「可愛いのに、どうして結婚できないんだろうね?」

そんなふうにささやかれる女性が、東京の婚活市場にはあふれている。

彼女たちは若さにおごらず、日々ダイエットや美容に勤しみ、もちろん仕事にも手を抜かない。

男性からのウケはいいはずなのに、なぜか結婚にはたどりつかないのだ。

でも男性が最終的に“NG”を出すのには、必ず理由があるはず―。その理由を探っていこう。

▶前回:「1ヶ月もご無沙汰なんて、ムリ…」男の浮気を疑う29歳女。同棲カップルに訪れた悲劇とは




Vol.14 環奈、28歳。グラフの婚約指輪をくれたら結婚してあげる


「これ、よろしければ。シェフからのサービスです」

友人の千穂と仕事終わりに寄った、六本木にあるイタリアン。食事も終盤に差し掛かり、重ための赤ワインを注文しようとしていた時だった。

店のスタッフが、チーズとドライフルーツの盛り合わせを持ってきた。

「え〜!いいんですか?ありがとうございますぅ〜!!環奈、やったね!」

かん高い声を出し、すぐに反応した千穂。

「ちょっと、声大きいって」

私は、千穂に注意した。いい大人にもなって、キャピキャピとはしゃぐのはみっともないし、一緒にいる私まで同類だと思われる。

「え〜?だって嬉しいじゃん。っていうか、思い出した!環奈といるとこうやって男性から優しくされるってこと」

― まあ、否定はしないけど。

私は、顔色を変えることなく、スタッフにお礼を言い、ついでに赤ワインを注文した。

「ほんとに環奈はクールだねぇ」

千穂が頬杖しながら、こちらを見つめつぶやく。その腕は白く、たぷんとしていて運動していないのが丸分かりだ。

顔は可愛いから、ダイエットをしたらいいのにと何年も前から伝えているのに、本人はさほど気にしておらず、謎に毎日幸せそうだ。

私は、身長167cmで体重が48kg。もし1キロでも増えたら焦って、夕飯をサラダにしたり、朝から走ったりしているのに…。

「あ、ごめん…電話だ。ちょっと向こうで話してくるねっ」

千穂は妙に焦りながら席を外し、かかってきた電話に出た。まるで東大にでも受かったかのようなテンションは遠くからでもわかる。

― うるさっ。

私は心の中で毒づいた。千穂のハイテンションが疲れるから、彼女に会うのは、しばらくやめようと思った。


私は千穂と別れてから、タクシーで赤坂にある彼氏の家へ向かった。

「今週は全然会えなかったから、遅くなってもいいから来てほしい」と言ってきた彼氏の雄大。

彼は、外資系投資銀行に勤める36歳で、出会いは、ハイスペックな男女が多いと噂のマッチングアプリだ。




私は、ティーン雑誌のモデルを卒業してから、美容皮膚科のカウンセラーとして働いている。

事務所には所属していないものの、時々サロンモデルや、ウエディング雑誌のモデルもやったりする。そのスタイルの良さから、洋服をなんでも着こなせるのが自慢だ。

年収は、カウンセラーとモデル業合わせても650万円ほど。同年代の平均年収と比較すれば悪くないのかもしれないが、フルタイムで女しかいない職場は、かなりつらい。

だから私は、早く今の仕事を辞めたかった。

でも、今さらSNSやらYouTubeを頑張って収益を上げるのは面倒くさい。

だから雄大と結婚するのが、今の環境を変える一番の近道なのだ。

正直、まだ付き合って半年だし、心から愛しているのか?と聞かれたら即答はできない。

でも、そんなことを言っていたら婚期を逃してしまう。

彼は私にとことん甘く、私は愛されている。来週は私の誕生日だし、間違いなく何かサプライズをしてくれるだろう。

― できれば、プロポーズしてくれたら話は早いなぁ。

最近はそんなことばかり考えていた。




「ごめん、遅くなっちゃった」

雄大はすでにシャワーを済ませ、リビングでテレビを見ていた。

「おかえり〜。楽しかった?」

振り返った彼は、私がクリスマスにあげた、薄手のオーガニックコットンのパジャマを着ている。

― 可愛いところあるじゃん。似合ってるし。

嬉しかったが、バカっぽくなるので、そのことを口にするのはやめた。

「千穂がテンション高すぎて疲れちゃった。私もお風呂入ってくるね」

私はバスルームへ向かい、彼がこだわりの柔軟剤を使ったふわふわなタオルを戸棚から取り、脱衣所に置く。

― ふぅ。さっぱりした。

体を拭き、ネグリジェに着替えてリビングへ向かう。

すると、雄大が冷凍庫からアイスを取り出してきた。

「はいこれ!環奈が好きなやつ。なかなかコンビニに置いてないって言ってたっしょ。まとめ買いしておいたんだ〜」
「そうなんだ。ありがとね」
「もっと喜んでよ〜!環奈の喜んだ顔が見たかったのに」

雄大は、私を後ろから抱きしめながら言う。

「もうすぐ誕生日だよね。平日だけど、環奈が喜びそうな店を予約してるから。楽しみにしてて」
「うん」

私は、頭の中でグラフの2カラットダイヤのエンゲージを想像した。

もし、それがもらえるならば、雄大と結婚しよう。そう思いながら。




「環奈、誕生日おめでとう」

雄大が連れてきてくれたのは、神楽坂の『石かわ』。和食が好きな私のために、かなり前から予約してくれていたそうだ。

知らない人はいないであろう、まさに予約が取れない名店。

「ありがとう」

料理に合わせて、日本酒を飲みながら一品一品を堪能した。

― 旬のものがこんなに美味しくいただけるなんて、最高すぎる…。

私は、料理に集中したくて、雄大とは会話をほとんどしなかった。

そして食事を終えたあと、私たちは同じタクシーに乗り込むと、雄大が私にプレゼントを手渡してくれた。

― この紙袋、もしかして…!

私は期待したが、雄大は先に袋の中身を口にしてしまった。

「はいこれ、環奈が欲しがってたグラフ…のネックレス!」
「ネックレス?」
「うん」

確かに、“グラフがほしい”となんとなく伝えてはいたが、それはネックレスではなくエンゲージリングのことだ。

「環奈みたいな美人さんと付き合えて、本当に幸せだよ。これからもよろしくね」

雄大は、私を家まで送ると笑顔で帰って行った。

― 最悪プロポーズはなくてもいいとして、誕生日に22時に解散ってどういうこと?

私は、雄大の気持ちがわからず、モヤモヤしたまま家に帰った。


環奈との結婚を考えられなかった理由〜雄大の場合〜


「じゃあ、環奈。またね!」

俺は、タクシーで環奈を家まで送り届けるとその足で、ある女に会いに行った。




「ごめん!遅くなった」
「もう〜。待ちくたびれちゃった。LINEするのも我慢してたから、いいこいいこして?」
「はいはい」

女は、わかりやすくぶりっこをして、俺に甘えてくる。

彼女の環奈よりは可愛くないし、スタイルもよくない。でも、肉づきがいいから抱き心地もいいし、何より愛嬌がある。

ちょっとしたことで大喜びしてくれるし、ほどよくわがままも言う。そこが一緒にいて男心をくすぐるのだ。

「はい、これ千穂にお土産!」

俺は、コンビニで買ったちょっと高めのアイスを数個、女に渡す。

そう。この女は環奈の友達の千穂だ。

環奈には内緒で時々会っている。千穂は口が堅く、匂わせたりもしないのでありがたい。

「え〜〜!これ、ちょうど食べたいと思ってたの。ありがとう!雄ちゃん大好きっ!そういえばこの前、急に電話きて焦ったよ。環奈と一緒にいるの忘れてたなぁぁ〜!」

千穂が無邪気に抱きついてきた。

自然派の環奈が使わないような、ケミカルなシャンプーの匂いが脳を刺激する。

「それ食べる前に、ベッド行かない?」




環奈は美人でクールで、連れて歩くには最高だ。女性特有の面倒くささもないし、大人の女性だ。

ただ、とことんリアクションが薄いし、常にローテンション。

環奈が好きなアイスを買っておいてあげたときも、誕生日ディナーをしたときも美味しいはずの料理に無反応。

グラフのアクセサリーを渡すときは、無反応が怖くて、環奈が箱を開ける前に思わず中身を口走ってしまったほどだ。

それが楽な時もあるが、こちらがしてあげたことに対して、もっと喜んでほしいと思うこともある。

それに比べ、千穂は何をしても全力で喜んでくれるから、また何かしてあげたくなるし純粋に可愛い。

環奈が俺と結婚したがっているのは、なんとなくわかる。

しかし、千穂とずるずる会っていることもあり、なかなか踏み切れないのだ。

「雄ちゃんって、ホント悪いオトコだよね。嫌いじゃないけど」

千穂はそう言いながら、キスをしてきた。

環奈が、千穂のように可愛らしく喜んでくれる子だったら、こんなふうにふたりの女の相手をすることもないのに…。

そう思いながら、俺は千穂のパジャマのボタンに手をかけた。

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最終話:「男を立てられない女」が選んだ道とは?