― 【ご報告】―

SNSやメールでたびたび見るこの言葉に、心がざわついた経験はないだろうか?

人生において、新たなステージに入った【ご報告】をする人。

受ける側は【ご報告】されることによって、相手との関係性を見直したり、自らの人生や現在地を振り返ることになるだろう。

この文字を目にした人は、誰もが違う明日を迎える。

これは【ご報告】からはじまるストーリー。

▶前回:「キャンプ場作りたいんだ」田舎で輝く彼を追いかけたら…。東京ライフに疲れた女が見た、男の末路




Vol.12 <ご報告:逝去しました>


「本番入りまーす。3…2…1…!」

作品の一番重要なシーン。

助監督の声で、スポットライトの中心にいる女優・芦川麻友は涙を流す。

「どうして…こんなことに」

真剣な演技を、周囲のスタッフは固唾をのんで見守っていた。

女優のマネージャー・花村志津香もその中のひとりだ。

― 麻友ちゃん、さすがの演技。丸一日セリフ合わせに付き合ってよかった。

志津香は、芸能プロダクションに勤める31歳のマネージャー。

若手演技派として今をときめく芦川麻友を無名時代から担当し、トップ女優に育て上げた。きめ細かいサポートでタレントからの信頼は厚く、事務所内ではエースマネージャーと呼ばれる存在にまでなっている。



「え…麻友ちゃん、恋人ができたってどういうこと?」

「うん。相手はお笑い芸人のTAKAYAさん」

「えっ…芸人さん?しかも、年下じゃない」

撮影終了後に二人で訪れた『焼肉の名門 天壇』の個室で、志津香は麻友からそんな報告を受けた。

「言っておくけど真剣だから。別れるつもりはないよ」

麻友の覚悟を決めたような瞳に、志津香は言葉をのみこんだ。

そして、しばしの沈黙ののち、麻友に告げる。

「大丈夫、反対しない。あなたのことだから、止めても逆効果だもん」

「ありがとう。志津香さんはさすがわかってる」

「でも、相手も演者となると、先方の事務所ともよく相談しないと……」

彼の所属事務所は、文化人や作家なども所属する大手のエージェント。

志津香は早速スマホでTAKAYAの事務所のホームページを開いた。

そして、次の瞬間。

サイトトップに掲示されていた報告に、思わず目を疑った。

『弊社所属の放送作家・山田秀哉の逝去に関するお知らせ』


思い出したくもない過去


志津香は明治大学を卒業後、新卒で今の会社に入社した。

入社したばかりの志津香は当時、理想と現実の狭間で苦しんでいた。

マネージャーの仕事の大変さを覚悟はしていたが、想像以上だったから。

こんなにキツく、自尊心を傷つけられる仕事だとは…。

現場になかなか慣れず、休みもほぼない状態。たとえあっても、タレントにスケジュールが入ってすぐに変更になってしまう。その上、罵声を浴びせられる日々。

入社3ヶ月で「退職」の二文字が頭をよぎったその時、救ってくれたのが、12歳年上の放送作家・山田秀哉だった。




彼は志津香がサブでついていたタレントの、ラジオ番組の担当だった。

現場でいつも虐げられている志津香を気に留めてくれていたようだ。

気さくに優しく接してくれるばかりか、罵声を浴びせるタレントをたしなめてもくれた。

― 本当に地獄に仏、って感じだったな。その時はね。

仕事相手だろうが何だろうが、関係なかった。

若さと無知の勢いで、燃え上がり、志津香から告白して、交際を開始した。

仕事関係者ということはもちろん、年齢差もあり、周囲からは反対された。

だが、誰の意見も聞き入れることもしなかった。止められても、逆に頑なになるほどに。




交際してからのしばらくは、幸せな時間だった。

どんなに忙しくても彼は、志津香が会いたいと言えば会いに来て、手料理も作ってくれた。誕生日は必ず食事に行き、クリスマスにはプレゼントを贈り合った。旅行も行った。

しかし──。

交際して4年が経ち、結婚を考えはじめたあたりからだろうか。

彼の態度が急変し、志津香をぞんざいに扱うようになっていったのだ。

約束はドタキャンが続き、久々に会っても暴言を投げかけられた。

当初は「仕事で切羽詰まっているのだろう」と大らかに受け止めていたが、そんな状態が半年以上も続いたあとに、突然、メールで報告を受けた。

『いい加減に別れてくれよ。俺、福田ゆうなと付き合うことにしたから』

その女性の名前は、志津香の所属事務所に所属していた若手アイドルである。山田は、彼女の番組も担当していた。

『嫌だ、別れたくない』

『しつこいよ。俺に二股させる気?』

以前の優しい姿が記憶にある志津香には、どうしても信じられなかった。思わず周囲に相談したが、反応は誰もが同じだった。

「やっぱりね」「だから言ったのに」「すぐに別れな」

納得はできなかったが、続くとそれが正しいように思えてきてしまうもの。しばらくして、別れを受け入れた。

以降は、彼を忘れるために仕事に没頭した。

別れを告げられる3ヶ月前、志津香は初めてタレントのチーフマネージャーに昇格したばかり。

自責の念を解消するにはちょうどいい忙しさに、溺れた。



― お墓参りに行こうかな。

今となっては思い出したくもない相手。

だが、亡くなったと聞くと途端に切なくなる。

彼との楽しい日々は、確かに存在していたのだから。


しかし、ひとりで行く勇気はどうしても出なかった。

志津香はある人物に声をかけることにした。

山田との別れのきっかけになった、福田ゆうなである。

彼女は現在、結婚を機に引退し、現在は1児の子持ち。

相手は山田ではない別の男性だ。彼女が山田と交際したという噂は全く耳に入らなかったので、短期間で別れたものだと推測している。

少々気が引ける部分はあるが、それ以上に、共有できる想いがあると感じたのだ。

志津香の誘いに、ゆうなはすぐに乗ってくれた。

「行きましょう。私も山田さんに大変お世話になったので、ご一緒させていただきたいです」

彼に対して他人行儀な返答が気になったが、その疑問は図らずもすぐに解決した。




「― どういうことですか。私山田さんと交際なんてしていないです!」

山田の地元に向かう車の中。志津香が運転する車の助手席に座ったゆうなは、驚きの声をあげた。

「え、嘘でしょ」

「志津香さんの勘違いじゃないですか?私、ぶっちゃけ当時から今の夫と交際してましたもん。山田さんとはお互いの病気のことで相談し合っていたくらいで…」

「病気?」

「通院していた病院が山田さんと同じだったんです。よく顔を合わせていましたよ」

ゆうなは芸能活動中、甲状腺の病気に悩まされていた。

それと同時期に山田は、消化器系のがんを患っていたのだという。聞けばそれは、4年以上前のことだった。

「そういえば、志津香さんの方こそ、山田さんと交際してましたよね。別れたのは病気がきっかけ、とかですか?」

ゆうなは、志津香が当然病気のことを知っているかのように尋ねる。知らなかった、とは言えなかった。

「ああ、うん…支えるのに、私が疲れちゃって。ダメだよね」

彼が病気を告知された時は、志津香がステップアップに向けて邁進して忙しかった時期と重なる。

自分に病気を告げなかった理由を考えると、その後の言葉に詰まった。

別れたのも、きっと…。

「…志津香さん?」

「ごめん、あの時のことを思い出しちゃって」

「志津香さんは悪くないですよ。当然です。私も病気の時は精神不安定で、振られても当然なくらい彼に八つ当たりとか、振り回していましたから」

あの時、周囲の言葉に折れず、自分の気持ちを貫いていれば───彼は、本当のことを告白してくれただろうか。

涙をこらえるのに必死で、志津香は、線香をあげに向かった彼の実家や墓地でのことはほとんど覚えていなかった。




断片的に思いだせるのは、笑顔の彼の遺影と、仏壇の前に並べられていた、ボロボロになるまで使い込んだMaison Margielaの財布だけ。

それは、志津香がいつかのクリスマスプレゼントにあげたものだった。



「え、妊娠した?」

「うん。3ヶ月。TAKAYAさんは結婚しようって言ってるけど」

翌朝。

志津香は撮影スタジオの楽屋で、麻友から衝撃の報告を受けた。

相手はもちろん、件の芸人である。

今後の仕事の段取りが頭をよぎったが、志津香が返す言葉はひとつだった。

「おめでとう。仕事のことは私が何とかするから」

どこか不安を帯びていたような麻友の表情は、すぐに明るくなった。

「ありがとう、志津香さん」

「誰が何て言おうと、自分の想いを信じて、幸せになって」

麻友の大きな瞳から、わっと涙が流れる。

志津香は麻友を優しく迎え入れると、その小さな肩を抱きしめながら彼女の幸せを心から願うのだった。

▶前回:「キャンプ場作りたいんだ」田舎で輝く彼を追いかけたら…。東京ライフに疲れた女が見た、男の末路

▶1話目はこちら:同期入社の男女が過ごした一度きりの熱い夜。いまだ友人同士ふたりが数年後に再び……

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