人間は「生まれながらに平等」である。

これは近代社会における、人権の根本的な考え方だ。

だが一方で”親ガチャ”が話題になっているように、人間は親や生まれる場所、育つ環境を選べない。

事実、親の年収が高いほど、子どもの学力が高いこともデータ(※)によって証明済みだ。

私たちは生きていくうえで、多くの「生まれながらに不平等」な場面に遭遇してしまう。

中流家庭出身の損保OL・若林楓(27)も、東京の婚活市場で、不平等さを数多く実感することに…。

(※)お茶の水女子大「保護者に対する調査の結果と学力等との関係の専門的な分析に関する調査研究」

▶前回:デート中、どれだけ褒めても否定ばかりするクリエイター男。眉をひそめる女に、男は突然…




「どうして私は、婚活がうまくいかないんだろう…」

そう言いつつも、本当は自分だってわかっている。人をジャッジしすぎていることに。

でも皮肉なことに、誰かに会えば会うほど目が肥えて理想が高くなっていくのだ。

― これじゃいけない。次こそは…!

そんな熱い思いを抱きながら、私は友達に誘ってもらった食事会へ顔を出すことにした。

そこで、私は出会ってしまったのだ。心臓が飛び出るかと思ったほど、ものすごくタイプなイケメンに。

彼の名は、田中潤くん。高身長かつ切れ長の目が美しい“塩顔系男子”なのに、筋肉質。年齢は28歳で、不動産関連の仕事をしているという。

潤くんはハマっている韓流ドラマの主人公に似ていて、私の心は激しく音を立てた。

― 絶対、この人と付き合いたい…!!

そんな強い思いのおかげか、彼とデートできる仲にまで発展することになる。でもそんな完璧なビジュアルを持つ男性が抱える、心の闇を見てしまったのだ。


外見がいいだけじゃ飯は食えない!?男のコンプレックスとは


外見がいい男。でも大人になるにつれ、理想とかけ離れていき…


潤くんとの初デート。私はいつになく気合が入っていた。

― 迂闊に「好き」とか言わないようにしよう。

きっと彼のことだから、そんな言葉など言われ慣れているはずだ。だからあえて、私は自分から言わない作戦に出ることにした。

そんな決意とともに向かった、待ち合わせ場所の東京ミッドタウン。スタバの前に立っていた彼は、そこだけ後光が差しているようで、前に会ったときよりも一層かっこよく見えた。

「お待たせしてごめんね」
「ううん。僕も今来たところだから」

なんだか話し方まで爽やかだ。初めて会った食事会では2人きりで話せなかったため、今日は実質初めて話すようなもの。

「忙しいのに来てくれてありがとう。潤くんは、この界隈とかよく来るの?」
「あんまり来ないかなぁ。食事の約束があれば来るけど、最近あまり飲んでないから。楓ちゃんは?」
「私も同じような感じだよ」

そんなことを話しながらお店に入るのかと思いきや、気づけば私たちは檜町公園のほうに出ていた。




間違えてヒールで来てしまったため、少しだけ脚が痛くなる。

「潤くん、どこかカフェでも入る?」
「そうだね。そうしようか。どこか空いてるかな…」

結局私たちは、近くの『512 カフェ&グリル』でお茶をすることになった。

「今日この後、潤くんは予定あり?」

待ち合わせの時間は、なぜか17時指定だった。食事に行くには少し早い、微妙な時間である。

「ううん、何もないよ。楓ちゃんは?」
「私もないよ」
「じゃあご飯でも食べる?」

― ん?今からお店の予約を取るってことかな?

てっきりこのままどこか食事へ行くと思っていたので、潤くんの行動に少し驚く。だけど今日は初デートだったし、向こうも探り探りだったのかもしれない。

「…潤くんって、マイペースな人?」
「え、そうかな?そんなことないと思うよ〜」
「はは。そうだよね」

微妙に噛み合わない会話。気まずい間。耐えきれず、私は盛り上げるために色々と話を振ることにした。

「潤くんって、どういう女性が好きなの?」

単刀直入すぎたかもしれないと思ったが、後の祭りだ。でもこの回答に、彼のすべてが詰まっている気がした。

「うーん。簡単に僕のこと“好き”って言わない人かな」
「えっ?」
「僕に好きって言ってくれるのは嬉しいんだけど、何が好きなんだろうって思うんだよね。外見とか肩書きとか?そういうので寄ってくる女性が、本当に苦手で」

今までデートしてきた男性たちのなかには、どちらかというと自分の肩書きを誇示してきた人もいる。

むしろそれで勝負しているフシもあった。

だが潤くんは、彼らとは真逆の立場にいる。でもよくよく話を聞いてみると、彼が抱えるコンプレックスが垣間見えてきたのだ。


顔はいいのに、なぜか自信なさげな男。…その理由とは?


肩書きだけで判断されたくない男


― グイグイ攻めなくてよかったぁ。

心底そう思いながら私たちはカフェを出て、再び赤坂の街を歩きだした。途中、空いていそうなイタリアンを見つけて入る。

「ねえ、さっきの話だけどさ。なんで、自分のこと好きって言ってくれる人が嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ!でも、そういう薄っぺらい人たちが信用できないんだよね。昔から外見だけ見て判断されることが多くてさ」

何も言えず、私は黙ってピザを食べる。イケメンならではの悩みだなと思った。一般人はその顔と体型に、逆立ちしてもなれないのに。

でもそれを、あえてアピールポイントにしない潤くんの心理もよくわからない。私だったら最大の武器にしそうなのに。

「僕さ。大学があんまりいいところじゃなくて」

急な話題に、私は目を丸くする。

「そ、そうなんだ。どこなの?って聞いてもいいのかな」
「MARCH系だよ」
「え!?私もだよ」

自分の大学が出てくると思わなかったので、思わず大きな声が出てしまった。しかもそれを言った途端に、彼の表情が急にパァッと明るくなったのだ。

「本当に?そっか、よかった!なーんだ、一緒か」

― なーんだ、って…。

最後の一言が微妙に気になるが、そんな私の顔色なんて気に留めない様子で、潤くんは急に饒舌になる。

「ほら。僕たちって結局、早慶には勝てないでしょ?」

早慶がすごいことは重々承知だけれども、勝ち負けをあまり考えたことはなかった。

「早慶にいってたらもっとよかったのになぁって思うことが、何度もあるんだよね。まぁ受験に失敗したんだけどさ。結局、今の会社だって大きいところではないし…」

実はこのデートの最初から、気になっていたことがある。

潤くんと、一度も目が合わなかったのだ。

「結局、大学って大事じゃん。入れる会社は大学で決まって、仕事で人生は決まるし…。どんなに外見がよくても、稼いでないと男としてダメでしょ」

最初は照れているのかなと思った。私に興味がないのかな、とも。だが、話していくうちに気がついたのだ。

彼は自分に自信がない、ということに。




こんなにもかっこよくて優しくて、素敵な潤くん。だけど自分の根っこの部分で自信がない。…悪く言えば学歴コンプレックスがあるため、どこか落ち着かない。

たぶんそれは、学生時代はずっとモテてきたけれど、社会人になって「お金持ちの男がモテる」と知ったときに感じた絶望感もあるのかもしれない。

「でも、今が楽しければそれでいいんじゃないかなぁ」

私や周りの友人たちは、それなりに楽しく暮らしている。大成功を収めている同級生もいる。

だが潤くんは、違うようだ。

「でもやっぱり、三田会とか強くない?同じ大学っていうだけで、先輩やクライアントから気に入られたりすることもあるから。ズルいよね、彼らの結束力は」

段々と面倒になってきた。今のご時世、別に学歴がすべてではない。だが潤くんは、受験の失敗にずっと囚われているように見える。

「私もMARCHだけど、最高の大学だったよ!」

思わず強気で言い返す自分がいた。私は自分の出身校に誇りを持っているし、当時出会った友人たちは大切な宝物だと思っている。

「そう思える楓ちゃんって、幸せ者だね」

もちろんこのデートは盛り上がりもせず、すぐ解散となった。

潤くんと出会って、私は学んだことがある。ここ最近、自分の中途半端な育ちを思い知らされて嘆くことが多かったけれど、そうじゃない。

気の持ちようで、どうにでもなるのだ。

自分が今、幸せだと思ったならば幸せだし、過去の選択も間違っていなかったと思えばいい。

そのために、今をしっかり生きよう。私の人生は最高だと、自分で褒めてあげよう。

そう再認識した。

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