「もっと際どい写真も、撮りました」。過去のプライベート写真流出の危機に、迫られる究極の選択
誰もがインターネットやSNSで監視され、さらされてしまうこの時代。
特に有名人たちは、憧れの眼差しで注目される代わりに、些細な失敗でバッシングされ、その立場をほんの一瞬で失うこともある。
世間から「パーフェクトカップル」と呼ばれ、幸せに暮らしていた隼人と怜子。しかし結婚6年目、人気アナウンサーの夫・隼人が女の子と週刊誌に撮られてしまう。彼を陥れたのは、2人の悪意の偶然の連鎖の結果だった。夫のピンチが続く中、妻は番組での夫婦共演で夫を救うことに成功する。
「世間の目」に囚われ、「理想の夫婦」を演じ続ける「偽りのパーフェクトカップル」の行く末とは?
隼人:「香川さんは、大げさに騒ぎ立てる人ではない」
―なんで、こんなことに…。
怜子の事務所の社長室まで、強引に押しかけてきた男性が…香川さんが、社長に挨拶しているのを眺めながら、僕はまだ状況を把握できずにいた。
怜子に付き添い、何かがあったら対処できるようにと待機していた僕に、香川さんからの着信があったのが、30分ほど前。
あとでかけ直せばいい、と2度ほどその着信を無視したところで、ショートメールが入った。
『大至急お会いする必要があります。今どちらに?』
簡潔だが、急を要することはよく分かるその文章。だが、大至急は無理だし、香川さんに状況を説明するわけにもいかない。
少し迷った挙げ句、僕が今一人ではなく、さらに仕事をしているように思わせられれば、納得してくれるだろうと考え、こう返信した。
『今は妻の事務所にいますが、打ち合わせ中なので終わったらすぐに、ご連絡します。何かあったのでしょうか?』
とっさに上手いウソ…しかも、あの香川さんをごまかせそうなウソは思いつけず、居場所だけは、「本当の場所」を使ってしまった。
僕のメールに返信は来ず、しばらくすると今度は社長室の電話が鳴り、スタッフが「僕への来客」を知らせに来た。
緊急事態だとおっしゃっている、と伝えられ、僕は余程のことなのだろうと思い、香川さんを招きいれることにしたのだが。
社長と香川さんは元々顔見知りだったようで、社長は「香川くん」と呼び、懐かしそうに近況を尋ねようとしていた。だが、香川さんは挨拶もそこそこに、こう切り出した。
「堀河さんと2人でお話させて頂くために来たのですが…。この部屋をお借りしても?」
社長は、チラリと僕を見たが、やはり今は隣の部屋にいる怜子のことが気になったのだろう。微笑みを絶やさぬまま、香川さんに返事をする。
「あと数時間待てないかしら。今、怜子が会議室で取材を受けてるんだけど、それ終わりで、隼人くんもその編集者と打ち合わせすることになってるの。今度夫婦で出る雑誌の打ち合わせだから…」
「待てません。」
ウソをついて断ろうとした社長の話を遮る勢いで、香川さんは言い放った。
「突然押しかけた挙句、勝手なお願いなのは承知しています。どうしても無理、とおっしゃるなら、私は帰りますが…。」
言葉を止めた香川さんの視線が、社長から僕に移り、また社長に戻る。その射抜くような目の鋭さに、社長が怯むのが分かったのか、香川さんは少し微笑んでみせた。
「私が帰る、ということは、最悪の事態が起こる、ということですよ。…堀河夫妻にとって。」
夫婦の最大の危機。妻は過去の恋人に向き合い、夫の戦いも始まる。
―最悪の事態…。
その言葉の響きと、香川さんの凄みに、得体の知れない恐怖がこみ上げてくる。
香川さんは「大げさ」に騒ぎ立てる人ではない。
むしろ嫌味なほどのリアリストだ。その冷静すぎるほどの判断力で「最悪の事態が起こる」と予言するならば、おそらく、起こるのだろう。
僕は、半ば諦めたような気持ちで社長に言った。
「香川さんと2人きりにしてもらえませんか。何かあれば電話には出ますし、すぐに怜子のところに行きますから。いいですよね、香川さん。」
香川さんが無言で頷くと、社長はため息をつき、部屋を出て行った。
こうして、怜子が過去と戦っている、その隣の部屋で、僕は「最悪の事態」とやらに向き合うことになってしまった。
―もしかしてこの人には…。怜子が今誰と会っているのかということもバレているのだろうか。
そんなことを思っていると、目の前のソファーに座った香川さんは、自分の携帯を僕の方に差し出しながら、こう言った。
「そのメールをまずは読んで下さい。私の提案は2つあります。」
怜子:「聞きたいことは一気に溢れ出しそうなのに…」
6年前。ウエディングドレスを試着する日の約束を、智さんにすっぽかされた数日後。
話がある、と呼び出された智さんの家で、彼が泣きじゃくる女の子を抱きしめているところに遭遇してしまった。しかも。
―妊娠して…る?
彼女のお腹は大きく膨らんでいた。
予想もしていなかった光景に、声も出せず、動けず、立ち尽くしていた私に先に気がついたのは、彼ではなく、泣きじゃくっていた女の子だった。
どこかで見たことのある、華奢でかわいい女の子。涙に濡れた大きくて丸い瞳で、私に気がつくと慌てた様子で、智さんの腕の中から逃れた。
「…怜子。」
彼女の動きで私に気がついた智さんは、少し驚いていたけれど、取り乱す様子はなく、私を見つめる瞳は穏やかだった。
「怜子、ごめん。」
智さんは私にそういうと、お腹の大きな彼女に何かを囁いた。彼女は小さく頷くと、私の横を通りすぎ、彼の寝室のある方向へ歩いて行った。
すれ違いざま、小さく私に会釈した彼女と目を合わせた時、私は彼女が誰かを思い出した。
―智さんが、CMに使ったモデルの子だ。
たしか数カ月前に、どこかの現場で会った気がする。どこだったのか…記憶を探ろうとしていた時、智さんの声がした。
「怜子、座って。」
―あの子は誰?何で泣いてるの?何で抱きしめてたの?あのお腹は?
聞きたいことは一気に溢れ出しそうなのに、頭が混乱し、言葉にならないまま、私はソファーに向かって何とか歩く。
怖いほど赤い夕日が差し込む部屋は薄暗く、きっともうすぐ闇に包まれる。私たちはソファーに向かい合って座った。
怜子にトラウマを植え付けたのは…実はあの彼女だった!?
「…彼女の、お腹。…俺の子なんだ。」
ひどく現実味の無い言葉に聞こえた。この人は何を言ってるんだろう。この人は私と結婚する人のはずだ。
状況が理解できないまま返事もできずにいる私に、智さんは一方的に喋り続けた。
「俺、怜子のことは本当に愛してる。でも、俺の子を妊娠した彼女を捨てられない。ごめん、俺は怜子と結婚できない。ご両親にも俺が謝りに行くから…。」
―コノヒトハナニヲイッテルンダロウ…
初めて聞いた時はあんなに嬉しかった「愛している」という言葉が、ひどく陳腐に聞こえて、血の気が引いていく。
目の前が暗くなったのは、日が落ちたせいなのか、私の焦点が合わなくなったせいなのか。それすら判断できない。
喉元に吐き気がこみ上げ、混乱し、気を失いそうになる。
―気持ち悪い。
―ここから逃げ出したい。
彼は何かを喋り続けていたけれど、そのあとのことはよく覚えていない。気がついたら、彼の家を飛び出していた。
今思えば、私は二股をかけられ捨てられたのだから、怒り、泣き叫んで、彼を責めても良かったはずだった。
けれど、なぜか私にはそれができず…。涙の1滴さえ、出なかった。
悲しいのか、悔しいのか、怒りたいのか、分からなかった。
あの時、私の中の何かが…麻痺してしまったのかも知れない。
◆
結局、私は結婚式にまつわることを、全て自分でキャンセルした。
僕の責任だからと言っていた智さんから、連絡が数回来た。けれど私は怖くて、電話にも出ず、メールも消去した。
最悪だったのは、自分の未練、だ。着信があるたびに、彼に気持ちを残したままの自分に気がついてしまう。
―惨めすぎる。
そんな自分を断ち切るため、私は携帯の番号を変えた。
そして、仕事仲間にどう伝えるか、という問題も残っていた。すでに、雑誌では私の結婚式の特集が決まっていたし、そのページに穴をあけることにもなってしまう。
今となれば素直に、全てを告白すれば良かったとも思うけれど、あの時の私は、「捨てられた女」と思われたくない、これ以上惨めになりたくない、という思いで必死で、酔った勢いで隼人に結婚を持ちかけることになった。
隼人が夫になる、ということは、社長が雑誌社に話してくれたが、雑誌社にとっては、むしろプラス要素になったようだった。
「人気アナウンサーとトップモデル」の結婚式の独占取材権を手に入れた編集長には感謝され、誰も私が「かわいそうな女」だとは思っていなかっただろう。
祝福され、新たに結婚式の準備をする中で、私は自分の記憶に蓋をしようと必死だった。
―隼人と幸せになれる。
そう自分に言い聞かせることで、何とか智さんを忘れようと、未来へ進んでいたはずのあの日。
まだ初夏だというのに、真夏のような日差しの日だったことを覚えている。
仕事を終えてスタジオを出た瞬間、呼び止められた。
「怜子、さん…。」
か細い声に振り向くと、お腹の大きな女の子が立っていた。
智さんの子供がいる、大きなお腹。
―なんで彼女が。
「少し、お話できますか…。」
サイボークと呼ばれる敏腕マネージャー・香川からの思わぬ好意。隼人の決断は?
隼人:「際どく見える写真も、撮ったかもしれない…」
―ここまでするとは思わなかった。
香川さんに見せられた、さやかの告白記事の内容に、写真に、衝撃を受け、僕は初めて、さやかへの恐怖を感じた。
『あの記事が出た後、夫に離婚を切り出されたんです…。人妻Aさんは、そう涙ながらに、記者に語りはじめた。』
記事はそんな言葉から始まり…。
『結婚してからも隼人さんに会っていたのですか?と記者が質問すると、Aさんは目を伏せ、それは言えません、と呟いた。』
という箇所もあった。
否定も肯定もしなければ、「結婚後も会っていたんだ」と捉える読者も出てくるだろう。さらに。
『記事がでる前に怜子さんから電話があったのも、本当に怖くて…。」
怜子が電話をしたことまで、暴露している。
ーこれは…怜子のイメージダウンにもつながってしまう…。
「ご覧の通りこの女性は、だいぶあざとく、ずる賢い。彼女が次の行動を起こす前に、一刻も早い対処が必要です。堀河さん、正直に答えてください。ここに添付されている写真より際どいものを…彼女と撮った記憶はありますか?」
その言葉に、僕はイヤな記憶を…呼び起こす。
さやかにせがまれて、キスしている写真…際どく見える写真も、何枚か撮ったかもしれない。恥ずかしく思いながらもそれを香川さんに伝えると、滅多に表情を変えない香川さんの顔が険しくなった。
「若気の至りだとしても、その頃あなたは、すでにアナウンサーだったわけですから、迂闊すぎますね。まあそもそも、こんなに恐ろしい女性に引っかかって、結婚まで考えていたこと事態が理解に苦しみますが。」
返す言葉もないが…その口調で、僕はふと、気がついた。
「香川さん、もしかして…僕のために怒ってくれてます?そもそも、何でこの記事が出ることを僕に教えてくれるんですか?」
感情の読めない彼が、「僕のために」感情を高ぶらせてくれているように見えたからだ。
香川さんは、一瞬驚いたようにも見えたが、すぐに表情を戻して、言った。
「私は、こういう汚い手を使う人が、誰であれ許せないだけです。この手の暴露記事で、才能のあるタレントが潰されるのを散々見て来ましたから。」
ー潰される。
今、その危機が自分に迫っていることは分かっている。
「ご存知の通り、世論は基本、告発者寄りです。人気者の粗は喜んで探されてしまう。そして告発記事で一番強いのが写真です。世間は文字は信じなくても写真は信じてしまうものです。」
怜子を支えなければいけない今、また自分の問題が勃発してしまったことが申し訳なくなった。
「私がこの記事を買い取ったところで、おそらく彼女は別の出版社に持ち込んで、次の記事がでる。だから僕は、この記事が出た後に、あなたも全てを告白することをおすすすめしたい。できればご夫婦で。」
「全てを告白、って…?」
「あなたたち夫婦の結婚の、本当の経緯ですよ。2人がなぜ、結婚したのか。そして、その時橘さやかが、あなたに何をしたのか。反論記事を出すんです。」
―この人は、僕たちの結婚の経緯を、どこまで知っているのか。
おそらく驚きが顔にでた僕を気にも留めない様子で、香川さんが続ける。
「そうすれば、おそらく傷は最小限で済む。世間がどちらを信じるかは賭けですが、勝つためには、正直に答えることが大前提です。世間は矛盾に敏感ですから。ウソがバレると世の人達からの攻撃はひどくなりますよ。」
―ウソ、か…。
僕たち夫婦はインタビューの度に、『長い間親友同士だったけれど、一緒にいるうちに時間をかけてそれが恋愛に変わり、結婚した』と答えて来た。
今更、実は真実はこうでした、と発表したところで、一度ウソをついた僕たちを世間は信じてくれるだろうか。それに。
―怜子が、傷ついてしまう。
結婚の本当の経緯を話す、ということは僕はともかく、怜子のトラウマに触れることになる。今、隣の部屋で、傷を乗り越えようとしている彼女に、そんなことはさせられない。
「もう一つの案も…聞きますか?」
僕の沈黙をNOだと捉えたのか、香川さんがそう言い、僕は黙って頷いた。
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たとえ、全てを失っても…隼人は危険な選択をし、怜子も決断する!