「奥様には内緒で…」28歳ハウスキーパーの誘い。妻の留守中に、夫がとった行動とは
誰もが憧れる「理想の夫婦」など、本当に存在するのだろうか。
雑誌から抜け出したかのような、美男美女。
豪邸に住み、家事や子育てはプロであるハウスキーパーに任せ、夫婦だけのプライベートタイムを満喫する。
そんな理想の夫婦のカタチを追求し、実現させているふたりがいる。
世間は、華やかな暮らしを送るふたりを「プロ夫婦」と形容し、羨望のまなざしを送っている。
法律上の契約を不要と語り、「事実婚」というスタイルをとる、ふたりの行く末とは?
カメラマンの慎一と、会社経営者の美加は、事実婚のカップル。『互いに自立し高めあう新しい夫婦』として自己プロデュースに励む日々だが、ある日、慎一の元にハウスキーパーの里実から怪しいメールがあり…。
▶前回:「今日も綺麗なボクの相方」熱愛をアピールするインフルエンサー夫婦。だが、その裏では…
Vol.2 ハウスキーパー里実の存在
代々木公園からほど近い、低層マンションのペントハウス。
慎一と美加が住むこの家には、週3日来てくれるハウスキーパーの江間里実がいる。
家の中のことは、すべて里実がこなす。掃除はもちろん、洗濯や買い物、食事の作り置きに至るまで。
2年ほど前からこの家で働く彼女はまだ28歳だが、この道に入って既に10年近く経つというベテランだ。
「高校を中退して、人並みの能力といったら家事しかないので…」
顔合わせのときの、里実のセリフだ。
パサパサした黒髪に、ほぼすっぴんの肌、処理しきれていない鼻下の産毛。年齢の割に皺が目立ち、手荒れもし放題。爪もネイルアートとは無縁の短さに切ってある。
加えて、おどおどした態度に、コミュニケーション能力が低そうな雰囲気を感じ、思わず慎一はたじろいだ。
今までの人生で、関わったことがないタイプの女性だったからだ。
「写真に収めたとしても一切“映えない”女だ」と、慎一は思った。
しかし、美加は彼女に対して違う印象を持った。
「見た?あれは毎日家事をする人の手よ」
美加は、里実との顔合わせをしたその晩、ドレッサーの前でドゥ・ラ・メールのハンドクリームで丁寧に自身の指先をケアしながら語った。
さすが、企業経営者として何人もの人材を見てきた美加。
その眼力の通り、里実は我が家に入るなり、時間内ですべての家事を完璧にこなし、即戦力として能力を発揮する。
コミュニケーションに難ありと思いきや、アニメに造詣が深い彼女に、小学低学年の娘・華もすぐになついた。
慎一とも次第に打ち解け、日常会話ができる関係になっていた。
プロのハウスキーパーとして、欠かせない空気のような存在の彼女。
だが最近、彼女の態度が明らかに変化しているのを、慎一は感じている。
「し、慎一さん…来週火曜日、おうちでお仕事なら、外に食べに連れて行ってくれませんか?ふたりきりで」
「は?」
先日美加といるときに突然届いたLINEには『慎一さんに話がある』ということが書かれていた。
その日、妻と自宅に戻ったときは、里実からは何もなかった。しかし、後日家で1人で仕事をしているときに、彼女が突然ランチに誘ってきたのだ。
彼女の顔は赤く、手は震えている――。
その申し出が特別なものであることを物語っている。
― やはり、これって、まさか…。
最近、変化した態度。
仕事が終わったら帰ってもいいという取り決めにもかかわらず、慎一の帰宅まで待っていたり、在宅仕事の際はよく話しかけてきたりランチも一緒に食卓でとろうとする。
些細なことだが、距離感を詰めようとしている雰囲気が少々あった。
「ねぇ、どうですか?」
ねっとりと回答をせかす彼女の目を初めてまじまじと見た。長い前髪の隙間には、潤んだ瞳が覗く。
にわかに色気を感じてしまったのは、気のせいか…。
「あ、いや…、その日は11時からオンラインミーティングがあるから」
「終わってからでもかまいません。美加さんがこの前行かれていたイタリアンに慎一さんとどうしても行きたいんです」
拍子抜けした。
単純に、“憧れの美加の行っていた店に行きたかった”という理由だったのか。
― なんだ。ちょっと気構えちゃったよ。
肩透かし感はあったが、おかげで慎一は我を取り戻すことができた。
「ごめん、ミーティングの終わりの時間、見えないから。それに、久々に里実さんの手作りジャージャー麵が食べたいなと思っているんだ。あれ、大好きなんだ」
「え!ホントに…?じゃあ、がんばります」
「ああ、また今度ね」
「その言葉、絶対に忘れませんから!」
慎一の手をぎゅっと握り、里実は軽い足取りで部屋を出て行った。
ガサガサの手の感触が妙に印象に残る。
その無邪気な喜びようは、慎一をさらにモヤモヤさせてしまうのだった。
◆
「― 慎ちゃん、ボーっとしてないでなんか言ってよ」
「ああ、でも、キレイとしか言いようがなくて」
週末。
南青山のドレスサロンで、慎一は美加に見惚れていた。
コロナ禍で、ずっと結婚式を延期していたふたり。
この日は、娘の華が最近仕立てたワンピースと、既に購入している美加のドレスとの相性を見るために、サロンにやって来たのだ。
彼の目の前には、妖精のようなシフォンチュールのワンピースを着た華がいる。
くるりと回ってポーズを決める華は、さすが美加の娘。あどけなさはあるが、洗練された可愛らしさは母親譲りである。
よく、SNSで母親は美しいのに子どもは目鼻立ちが小さくのっぺりとして、色々疑わしい位に容貌のギャップのある親子を見かけることがある。
だが美加と華は、この世のものとは思えない美しさがあり、よく似ている。
「さすが華ね。自然と私のヴェラ・ウォンのドレスに合うようなものを選んでいる」
慎一は、にっこり笑う美加の手を取る。シワもほとんどないきめ細やかな肌触りと、ハリー・ウィンストンの指輪が光る細い指。まるで芸術品のよう。
その造形美に、手にしていたカメラを思わず向ける。
さっそく、彼女たちの着替えを待つ間、『今日も綺麗なボクの相方』としてSNSにアップした。
ドレスの写真はシルエットのみ。全貌は式までのお楽しみだ。
だが、すぐについた1番目のコメントに、慎一は目を見張った。
― あれ?このアカウント…。
『さすがハリーに選ばれているって感じの指先ですね。家事でシワだらけの私には遠い世界〜』
アカウント名は、里実の名前を匂わせるようなものだった。
「どうしたの?」
昼食に訪れた『フィオレンティーナ』で、食事の間もスマホを眺めながら硬い表情をしている慎一を、美加は心配そうに覗いた。
「いや…スマホで撮影した君のドレス姿に見とれていただけ」
「私は目の前にいるのに」
「実際見ると照れちゃうから」
「もーお」
そんなふたりの様子から目を逸らし、呆れた表情でジュースを飲んでいる華。
だが、大好物であるボロネーゼのパスタが運ばれてくると、食いしん坊の彼女の目は輝き「いただきます」とすぐに飛びついた。
そのほほえましい様子をにっこりと眺めながらも、美加は小声で慎一につぶやいた。
「…慎一さん、無理しなくていいのよ」
「無理?」
「私、わがままばかりで。結婚式もすべて、何から何まで私の希望に合わせてもらっているなぁ…って思って」
美加は長いまつ毛を伏せ、表情を曇らせた。美加がそんなことを心の中に抱えているとは全く意識していなかった。
「言い訳だけど、前の時は、何もできなかったから」
実は彼女、結婚は二度目だが、式を挙げるのは初めてなのだ。
最初の結婚は授かり婚の上に、元夫から「自己満足の象徴、忙しい間を縫ってやるものでもない」と否定されていたのだという。
「慎一さんは、私の夢をなんでも叶えてくれる王子様みたいな人。だから私、つい甘えちゃうのよ」
「いいんだよ。我慢しないのが僕らの決まりごとのひとつだし」
「じゃあ、あなたも遠慮なく言ってね。お互い幸せなのが一番だから」
慎一の幸せは、美加の幸せな顔をみること。
美加の願いなら、どんなわがままでも寄り添ってあげたいと思う。
それによって美加も慎一も気持ちよく日々過ごせる。
これこそが、まさに慎一が提唱する“ネオ・シナジー婚”。
彼女は、本当に自分の良き理解者であると改めて感じる。
マルゲリータピッツァを手に取り、オイルがついた指を、ぺろりと舐める彼女。
そんな美加の指先を見つめながら、慎一は、やはり彼女のような美しい手を持つ女性が、自分にはふさわしいと実感する。
身の程をわきまえず、自分にアプローチをするささくれと皺だらけの手を持つ女。
天秤にかけること自体、美加に対して失礼だ。
そう思いながらも、「なぜ里実は、自分に近づいてくるのか?」という疑問を慎一は抱いていた。
目の前に、愛するわが妻と娘がいるにもかかわらず、里実のことが頭に浮かぶ自分が、慎一は許せなかった。
そんな心情を覗き見たかのように、里実からLINEが突然届く。
『コメント見てくれましたか』
たった一言。それだけ。
タイミングはもちろんのこと、件のコメントとのメッセージのテンションのギャップに、慎一は思わずぞっとしてしまうのだった。
▶前回:「今日も綺麗なボクの相方」熱愛をアピールするインフルエンサー夫婦。だが、その裏では…
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盛大な結婚披露宴を行う慎一と美加。だが、それに対し批判の声が…