「セレブ婚で、自分より格上になった友人が許せない」嫉妬に狂う専業主婦は、低収入な夫に向かって…。
20代後半から30代にかけて訪れる、クオーターライフ・クライシス(通称:QLC)。
これは人生について思い悩み、若さだけが手の隙間からこぼれ落ちていくような感覚をおぼえて、焦りを感じる時期のことだ。
ちょうどその世代に該当し、バブルも知らず「失われた30年」と呼ばれる平成に生まれた、27歳の女3人。
結婚や仕事に悩み、揺れ動く彼女たちが見つめる“人生”とは…?
▶前回:交際4年でも結婚できず、仕事にも夢中になれない女。起業した元同期の男と2人きりで食事した結果…
結婚して幸せだったはずの女・遥(27)の場合
「翼くん、行ってらっしゃい」
「はーい!行ってきます」
月曜8時。夫の朝食を準備し、送り出すところから私の1日は始まる。
翼を見送った後は掃除機をかけて、洗濯機を回す。そしてのんびりと洗い物をしながらテレビを見たり、気が向いたらSNSを更新したり…。
自分が働いていたときとは比べものにならないほど、私の1日はのんびりと時間が過ぎていく。
大学時代から付き合っていた翼と結婚して、もうすぐ1年半になる。結婚は友人や知人の中でもダントツに早かった。
日系メーカー勤務の夫の給料はそこまで高くないかもしれない。でも家賃補助もあるので、江東区にある18万のマンションにも無理なく住めている。
「うん、私は幸せ」
これまで、何度もそう自分に言い聞かせてきた。それなのに最近、周囲にも結婚する人が出てきて、ふと気がついてしまったのだ。
「あれ?うちって、そんなにいい暮らしじゃないのかな…」
夫の稼ぎがよくないと知ったとき…。焦ると同時に心が渇いた専業主婦の女
隣のあの子は、いい暮らしをしているのに…
専業主婦は暇だと思われがちだけれど、意外と忙しい。今日も昼から、友人とお茶をする約束があった。
「真依ちゃん、結婚おめでとう!」
今日は、友人の結婚祝い。待ち合わせした表参道のカフェの中、本日の主役である真依ちゃんは可愛くて目立っていて、横にいる私は少しだけ鼻高々になった。
「ありがとう〜。遥ちゃんみたいな、素敵な家庭を築けるように頑張ります」
用意したお花を渡すと、嬉しそうに微笑んでくれた。そんな彼女の左手の薬指には、まばゆいほど大きなダイヤが輝いている。
― わあ、まぶしいな…。
「婚約指輪、素敵だね」
「そう?ありがとう!こんな大きいダイヤ、いらないよって言ったんだけど…。夫が『真依にはこれくらいが似合う』って言ってくれて」
幸せなオーラが溢れている真依ちゃん。彼の話をするたびに嬉しそうな顔をするので、本当に好きなんだろう。
「いいな〜、幸せそうで」
「何言ってるのよ。遥ちゃんだって、幸せでしょ」
「…ふふ。そうだね」
でも、どうしてだろう。
友達の結婚は嬉しいはずなのに、さっきからなぜか胸が苦しい。そして私は無意識のうちに、自分の左手薬指を隠すように右手を重ねていた。
あまりにも、真依ちゃんの指輪と格が違ったから…。
「遥ちゃんって、今はどこに住んでるんだっけ?」
ただ普通の質問のはずなのに、なぜだか胸がチクリとする。
「今は江東区に住んでるよ。真依ちゃんの新居はどちら?」
「私は紀尾井町なの」
「す、素敵なところだね」
「夫が元々、番町出身で。ご実家も近いし、便利なんだよね」
やっぱり、胸がザワザワする。ついこの前まで「私は幸せで満たされている生活を送っている」と信じて疑わなかった。
誰よりも早く結婚し、手に入れた安泰な生活。
大手日系メーカーは潰れることもないだろうし、福利厚生も手厚い。翼といれば、とりあえず老後も安心だ。
そう思っていたはずなのに、最近は友人たちの結婚相手や暮らしぶりについて聞くたびに、心がヒリッとする。
そもそも結婚する前まで、真依ちゃんはこんなにセレブな感じではなかった。東京の下町出身で、実家暮らし。服装もどちらかというと地味で、ブランド物なんて持っているようなキャラではなかったはず…。
「披露宴する予定だから、来てね」
「う、うん!もちろんだよ」
そう言って笑顔で解散したものの「ご祝儀を出さないといけないのか…」と、とっさに思ってしまった。
「でも私だって、幸せだから大丈夫」
東西線に揺られて帰宅しながら、私は何度も自分にそう言い聞かせていた。
結婚して、自分より格上になった友人が許せない…。そんな遥が取った行動とは
そのまま帰り際にスーパーへ行き、のんびりと夕飯の用意をしていたら、あっという間に夜になっていた。
翼が帰ってきたので、手作りのご飯をテーブルの上に並べながら写真を撮ろうかとも思ったけれど、私はそっとスマホを置いた。
フォロワー数386人の鍵アカウント。
たまに料理をアップすることもあるけれど、今日の手料理には華がないし、投稿したところで“いいね”はあまり貰えなさそうだと思ったから。
「今日は何してたの?楽しかった?」
「真依ちゃんの結婚祝いで、お茶してきたんだ。すっごい豪華な指輪で、ダイヤが大きかった」
「へ〜。そうなんだ、すごいね」
夕飯を食べながら、翼に今日あったことを報告してみる。でも彼は、他人の指輪のダイヤの大きさなんて全く興味がないようだ。
「真依ちゃんって、何の友達だったっけ?」
「大学時代の友達だよ。覚えてない?」
「うーん。いたような、いなかったような…」
翼は誕生日が2月なので、まだ26歳だ。大学時代から、ずっと一緒の翼。大好きな人と結婚できて幸せでしかないはずなのに、どうしてここ最近、彼のアラばかりが目についてしまうのだろうか。
「ねぇ翼くん。仕事、楽しい?」
「どうした、急に。うん楽しいよ。大変なこともたくさんあるけど」
「そうなんだ…。ずっと、今の会社にいるの?」
この一言は、余計だったかもしれない。
彼も一瞬だけ驚いた顔をしたけれど、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
「うん、一応そのつもりだけど?会社から切られない限りね(笑)」
「そっか…」
この先、どれくらい年収が上がるのだろう。きっと私たちは港区のタワマンにも住めないし、ましてや番町になんて住めないと思う。
このまま子どもが産まれて部屋数がもっと必要になったとしたら、引っ越し先はきっと郊外だ。小学校も公立だろうし、華やかな港区ママにはなれないと思う。
最高に幸せだと思っていた。
でもそれが、とっても狭い世界の話だと、どうして私は気がついてしまったのだろうか。
食事を終え、洗い物をしながらふと顔を上げると、ベランダの向こうにあるタワマンの明かりが目に入る。
「この先一生、大きく変わることのない生活…。ずっと、この狭い箱の中で生きていくのかな」
27歳、贅沢は言わない。
ただ、ほんの少し。あともう少しだけ、いい暮らしがしたいと望むのは贅沢なのだろうか。
急に絶望感に襲われたことに気がつき、目の前にあるはずの幸せが曇って見えた。
▶前回:交際4年でも結婚できず、仕事にも夢中になれない女。起業した元同期の男と2人きりで食事した結果…
▶1話目はこちら:26歳女が、年収700万でも満足できなかったワケ
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結婚しなくてもいい時代。でも...