仕事中、ちょっとしたミスを指摘されただけなのにイライラが募る。同僚が笑顔で受け流している上司の言葉にも、いちいち反応してしまう。「私って、寛容さが足りないなぁ……」なんて落ち込んでしまうこと、ありませんか?

ささいなことに怒ったり傷ついたりしない、おおらかな人になりたいと願う女性は多いはず。寛容力を高めるための心理スキルについて、『寛容力のコツ』(三笠書房)の著者である下園壮太(しもぞの・そうた)さんに話を聞きました。

メンタル・レスキューとは?

--下園さんは、現在メンタル・レスキュー(MR)協会の理事長を務めていらっしゃいますが、2015年まで自衛隊の心理教官をしていたそうですね。「心理教官」とは、どのようなことをする職業なのでしょうか。

下園壮太さん(以下、下園):自衛隊は、災害派遣などで悲惨な状況を目の当たりにすることもあります。たとえば、震災の現場で子どもの遺体を見たら、誰だってショックを受けます。だけど、「ショックを受けているから仕事ができない」と言うわけにはいきません。なので、任務を達成できるようにメンタル面のサポートを行うのです。そうしたサポートをする専門スタッフを育てるのが心理教官の仕事です。

--なるほど。その経験をもとに、今は一般の人に向けて、カウンセリング技術の普及に取り組んでいるんですね。でも、自衛隊と一般の人では遭遇する過酷さが全然違うような気もするのですが……。

下園:みなさん、人がうつ病になったり死にたくなったりするのは、難しい問題に直面したからだと思っている節があります。でも、それは誤解です。たとえば、嫁姑問題って、端から見れば小さないさかいであることが多い。でも、悩んでいる本人はすごく辛い思いをかかえているんです。

あるいは、震災が起こったときに、家族を失う人もいれば、ペットを失ったという人もいる。そんな時、実の家族を亡くした人より、ペットを失った人の方が深く落ち込んでしまうというケースもたくさんあります。

心の強さを「子ども」と「大人」で分ける

--仕事でも、ちょっとしたミスで落ち込んでしまう人もいるし、すごく大きな失敗をしたのに翌日にはカラッとしている人もいますね。

下園:第三者から見ると「そんな小さいことで悩まなくても」とか「もう少し広く考えてもいいんじゃない?」と思う問題でも、なかなか切り替えられない人は多い。僕のクライアントにも、自分に課したハードルを下げられずに悩み続けている人がよくいます。そうした人を見ていて、僕なりに考えて説明し始めたのが、「子どもの心の強さ」と「大人の心の強さ」という概念です。

--「子どもの心」と「大人の心」?

下園:「子どもの心の強さ」というのは、与えられた課題を全うする心の強さのことです。「まじめに生きなさい」と教えられて育った人たちは、弱さを見せないように頑張ります。でも見方を変えれば、ずっと同じ刺激に耐え続けているというのは、柔軟性がないという面もある。もっとやわらかく考えて、ルートを変更した方が、目的を達成できるかもしれませんよね。

--途中でルートを変えると、周りからは逃げたと思われることもありますよね。

下園:そういうリスクを乗り越えて、今の状況を諦めて別の道を選べることも、心の強さだと思うんです。状況に応じてルートを変更したり、自分で自分を励ましたりできる心の強さのことを、僕は「大人の心の強さ」と呼んでいます。

「子どもの心の強さ」は与えられた目標をこなす力、「大人の心の強さ」は自分で目標をつくりながら進んでいける力とも言い換えることもできますね。子どもの心をずっと鍛えていると、自分で正解を選ぶ力が衰えていきます。

いくら努力してもダメなことがあると知る

--そう考えると、努力すれば何とかなると思っているうちは、30代になってもまだ「子どもの心の強さ」しか持てていないということですね。

下園:今は、「子どもの心の強さ」でやっていけるように、世の中の環境が整っているんですよ。努力が報われやすいとも言えますね。でもたとえば、農村では、高校を卒業したら「大人の心の強さ」を持たないとやっていけません。いくらサボらずに頑張って畑仕事をしても、台風で農作物が全部ダメになってしまうこともあります。努力は必ず報われるものではないと知り、自然と折り合いをつけながら、生きていかないといけないんです。

--理不尽を知るということですか?

下園:その通りです。ちょっと努力をしたら報酬を得られるとか、そんなことじゃない。正解がないなかで「そろそろ稲はダメだからメロンを育てよう」とか、自分で判断しなきゃいけないんです。自分で判断したことがうまくいったという体験を積むと、自信が増すし、「大人の心の強さ」も鍛えられますよね。

不寛容のベースは「疲れ」

--確かに、会社などの組織では、転ばないように、はみ出さないように、レールを敷いてあげることも多いですね。

下園:一見すると寛容な社会になっているようにも感じますが、僕としては、世の中がずいぶん不寛容になっていると思うんですよ。いくつか理由がありますが、一つは世の中が便利になったことで、欲求を満たすためのハードルが高くなっているから。今は、自分の欲しいものをネットで注文すれば、すぐ手元に届く時代ですよね。そのスピードを、人間関係のなかでも要求しがちです。なかなか欲求の保留ができない。そうすると、自分が求めるリアクションを得られなかったときに、怒りが出てしまうんですね。もう一つの理由は、みんなが疲れを溜めているからです。

--著書の『寛容力のコツ』にも、何度も「疲れ」という言葉が出てきましたね。

下園:疲れこそが、不寛容のベースです。元気で余裕があるときはある程度相手に合わせられますが、疲れが溜まってくると、自分のペースを保つので精一杯になって人のことにかまっていられなくなってしまう。だからトラブルも多くなるんです。

次回は、「疲れ」と「不寛容」の相関関係についてお聞きします。

(取材・文:東谷好依、写真:青木勇太)