「家事も仕事も、ほどほどで良いよ」上から目線の夫に激怒した妻の仕返し
今年、私たちの生活は大きく変わった。
“ニューノーマル”な、価値観や行動様式が求められ、在宅勤務が一気に加速した。
夫婦で在宅勤務を経験した人も多いだろう。
メガバンクに勤務する千夏(31歳)もその一人。最初は大好きな夫・雅人との在宅勤務を喜んでいたのだが、次第にその思いは薄れ、いつしか夫婦はすれ違いはじめ…?
2020年、夫婦の在り方を、再考せよ。
◆これまでのあらすじ
▶前回:「ぬるま湯育ちめ…」地方進学校出身の男が“慶應ボーイ”に抱いた劣等感
「意外と色々あるんだなあ」
雅人は、パソコンを眺めながら千夏に話しかけた。
「本当ね。私も知らなかったわ」
2人は、ソファに並んで座って画面を覗き込む。スクロールしていくと、そこには中古物件がずらりと並んでいる。
千夏の妊娠が発覚し、2人は引っ越しを決めた。今のマンションは狭すぎると思ったのだ。
初めは今と同じく賃貸を中心に考えていたのだが、話し合っていくうちに、広めの中古マンションを買うのも悪くないと、調べてみることにした。
「ええと…」
雅人は、物件の詳細と手元に置いてある用紙を確認していく。A4の用紙には、リストアップした条件が並んでいる。
お互いの希望を書き出し、譲れない条件やプラスアルファの条件など、整理した結果だ。
ちょっと書き出してみると、次から次へと意見が出てきて、あっという間に3時間も経っていた。
雅人は、仕事柄アイディアを整理したり、提案を作るのは得意だ。ざっと整理したメモを元に、千夏と再び議論を重ねる。
そうして出来上がったリスト片手に、今度は物件を探していく。
「なんか、夫婦っぽいな」
雅人は、身を乗り出して画面を見つめる千夏を横目に、ポツリと呟いた。
ついに千夏が、これまで思っていたことを切り出す。雅人の反応は…?
引っ越し
千夏が妊娠を報告した夜。
2人で喜び合った後、少し落ち着いたタイミングで、千夏はそっと口を開いた。
「前から考えたことでもあるんだけど…」
雅人の腕に抱かれながら、千夏は口を開いた。
改まった言い方に、雅人は何の話だろうと、「ん?」と、首を傾げる。
「引っ越したい」
先日バトルした熱海移住計画をまた蒸し返す気だろうか。雅人が少しだけ身構えると、それが伝わったのか、千夏が「熱海じゃないよ」と、笑って続けた。
「今のマンションだと、やっぱり手狭じゃない?子どもが遊ぶスペースもないし。
だから、これを機に、保育園や病院、色々考えて引っ越したいなと思って」
千夏は、千夏なりに考えているらしかった。
すでに、保育園の状況や無痛分娩が出来る病院を調べてみたという。
「でもね、出産とか保育園とか、近い将来を考えるのも大事だけど、子どもの教育や私たちの仕事との兼ね合いとか、長期的に考えるのも大事だと思ってきて。
あれこれ考えているうちに混乱しちゃった。雅人、こういう難題を解決するの、得意でしょ?」
千夏は、「ねっ?コンサルタントさん」と、甘えてきた。雅人は、パンパンと腕を叩く。
「腕の見せどころかな。じゃあ、まずは思いつくままに書き出してみようよ」
部屋にあった適当な裏紙に、ポッと頭に浮かんだことを互いに書き込んでいく。
“駅近”“広い”“セキュリティ”“宅配ボックス”“スーパーが近い”
次から次へと、希望が出てくる。ある程度出てきたところで、雅人はそれらを大別し、優先順位を決める作業へと移った。
書き出したメモを眺めながら、千夏がポツリとこんなことを呟いた。
「このマンションに引っ越す時、銀座に住んでみたいって気持ちが強くて、あとは何でも良いやって思ってた。ごめんね」
「千夏だけじゃないよ。俺だって、ブランドに憧れる気持ちはあったし」
2人は、顔を見合わせてプッと笑った。
「年、取ったね」
図らずも、同じセリフを発していた。それを聞いてまた、2人で大笑いした。
◆
「こうやって見てみると、新築である必要ないかもな」
雅人の言葉に、千夏は思わず「え?」と、聞き返した。なんとなく、新築マンションのイメージだったからだ。
「さっき出なかったけど、千夏は新築が良いの?」
改めて尋ねられると、確かに、絶対に譲れない条件ではないと気づいた。
「中古物件も見てみようか。選択の範囲広がると思うんだよね」
そんなわけで、2人は中古物件もチェックし始めたのだ。
物件を探す二人。だが、雅人の不用意な一言で、再び険悪なムードに…?
根っこで繋がっている
物件を見ながら、2人は、子どもの教育方針や習い事、どうなってほしいかも話し始めた。
当然のことだが、意見が一致することもあれば異なることもある。これまでだったら、「もういい!」と投げ出していただろうに、今は2人で議論して決めている。
自立した2人の同居生活から、夫婦生活に変わった、そんな気がした。
「ここ、良さそうじゃない?」
パソコンをスクロールする手を止め、千夏はある物件を指差した。
「清澄白河か…」
駅から5分。広々とした部屋で、価格も想定の範囲内。都心へのアクセスも良い。
近くには、緑豊かな公園や庭園もあるし、意外と知られていないが、春には、満開の桜が楽しめるのだ。
見ればみるだけ、この物件が、運命のように思えてくる。直感的に、この物件が良いと思ったのだ。
だが、熱海の一件を反省した千夏は、冷静になってデメリットを探していく。
小さめのスーパーはあるが、大きなスーパーはないこと。大きな病院はあまりないこと…。
すると雅人が、「それぞれの物件について、メリット、デメリットを挙げてみようか」と、話しかけた。
再び、メモに書き込みを始めた2人。気になった物件について、思いつく限り書いていく。
そうしているうちに、雅人が「清澄白河、良いと思うんだよね」と、千夏も良いと思っていた物件のページを再び開いた。
「どの物件も素敵だけど、すごく惹かれたのは、清澄白河の物件なの」
雅人に告げると、雅人も「実はさ、俺もなんだ」と、笑った。一番心ときめいたものが同じ。
考えや価値観は違うけれど、なんというか、根っこの部分では繋がっているような気がした。
千夏は、このことがたまらなく嬉しくて、彼の方を見つめる。
「とりあえず、この物件見に行ってみない?」
「うん、行く!」
◆
その夜。
2人は、将来について思い思いに語り合った。
雅人は、自転車や逆上がりの練習を一緒にするんだと張り切っていて、千夏は、その情景を思い浮かべて微笑ましく思った。
夏になったらキャンプに行こう、秋は芋掘り…。家族みんなで楽しめるイベントを大切にしようと言う雅人に、良いパパになってくれそうと、ホッと胸をなでおろす。
育児に非協力的なのではないかと心配したこともあったが、それは杞憂だったようだ。雅人のことを疑って悪かったと思ったのもつかの間、次に彼が発した言葉に耳を疑った。
「復帰した後は、”時短勤務”にするんでしょ?
子育てと育児、それから家事の両立は大変だと思うし、ほどほどで良いよ」
「え?」
思わず聞き返した千夏に、雅人は「仕事はほどほどで良いから」と、繰り返した。
おそらく彼は、気を遣って言っているのだろう。育児に忙しくなる”母親”に対して、無理をするなと。
だが千夏は、違和感をぬぐえない。この意識こそが、間違っている気がした。親になるのは、雅人も同じこと。
当事者意識を持って、一緒にやってもらわなくては困るのだ。
「復帰した後は、“時短勤務”にするんでしょ?
子育てと仕事、それから家事の両立は大変だと思うし、ほどほどで良いよ」
-なんでこんなに他人事なの…?
こめかみがピクッと動く。さも、千夏が育児をするのが当然といったような言い方だ。
さっきまでの穏やかな空気から一転、彼の亭主関白っぽい物言いが気に障り、反論する。
「え?雅人にも保育園の送迎とかしてもらわないと困るよ?」
時短勤務にするかなどはさておき、働き続けようと思っている以上、夫の協力は必須だ。
「え、だって俺仕事忙しいし…」
予想外の反応だったのか、雅人は目を大きく見開いて、「まじかよ」という雰囲気を出してくる。
そんな姿に、千夏は心底失望した。が、ここで再び話し合わなければ自分たちは変われない。
そう思った千夏は、「育児のことについても、ちゃんと話そうよ」と、静かに切り出した。
これまでだったら声を荒げていただろう。だが、それでは何も解決しないと分かった今、きちんと向き合って話し合おうと思ったのだ。
「もちろん、母親がやらないといけない部分はあると思う。でも」
そこで言葉を区切った千夏は、目を瞑って大きく深呼吸した。
「父として、雅人にもきちんと協力してほしい」
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千夏の言葉に、雅人が予想外の反応を見せる…?