ブランド品を買い漁る継母のために、10代から働かされた26歳女。復讐を誓った娘が、取った行動は…
恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。
盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。
だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。
恋に狂った彼らのトラップに。
▶前回：不貞がバレ、風呂あがりに全裸で謝罪する男。どうしても離婚を回避したい夫は、さらなる奇行に走り…
「ねえ。未久の名前、YouTubeに出てるよ…？」
楽屋でメイクをしていた私に、共演者の桃花が神妙な面持ちでスマホを見せてきた。そこには『清純派女優・葛西未久の、本当の姿を晒します』と書かれた動画が映っている。
「未久、何があったの？メデューサに暴露された人は、業界から干されていってるじゃん。…なんかヤバくない？」
「えっ…。全く心当たりないんだけど」
昨年末、いきなりYouTubeチャンネルを開設し、芸能界や政界の闇を次々と暴いていったメデューサ。
『次は女優編か〜！』
『整形か男関係かな』
『まさか枕営業とか？』
SNS上には推測が飛び交い、見ているだけで眩暈がしてくる。夜にはネットニュースになり、事務所の電話とメールはパンクするだろう。
「未久さん、お願いしまーす」
「あ、すみません。今行きます！」
その声に私はスマホを閉じて、何事もなかったかのようにスタジオへ移動した。カメラの前に立つと、笑顔でポーズをとる。
…たくさんの視線が、私に集まっていた。でも心なしか、現場スタッフの視線が険しいような気がする。
まぶしいほどのフラッシュがたかれる中で「近い将来、芸能界で生きていくことが難しくなるかもしれないな」と、私はぼんやり考えていた。
奇跡の清純派女優。大衆は私のことを、そう呼んだ。
13歳でファッション誌のモデルオーディションに合格して業界入りし、今年でデビュー13周年になる。
最初はモデルからスタートしたが、並行して地上波の連続ドラマにも出演。脇役として演技経験を積み、映画で主演を張れるくらいにまで成長した。
高校卒業後は、AO入試で慶應の総合政策学部に進学。のちに教育番組のMCにも抜擢された。お茶の間への人気も広がり、ここ数年で知性派タレントとしての知名度も急上昇中だ。
そんな矢先、メデューサのターゲットになったのだった。
「はぁ、疲れた…」
撮影を終え、飯田橋の自宅マンションに帰った私は、そのままソファになだれ込んだ。
「お疲れ。未久」
するとキッチンから優しい声が聞こえてくる。声の主は、17歳のときから交際している輝幸だ。
右も左もわからない業界で悩む私を支えてくれたのは、マネージャーでも親でもなく、高校の1つ先輩である輝幸だった。
売れっ子女優に恋愛は御法度だが、彼のいない人生は考えられない。私たちは9年前から、ひっそりと付き合い続けていた。
輝幸は大学卒業後、新聞社に就職し政治記者になった。その後、サイバー犯罪に対応するホワイトハッカーとして独立。今はパソコン1つで複数の会社を束ねている実業家だ。
「はい、ご飯作っておいたから。ちゃんと食べてね」
「わぁ、ありがとう…！」
私を気遣って手料理まで作ってくれたことが嬉しくて、彼の肩にギュッと抱きつく。そんな私を見て、輝幸は微笑んでいた。
「…このあと、ニューヨークとオンライン会議しなくちゃいけなくて。そろそろ帰るね」
人目を忍んでマンションを出ていく彼を見送った後、スマホを開く。すると桃花からメッセージが届いていた。
桃花：メデューサの背後に、業界の闇を知る別の人物が存在してるらしいよ！
桃花から届いたURLをクリックする。それはメデューサに関する考察記事だった。
�“爐魯椒ぅ好船Д鵐献磧爾鮖箸辰特棒�を演じているが、骨格からして女性の可能性が高い。
�△燭咾燭啗斥佞傍佑泙襪海箸�ら、カメラの前で誰かが、カンペのようなものを用意しているのではないか。
��先日の配信中、男性らしき人の影が一瞬だけ映り込んだ。なのでメデューサのバックには、業界の闇を知る別の人物が存在するのではないか。
「なにこれ。…くだらない」
私はスマホをテーブルの上に置くと、再びソファに寝転んだ。
翌朝、私は電話の着信音で目が覚めた。何度か無視するも鳴り止まず、仕方なく電話に出る。
「…もしもし」
「未久、あんた大丈夫なの？ネットニュースになってたわよ！」
耳をつんざくような声が、起き抜けの耳に突き刺さる。
「あぁ、メデューサのこと？宏子さんには関係ないから」
「私は未久のことを心配してるの！…それと、宏子さんって呼ぶのはいい加減やめてちょうだい。私はあなたのお母さんなんだから、ね？」
「心配なのは、私のギャラだけでしょ」
「ちょっと、なんてこと言うの！？」
私を産んだ母は、5歳のときに病気で死んだ。
宏子さんは父の再婚相手で、私が10歳のときに家へ転がり込んできた元モデル。彼女は政治家だった父にブランド品をねだり、放蕩三昧だった。
しかし私が12歳のとき、政務活動費の不正使用疑惑が浮上したのだ。頑なに否定していたが、最終的に父は失脚。私が中学に上がるころ、自ら命を絶った。
「未久。これからは、あなたがしっかり稼いでちょうだいね」
宏子さんは、私の写真を勝手に芸能事務所に送っていた。そして私は彼女に言われるがまま、ティーン誌のファッションモデルになり、この業界で生きてきたのだ。
「未久ちゃんは、本当にいい子！」
デビューが決まると、宏子さんは“ステージママ”に変貌した。そして私が稼いだお金はすべて、彼女のブランド品に変わっていったのだ。
「今さら、母親なんて呼べるわけないじゃん…」
長い電話を終え、私は1人頭を抱えた。
その後も、女優としての仕事を淡々とこなす日々。その一方で、メデューサに関する話題はますます盛り上がりを見せていた。
メデューサとは何者なのか。そして裏で糸を引いている謎の人物とは、一体誰なのか…。そして報道が加熱すればするほど、私に関する憶測記事も増えていった。
宏子さんが週刊誌に売ったとしか思えないような、身に覚えのないフェイクニュースが流れることも。
こうして友達は1人、また1人と私の前から去っていった。
心配するフリをしていた桃花も、影で私の悪評をリークしていたようだった。
◆
そして迎えた、生配信の日。今夜、メデューサがYouTube上で「奇跡の清純派女優・葛西未久の秘密」を暴露するという。
…私も、それを“カメラの前で”ひっそりと見守っていた。
配信がスタートするなり、メデューサは落ち着いた声でこう言い放った。
「葛西未久の秘密を暴露する前に、今日は僕の正体を明かしたいと思います」
そう言って彼は、不意に仮面を外す。カメラの前に姿を現したのは…。女優・葛西未久だった。
『えっ！？メデューサ＝未久だったってこと？』
『自作自演かよ〜。でも一体、何がしたかったんだ？』
たちまちコメント欄は荒れ、ネットは炎上した。
世の中の暗部を晒し、多くの人々を不幸のどん底に陥れてきた“メデューサ”を糾弾する世間に対して、私はこう宣言した。
「私は清純派女優なんかじゃありません。父の再婚相手にそそのかされ、今まで自分自身を押し殺して生きてきました。それだけでなく、ネットのニュースには憶測でいろんなことを書かれて、ツラかった。
フェイクニュースに心を病んで、芸能界を去って行った友達だってたくさんいます」
私は膨大な量のアンチコメントを気にすることもなく、淡々と続ける。
「確かに私は、視聴者の皆さんをトラップにかけました。でも皆さんだって、罠にかかった人たちをあざ笑いながら楽しんでいましたよね？
この世界はもう、誰かを引きずり下ろし、罠にかけることでしか救われない。今ここにいる仮面を外した私は、この動画を見ているあなた自身でもあるのです」
そう締めくくった後、私はカメラの電源を切り、数百万人の登録者数を誇ったYouTubeチャンネルも削除した。
「はあ、全部終わったね…」
カメラの外で配信を見守っていた輝幸が「お疲れさま」と、私の肩を叩いてくる。
「うん。輝幸も、協力してくれてありがとね」
「業界の闇を知る人物、なんて騒がれちゃって恥ずかしかったな」
きっと人々は私のことなんてすぐに忘れ、また次の生贄を探し求めるだろう。
でも、それでいいのだ。
もう誰かを騙したり、騙されたりして生きていくのは嫌だから。
Fin.
▶前回：不貞がバレ、風呂あがりに全裸で謝罪する男。どうしても離婚を回避したい夫は、さらなる奇行に走り…
▶1話目はこちら：マッチングアプリにハマった女が取った、危険すぎる行動
