマークの銀髪から金髪へと変貌を遂げていた。

「昨日、染めたんだ!どう?いいでしょ?」
「あーうん、いい…ね!似合ってるよ」

180cmを超える長身で、ガッチリとしたアスリート体型の彼はただでさえ目立つ。そこにきて、この金髪は行き交う人々の注目の的になっていた。

― あーあ…。できれば黒髪か、せめてダークブラウンくらいが変に目立たなくていいのに。相変わらず派手だなあ。

しかし、その風貌に引け目を感じているのは私だけで、颯はまわりの目などお構いなしだ。

それどころか、いつもより高めのテンションで、サッカー選手のオフシーズンの過ごし方なんかを話してくれる。ハワイ旅行は定番らしく、去年撮った写真を自慢げに見せてきた。

写真の彼は、今よりもずっと少年っぽさが残っていた。もし、私たちが1年前に出会っていたら、間違いなく交際に発展することはなかっただろう。

そんなふうに色々と考えを巡らせていると、あっという間に草津に到着した。



乗り継いだ電車を降りると、颯のアテンドで人気のそば店で昼食。湯畑を散策する。

彼とこんなデートらしい過ごし方をするのは、今回が初めてかもしれない。それに、これまでとは違い、エスコートの流れが順調そのものなのだ。

最近の颯は、恋愛スキルが急激にグッと上がっているような気がする。

― でも、肝心なところはここからだよね…。颯くんが予約したのって、どんな旅館なんだろう?

チェックインする時間になりタクシーに乗り込むと、ソワソワと落ち着かない気持ちとなった。

数分後。

「どう?多佳子さん」

連れて来られた旅館に、私は言葉を失ってしまった。




「多佳子さん?」
「え…?ここ?すごい…」

颯が予約したのは、温泉街の風情を残しつつも、モダンでスタイリッシュな旅館だった。

チェックインを済まし、客室に通されると、吹き抜けの窓からは自然の景色が望める和洋室。露天風呂もバッチリ付いている。

― 完璧なんだけど!でも、ここどうやって…?

「ありがとう、颯くん。素敵なところだね!だけど、よくこんな旅館を知ってたね」
「あ、うん。喜んでもらえてよかったよ!ここ…知り合いから教えてもらったんだよね」

今回も「先輩から聞いた」、と答えるだろうと思っていたものだから、言いにくそうに出てきた“知り合い”という言葉が少し引っかかる。

けれど、この時は疑う気持ちよりも、あまりにも素敵な旅館に感動する気持ちの方が勝ったのだった。

露天風呂には颯が先に入り、続いて私。温泉で、ツルツルな肌に磨きをかけた21歳の颯の前では、さすがにノーメイクにはなれない。

湯上りでもどこかくすみがちで、小さなシミがいくつかある肌には、すっぴん風のナチュラルメイクが必要だ。

― うん、これでいいかな。

髪をまとめ、淡いピンク色の浴衣に身を包むと、ドキドキしながら彼がくつろぐ部屋に戻ったのだった。


多佳子の浴衣姿に、颯の反応は…?


「浴衣って…いいね」

そう言って照れくさそうにする颯は、早くも浴衣が着崩れている。

「あ、ねえ、颯くん!左前になっているよ」
「何それ?ダメなの?」

颯は自分の浴衣のえりをつまんで、不思議な顔をする。

「ダメダメ、これは亡くなった人の着方なの!」
「へー、知らなかった。多佳子さんって、物知りだね」

― 物知りって、噓でしょ!ていうか、帯の結び方も変だし!

いい雰囲気になりそうな気配だったが、私の世話焼きのせいで台無しになってしまった。

さらにその後の食事でも、颯の不慣れな感じが滲み出てくると、つい気になってツッコミを入れてしまう。

「お刺身は、白身魚から食べるんだよ?」

と、言ったあと、これでは彼女じゃなくて母親のようだとハッとして急いで付け加えた。

「ねえ颯くん。今日は飲み過ぎないでね?」
「うん。今日はちゃんとするから!」

宣言どおり、酔っぱらうことなく食事を終えた颯は、この後のことを考えたのか別の意味で顔を赤くしてソワソワしている。

― 彼って、意外と奥手だよね。それなら、ここは私が…。だって、今日こそはって決めてきたんだから!

「ねえ、まだ時間も早いし、颯くん、もう一回お風呂に入らない?」
「そう、だね…!じゃあ、今度は多佳子さんが先にどうぞ」

一緒に入らない?と誘うのは、ちょっと露骨すぎるかもしれないと躊躇した私は、先に風呂から上がり、入れ替わりで湯舟に浸かる颯にこう言った。

「私、先にベッドにいるね」

それからしばらくすると…。

遠慮がちにベッドに入ってきた颯と、ぎこちないキスから始まる一晩を過ごしたのだった。






翌朝。

― あれ、颯くんって、こんなに格好よかったかな?

隣で眠る颯の顔をジッと見つめていると、これまでとは違った気持ちになった。

生意気だったり可愛かったりしていた彼と、ついに結ばれた途端、“格好いい”に格上げされてしまったようだ。

我ながら単純だと思いながらも、モゾモゾと起きてきた颯と朝食を済ませ、チェックアウトの時間まで草津観光をする。

「多佳子さん、一緒に写真撮ろう!」
「うん。そういえば一緒に撮ったことなかったよね」

温泉まんじゅうを片手に、湯畑から伸びるメインストリートを歩いていると、彼は自分のスマホをインカメラにして目の前に掲げた。

すると、そこへ1通のLINEが送られてきた。

『颯くん、旅館どうだった?』

送り主は、“rina”。メッセージの内容と一緒に、バッチリ見えてしまった。

「ん?何これ…、rinaって誰?」
「せ、先輩の知り合いだよっ!ほら、いいから写真撮ろう」

明らかに焦った様子で、LINEのポップアップ通知を消す颯。その場を取り繕うようにして撮った2人の写真は、どちらの笑顔も引きつっていてコメントのしようがない。

「そろそろ、旅館に戻ろうか?帰りの新幹線の時間もあるし」

話を蒸し返させないように、そそくさと背中を向ける彼に、私は妙な違和感を覚えた。

― 何か、颯くん…怪しい!rinaって子に、この旅館のことを教えてもらったの?もしそうなら、ちょっと…いや結構、嫌かも…。

そういえば、黒木さんのほかに颯の交友関係を知らない。

何かにつけて、私のために頑張ってくれる彼を疑いもしなかったけれど、もしかしたら、この女性のほかにも女友達がたくさんいたりするのではないだろうか。

帰りの新幹線の中で、コソコソとスマホを見る彼に私はこんな質問を投げかけてみた。

「颯くんは、一樹に会ったことあるでしょ?私も、颯くんの友達に会ってみたいなあ」
「いきなりどうしたの?別にいいけど。じゃあ、次の休みに会ってみる?」

一瞬、驚いたような顔をした颯だったが、すぐに快諾してくれた。

その裏には、私の抜け目のない企みがあるとも知らずに…。

▶前回:「彼ってこんなコトするの…?」彼氏との“初お泊まり”で予想外の事態。落胆した女はある行動に…

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「友達に会ってみたい」と言ったものの…多佳子は激しく後悔してしまう