一緒のベッドに寝るのは2年ぶり。期待する夫に妻がとった驚きの行動とは
雑誌から抜け出したかのような、美男美女の夫婦。
豪邸に住み、家事や子育てはプロであるハウスキーパーに任せ、夫婦だけのプライベートタイムを満喫する。
世間は、華やかな暮らしを送るふたりを「プロ夫婦」と形容し、羨望のまなざしを送っている。
法律上の契約を不要と語り、「事実婚」というスタイルをとる、ふたりの行く末とは?
◆これまでのあらすじ
慎一と美加は、SNSで多くのフォロワーを集めるインフルエンサーカップル。
▶前回:「奥様には内緒で…」28歳ハウスキーパーの誘い。妻の留守中に、夫がとった行動とは
Vol.3 結婚式で感じた憂鬱
「おめでとう。美加さん、キレイすぎてうっとりしちゃう」
「今まで見てきた花嫁で、一番キラキラしてる」
そんな感嘆をシャワーのように浴びながら、高砂で慎一に体を寄せる美加は、いつにもまして輝いている。
6月の大安の日曜日。
ラグジュアリーホテルのワンフロアを貸し切り、お色直しは3回。親戚や友人知人はもちろん、新郎新婦互いのビジネス関係者まで招待した結婚パーティーが開かれた。
美加の隣に座る娘の華もとても嬉しそうで、自分の母親の幸せを心から祝福しているようだ。愛する人の嬉しそうな姿に、慎一も満足げな表情を浮かべている。
だが…。彼女がお色直しで華と共に席を立っている際に、ある出席者の何気ない会話が慎一の耳に入ってきた。
『新しい夫婦像とか提唱しても、結婚式と披露宴は形式的にやるのね』
『ジューンブライドの大安、ってベタすぎない…?』
どこか揶揄しているような声色。
慎一は、その会話の主を探すも、声の方向には多くの出席者がたむろしていて、犯人を特定することはできなかった。
多くの注目を集めている嫉妬からなのか、慎一夫妻への部外者からのやっかみ交じりの批判も多い。2人が提唱する“ネオ・シナジー婚”も、意味不明だという声があるのも知っている。
匿名の誰かからの批判が出るのも、インフルエンサーの宿命だと、慎一は割り切っていた。だが、自分たちの理解者だと信頼していた身近な人々も、自分たちを悪く言っている。その事実に、慎一は落胆した。
表では深くうなずくふりをして、裏では笑って指をさす「表と裏」。二面性を持つ人間の恐ろしさを実感する。
― 二面性といえば、ハウスキーパーの里実さんをなんとかしないと…。
結婚式中にもかかわらず、うっかり彼女のことを思い出してしまい、慎一は陰鬱とした気分になった。
実は、慎一のインスタへのコメント投稿をきっかけに、里実のLINEが以前に比べて3倍以上の頻度で届いているのだ。
業務上の連絡が中心だが、やけに馴れ馴れしい。当初は美加だけに連絡をしてきていたのにもかかわらず、ここ最近はなぜか慎一に届く。これを、気にしないという方がおかしいくらいに。
『おめでとうございます♡お祝いで明日のランチもジャージャー麺ですよ〜』
今朝も、里実からメッセージが届いた。実際に家で会う彼女は、静かで真面目。なのに、LINEになるとテンションがやけに高いのが、慎一は不思議だった。
― 本気で照れているのか、ネット弁慶なだけなのか…。
先日のインスタのコメントについては、今まで閲覧のみだったが、あの時は抑えきれず思わずコメントしてしまったと、のちに謝罪があった。
― このあたりで、何とか手を打っておかないと。
慎一は、自分を戒める。戸惑いの理由を自分でもわからないまま。
◆
その夜。
慎一と美加は、式が終わった後、そのまま披露宴が催されたホテルにチェックインした。
華は、静岡から上京してきた美加の姉家族と共にいる。舞浜のテーマパーク近くにあるホテルに宿泊し、翌日は皆で遊びに行くという。
「なんか、お義姉さんたちに悪いなぁ」
モダンな邸宅を思わせるスイートルーム。眼下にきらめく夜景を眺めながら、ソファの上で美加を抱きしめ、慎一はつぶやいた。
「華も従姉妹たちといる方が楽しいでしょう。姉も厚意で預かってくれているのよ」
「厚意?」
「結婚式の夜くらい、2人きりでイチャイチャ過ごしたいだろうって気遣い。お姉ちゃん、慎ちゃんのインスタのファンなのよ」
「まじか…身内に見られていると思うと恥ずかしいな」
投稿には、デートタイムの写真や、セルフタイマーで撮影したベッド上の夫妻の写真もある。
「身内では、幸せな私の姿が見られるから嬉しいって好評よ。今日も、みんな涙を流して喜んでいたもの」
「良かったな。結婚式して」
慎一たちは、“新しく自分たちらしい結婚の形”を提唱しているが、伝統や形式的なことを否定しているわけではない。したいようにし、美加が素直に行動した結果が、一般の価値観と少々異なっているだけなのだ。
「ところで…」
挙式・披露宴準備に、ここ数週間は時間を費やしていた。落ち着いた時間がなく、なかなか切り出せなかった例の件を、慎一は美加に相談することにした。
「え、いまさら?里実ちゃんをクビにするなんて、絶対にダメ!」
里実の最近の態度についてはもちろん言及せず、「在宅仕事が増えて人に邪魔されたくない」とだけ伝えた。だが、即答でその意思を突き返されてしまった。
「集中している時に、話しかけられるのはどうもダメなんだ」
「なら、慎ちゃんが対応しなくてもいいように、私が作業を指示したり鍵の管理をするから。これから仕事中はずっと部屋にいるだけでいいよ」
そこまで言われたら、慎一も納得せざるをえない。
「うん…」
渋々と声を絞り出したが、慎一はどこか誇らしい気持ちがあった。
― 若い女性と僕が家で2人きりだということに、美加は一切不安がないんだな。
「自分は信頼されている」とわかっただけで、慎一は嬉しかった。
「絶対に、あのコじゃなきゃ…。よくやってくれているし、かなり苦労人みたいだもの。助けてあげたいの」
実は里実は、家族の家事や介護などを、子どもの頃から一手に引き受けていたヤングケアラーだったという。
美加は、里実から聞いたという不遇な生い立ちを切々と語った。里実に向ける、美加の温かな想いを感じ、そのやさしさに慎一はじんとする。
「それにね、プロ意識も高くて…口も堅いし…」
「…美加?」
いつの間にか美加は式の疲れがでたのか、目がどこかトロンとしはじめていた。熱弁の最中にもかかわらず、カクンと寝てしまうのだった。
「仕方ないなぁ」
慎一は彼女をお姫様のように抱き上げ、キングサイズのベッドに横たわらせた。
「おやすみ」
おでこにキスをすると、美加はうなずきながらもそのまま深い夢の中に旅立っていった。
― やっぱり、いつものようにツインでとっておいた方が良かったかな。
結婚式の夜ということで構えていたが、どうも杞憂だったようだ。どこかホッとしている想いを胸に、慎一も美加の隣に横たわっていると、ふと気がつく。
同じベッドで眠るのは、2年ぶりだということを。
恋人同士だった頃は、もちろん会うたびにベッドを共にしていた。
だが、一緒に暮らし始めてからは、華の存在もあり、夜の営みからは遠ざかってしまっていた。美加が多忙な日々ゆえに、睡眠を優先したいという考えだったため、夫婦生活はないことが当たり前になってしまっている。
一方でデートをしたり、たわむれあったり、キスをするのは日常なので、不思議と枯れた気分はない。
それに慎一は、美加が求めてくれば、素直に受け入れるつもりはある。しかし、その素振りは一切ない。慎一が美加の帰宅を遅くまで待っていても、彼女は気にせず先に寝てしまう。
慎一も無理やり求めるほど、性欲はない。むしろ、ぐっすり眠っている彼女の寝顔をずっと眺めていたいと慎一は思う。
もちろん、夫婦のこの状況は公にすることはおろか、知人も一切知らない。
事実婚であること以上に、要らぬ憶測を誘う種をまく必要はないから「わざわざ言うことでもない」と、慎一は思っている。
それに、美加とは、体のつながりを超えた崇高な関係なのだ。
『愛でつながっているふたり。一緒に過ごしているだけで、魂までつながっている』
だから、これ以上義務的に体力を消耗するのは、コスパが悪いと慎一は考えているし、美加も同じ思いであると感じている。
― つまり、僕たちは“選択的レス”。そう称した方がしっくりくるな。
慎一は、そう信じていた。
▶前回:「奥様には内緒で…」28歳ハウスキーパーの誘い。妻の留守中に、夫がとった行動とは
▶1話目はこちら:1度結婚に失敗した女が次に選んだのは、収入も年齢も下の男。彼とだったら、理想の家庭が…
▶Next:8月3日 水曜更新予定
美加が仕事で華とふたりきりで過ごす休日。慎一の元に現れたのはなんと…