◆これまでのあらすじ

夫婦関係に悩む元同級生の、医師の陸、外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。

陸は過去の浮気を杏に告白。杏から「顔も見たくないから出ていって」と言われ、家を出ることに…。

▶前回:残業後、タクシーで帰宅しようとしたら乗り場に思わぬ女性がいて…。男が胸にしまっていた隠し事とは




佐々木家/陸の人生の岐路


「陸くん、診察が終わったら理事長室に来なさい」

妻・杏の父が経営する病院で働く陸は、突然義父に呼ばれた。

陸が杏に過去の過ちを告白したあと、家を出てから1週間後のことだった。

― 僕の浮気のことが耳に入ったんだろうな。きっと怒られる…。

想像しただけで、陸は足が震えた。

陸は正直、義父のことが苦手だ。威圧的で厳しく、そして患者よりも経営や金のことにしか興味がないように見える。

「失礼します…」

恐る恐る理事長室のドアを開けると、眼鏡を下にずらして険しい表情で書類を見ていた義父が、奥のデスクに座っている。

彼は、陸の方を見ずに「あぁ」とだけ返事した。何の言葉もなく書類から目を離さない。5分ほど経つと、「そこに座りなさい」とやっとソファへ誘導する。

「なぜ呼ばれたか、わかっているね?」

「あ、えっと…」

歯切れの悪い陸の態度に、義父は「ふぅ」とため息をつく。

「君たち、今、別居しているそうじゃないか。この間も体調不良で欠勤したって聞いてるよ。君も医者なんだから、もっとしっかりしなさい」

小さく身を丸め、「はい」としか言えない陸に義父は続ける。

「まあ、何があったか知らんが、早いところ仲直りしなさい。杏は頑固で自分から謝れないタイプだから、君から折れてやらないと。将来病院の経営側に回る身なんだから、もっと賢くなりなさい」

義父が言い終える前に、陸は思わず席をたちソファの横で土下座した。

「申し訳ありません!…実は別居の原因は、僕です。僕が過去に一度、浮気をしてしまいました。そのせいで、杏さんを怒らせてしまいました」

「………」

無言のまま1ミリも動かない義父が怖くて仕方がなかったが、陸にはどんな批判も受け入れる覚悟はあった。


「やめなさい、みっともない…」

「え…」

「そんなことくらいで、馬鹿らしい。妻1人コントロールできない人間が、将来病院経営なんてできると思うか?世の中、アホみたいな患者や家族もいっぱいいる。

クレーマーの彼らが病院を訴えるだのなんだの言ってきたとき、どう対処するんだ?もっと賢くなりなさい」




地面に正座していた陸は、義父の言葉に絶句した。彼は自分たち夫婦のことなんてまったく気にしていない。結局、病院経営がすべてなのだ。

― この人とはきっと、一生わかり合えないんだな…。

陸は背を正し、正座したまま言った。

「あの…理事長。私はこの病院を継ごうとは、考えていません」

「…何を言って…」

「私は、そんなつもりで杏さんと結婚したわけじゃないですし、そんなつもりで患者さんたちと向き合ってきたわけじゃありません」

驚いた顔をする理事長を無視し、陸は「もうすぐ診察が始まりますので、失礼します」と深々と頭を下げ、退出した。


小野家/幸弘の懺悔


― もう、午後7時半。そろそろ家に帰らないと。

事務所にいた幸弘は、いつもより大分早く帰路についた。

2週間ほど前、家族で幸弘の父の誕生日会をした。

そこで琴子と幸弘は少しだけ本音を語り合うことができ、関係も良くなっていた。

だが、幸弘にはずっと心にしこりがあり、琴子に心を開くことができていない。本当の意味で前に進むために、幸弘は琴子に打ち明けなければならないことがあった。

すれ違いばかりの2人にとって、夫婦であっても時間を合わせるのが難しい。やっと今日、話し合いの時間が取れることになったのだ。

午後8時、帰宅すると、琴子がリビングで緊張した様子で座っている。

幸弘はスーツを脱ぐと、早速本題を切り出すことにした。

「琴子とこの間、話すことができただろう?俺、あれがすごく嬉しかったんだ」

「私もやっと幸弘の気持ちが聞けて、これからもっと夫婦として深く関係を築きたいって思った」

「…俺もそう思った。ただ、ずっと隠してたことがある」

幸弘は一瞬言葉を詰まらせると、テーブルにつくほど深く頭を下げた。

「すまない。俺、君を裏切った」

「裏切る…?」

「他の女性に会っていた」

「え?」

突然の告白に、琴子は理解が追いついていないのかしばらくの間言葉を失う。

「それって…浮気ってこと?」

「…ああ」

「待って、いつから?体の関係があったってこと?ずっと、今もなの??」

「体の関係は、酔って一度…」

琴子の顔がどんどんと青ざめ、今にも崩れ落ちそうに見える。

「何…言ってるの、冗談?なんでわざわざ言うのよ…知りたくなかった。聞きたくなかった!」

「本当に悪かった…。俺、どうかしてたよ。琴子が大事だって今さら気がついたら、裏切った事実を隠しながら君に笑いかけることが、どうしてもできなかった…」

琴子の目から涙がボロボロとこぼれ落ちる。




お互いに両親のために、形だけ完璧な夫婦を装っているのだと思っていた幸弘。

けれど泣いている琴子を見て、そんなことはなかったのだと理解し、幸弘は申し訳なさからもう一度頭を下げた。

「僕のことを嫌いになっても仕方ないし、どんなこともすべて受け入れる。離婚したければ全財産を支払う。君の両親にも、謝りに行くつもりだ。君を傷つけて、本当にごめん…」

幸弘の声が、震える。

「どうしてよ…?いつ、誰となの…?」

「…2ヶ月ほど前。仕事で知り合ったカウンセラーの女性と」

幸弘は、これまでの思いを語り出した。


今から約2年前。

「ねえ、幸弘。いつかやっぱり子どもを持ちたいよね」




親同士が勝手に進めた政略結婚のようなものだったが、幸弘と琴子は意外とうまくいっていた。

人を心から好きになったことがなかった幸弘だったが、結婚して半年、琴子のことを本気で好きになり始めていた。

おしとやかに見えて実は芯が強く、気分の浮き沈みもなくメンタルが安定している琴子といると、幸弘も穏やかで明るい気持ちになれる。

そんな時だった、琴子が他の男性と会っているのを知ったのは。

ホテルのラウンジで、琴子が他の男性に肩を抱かれているのを偶然見てしまったのだ。

本人に直接聞けず、大学の旧友にそれとなく探りを入れたところ、相手は琴子の元彼だとわかった。

― 琴子だって、親に言われて仕方なく俺と結婚しただけなんだろう。でもだったら、本音を言ってくれていれば、お互いに苦しまずに済んだのに…。

その日から、どうしても琴子を抱くことができなくなり、あっというまにレスのまま2年ほど過ぎた。

「小野さんって、家柄が良くて仕事もできて素敵な奥さんまでいて、完璧だよね」

そんなふうに言われる度に、幸弘は辛かった。

政治家の祖父に、官僚の父。そして自分は弁護士で、親が決めた東大卒の才色兼備の相手と結婚。

完璧に見えるような彼の人生は、いびつな形の石を積み上げてなんとかバランスを保っている。見た目だけは立派な城だが、いつ倒れてもおかしくないほどバランスが悪い。

しくじれば、すべてが壊れてしまう恐怖にずっと怯えていた。

だから、弁護士としての仕事だけは頑張ってきた。上司や顧客との信頼関係も築き、事務所にも認められていると思っていた時だった。

「ここの代表、確か君のお父さんの知り合いだったよね?今回の契約が取れれば、君を引っ張り上げやすいんだけどね」

上司に言われたとき、幸弘は父に頼まずに自分の力でなんとかしようと考えていた。

だが気がつけば、すでに代表と父の間で話が進んでいた。

父の見返りは仲介料と幸弘を出世させること。

でも、幸弘を想ってのことではない。出世させておけば、コマの一部として何かと便利だからだ。

自分の評価までも親ありきで、けれどそれに反発できない自分が情けなく、悔しかった。

自分の人生に絶望しながらも、そんな崩れそうな城をこれからも守り続けなければいけないプレッシャーに、頭がおかしくなりそうだった。

そんな時、知人に紹介されたのが心理カウンセラーの女性だ。

「彼女、独立して開業する予定なんだけど、相談に乗ってやってくれないか?」

大して金にもならない面倒な話だったが、彼女の職業を聞いて、なんとなく引き受けてしまった。

「お礼に、無料でカウンセリングしますよ」

相談する気など初めはなかったが、明るく柔らかい雰囲気の彼女に自然と心を開いていった。何度も会っているうちに、いつしかポツリ、ポツリと本音がこぼれる。

そして2ヶ月前。

仕事や親とのことで絶望し、バーで飲んでいたところ、気がついたら彼女に電話していた。

店まで来てくれた彼女は、泥酔した幸弘を介抱するため近くの彼女の家へ連れて行った。

そこで、間違いを犯してしまったのだ。






「待って。私が元彼と会っていたの知ってたの?」

「ああ。でもそれが原因じゃない、俺の弱さのせいだ」

「そうじゃなくて…」

その時、幸弘のスマホが震えた。その画面を見て幸弘は一瞬眉をしかめる。

画面に写し出されたのは、カウンセラーの女性から着信だった。




▶前回:医者キラーのナースに落ちた男。残業後、タクシーで帰宅しようとしたら乗り場に彼女がいて…

▶1話目はこちら:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態

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琴子が元彼とこそこそ会っていた理由とは?そして陸は再び杏と話し合い…