「可愛いのに、どうして結婚できないんだろうね?」

そんなふうにささやかれる女性が、東京の婚活市場にはあふれている。

彼女たちは若さにおごらず、日々ダイエットや美容に勤しみ、もちろん仕事にも手を抜かない。

男性からのウケはいいはずなのに、なぜか結婚にはたどりつかないのだ。

でも男性が最終的に“NG”を出すのには、必ず理由があるはず―。その理由を探っていこう。

▶前回:「俺の友達にもそれしちゃうの?」男が引いた、26歳モデル彼女のヤバイ酒癖とは




Vol.7 希、29歳。私も早く“そっち側”へ行きたい


「希、最近どうなの?」

広尾の『トリュフベーカリー』前の列に並びながら、親友の千夏に聞かれた。

天気がいい日曜日。駅前には、夫婦やカップルばかりだ。

ジュエリーのネットショップを運営している千夏。彼女も一昨年結婚し、現在妊娠5ヶ月。

「ツワリが落ち着いたから会いたい」と言われ、彼女が住むこの街でランチをしたのだが、パスタの量が足りなかったらしく、パン屋に来ている。

千夏は、田んぼだらけの静岡から上京してきた。

大学からの親友だが、彼女はやりたいことが明確で夢を次々と叶えている。

広尾を地元かのような顔をして歩いているのが、時々滑稽に見えることもあるが、うらやましくもあった。

ジュエリーショップの売り上げがどのくらいなのかは知らないが、今の生活ができているのは、ハイスペックな旦那さんを捕まえたのもあるからだろう。

私も早くそっち側へ行きたいと、千夏に会うたび思う。

「いい感じの人はいるよ。たぶん来週あたり3回目のゴハン行くかも」
「そうなんだ〜!どんな人?」

私が答える前に店内へ案内されたため、会話を中断し、千夏と同じ白トリュフの塩パンを購入した。

袋を触るとまだ温かく、ふわりと幸せな気持ちになる。

「だめだ。我慢できない。そこの公園で食べよ」

有栖川宮記念公園の空いているベンチに腰掛けると、千夏は、話の続きを始めた。

「それで、どんな人なの?」

既婚の千夏に対して、婚活の話はあまりしたくないのだが、私は仕方なく答えることにした。


気になる男性と3度目のデートで、告白を期待する希だったが…


「外資系金融の31歳で、ポメラニアン飼ってる」
「ポメラニアン!いいじゃん。犬好きに悪い人はいないからね」
「だね」

公園は平和な時間が流れていて、私たちはそれぞれ塩パンを頬張った。




「今回は長続きするといいね!希も早く結婚して平日に遊ぼうよ。その方がどこも空いてるし」
「いや、そうしたいよ。でも驚くくらい男運なくて困ってる」

私はそう答えたが、頭の中に、ある疑問が浮かんだ。

果たして今までの恋愛は、本当に運が悪かっただけなのだろうかと。

― どうして私は、千夏みたいに、良い人と巡り会えないんだろう?

私は青山学院大学を卒業し、新卒で大手生命保険会社に就職。

身長は平均的で、ファッションセンスにあまり自信はない。

しかし、男性が好きそうなブラウスや、ひざ丈のスカートなどを着るようにしているし、可愛いと褒められたことは何度もある。

友達も少なくないし、仕事でもプライベートでも、人を不快にさせない会話を心がけているつもりだ。

そう、スペックは悪くない。いや、いい方だと自負している。

「なのに、なぜ?」

目黒の自宅に向かうバスの中で、思わずつぶやいてしまった。

その時、ポメラニアンのアイコンからLINEが届いた。千夏に話した例の男性だ。

『片瀬健人:来週は水曜日空いてますが、いかがですか?』

次のデートの予定を聞いてこないので、痺れを切らして私から昨晩連絡した返事が、ようやく届いたのだ。

― 次で3回目だから、そろそろ彼女にしてほしいな〜。

そう思いながら、デートの了承を伝える内容を返信した。



そして、水曜日―。

20時に仕事を終える健人に合わせて、私はカフェで時間を潰してから六本木へ向かう。

ヘルシーなものが食べたいとリクエストしたら、健人は『焼き鳥とワイン 源 MOTO』を予約してくれた。




今日は3回目のデートだ。

これ以上ダラダラ会うのも嫌だし、今日告白してこなかったら、これ以上会うのはやめよう。

そんなことを思いながら、指定された店を目指した。

「あ、こっちこっち!」

健人が先に着いていて、カウンター席から手招いている。

会うのは3回目なのに、今日はスーツがやけにカッコいい。それこそ犬みたいな可愛さもあって、一瞬にして心を奪われた。

― あれ?私、健人のこと結構タイプかもしれない。

“彼女になってもいい”くらいに思っていたが、時間が経つにつれ、“彼女になりたい”という感情が大きくなっていく。

「もう会うの3回目だから、ちょっと突っ込んだ話をしてもいい?もっと希ちゃんのこと知りたいし」

食事して30分くらい経った時、そう言われドキッとする。

「うん。いいよ」
「じゃあ…希ちゃんは、どんな男性が理想?」

健人も先に進もうとしていることを確信した私は、相手を不快にさせないように、好印象であろう回答をする。

「う〜ん、見た目にはあんまりこだわりなくて、優しくて誠実な人がいいな」
「誠実って、例えばどんな?」
「え…。そうね、浮気しないで彼女一筋…とか?」
「ふ〜ん」

しかし健人は賛同してくれず、顔色ひとつ変えずにビールを飲んだ。

「僕は、知的好奇心がある人が好きだな。あとは行動力があってチャンスを逃さない人。ていうか、他の子と何か違う女性がいいんだよね」




― ち、知的好奇心…?チャンスを逃さない…?

具体的な例を挙げてほしい、そう思っていると健人は続けた。


もっと希のことを知りたいという健人。その意図とは…?


「本業のほかに何かやってるとか、経歴が面白いとか、変わった趣味があるとか、なんでもいいんだけどさ」

私は何も言えぬまま、出されたばかりの串に手を伸ばした。

「じゃないと、付き合うキッカケにならなくない?ただの可愛い子なら、東京にはいくらでもいるし」
「たしかに、そうだよね…」
「希ちゃんは、他の子と私はここが違う!ってところある?なんでもいいから」

そう言われ、何秒か考えたが、何も出てこなかった。

― 私って、ありきたりでつまらない女だよね。ごめんね。

そう言いたかったが、さすがに惨めなのでやめた。

きっと千夏なら、すぐに自分の意見を言えただろうし、この人の彼女になれたかもしれない。

一方の私はと言うと…、“ここが他の子と違う”というものが1つも思いつかなかった。

― ってことは、私はこの先、良いと思う男性からは永遠に選ばれないの?

「そろそろ出ようか」
「うん」

もちろん2軒目に誘われることなく、次の約束もせず、私たちは店の前で解散した。




希との未来を考えられなかった理由〜健人の場合〜


「今日はありがとう。お互いいい人が見つかるよう頑張ろうね」

僕は希に期待させないよう、そう言いながら店を出てタクシーを拾った。

「うん。楽しかった!ありがとう。気をつけてね」

希は、最後まで笑顔で見送ってくれた。

― いい子なのは間違いないんだけどね…。

胸が少々痛んだが、僕は、初対面時の外見以外で希に魅力を感じることができなかった。

結婚を意識するようになったのは、勝どきのタワーマンションの一室を購入した3年前からだ。

周りがチラホラと身を固め出したのと、賃貸では犬を飼える物件が少ないから。

しかし、見た目重視で女性を選び結婚して、結果失敗したと嘆いている友達も少なくない。

だから僕は、中身をかなり重要視するようになった。

「ここでよろしいですか?」
「あ〜、はい」

タクシーは、いつのまにか自宅のマンションに着いていた。

「ただいま」

僕は、玄関で待っていてくれたポメラニアンのモコを抱き上げる。

― 飲み足りないな。

そのままキッチンへ向かい、コレクションしているウイスキーをじっくり眺めて『山崎』を選ぶと、ロックグラスに注いだ。




“あたりさわりがない”“ありきたり”

希のことを表すなら、そんな言葉が浮かんでしまう。

もちろん、見た目は可愛いし、大学を卒業してきちんと就職しているのは、素晴らしい。

東京には、何を生業にしているのかわからない不気味な女もたくさんいる。

自称モデルとか、インスタグラマーならまだしも、それ以上にヤバい感覚の女をたくさん見てきた。それに比べたら、希はマトモだし性格も悪くない。

でも、それだけだ。

興味をそそられる面白い部分がないのだ。

まず、僕に嫌われたくないのが痛いほど伝わってきて、会話が無難でつまらない。

もっと自分の意見を言ってほしいのに、希の意見は、彼女の意見ではなく一般論。

それに、女性にはある程度の好奇心と経験、そのために必要な行動力があってほしいと思うのだが、話を聞く限り彼女にはそれが欠けていた。

時間は有限だ。それならば、自分の人生のヒストリーを語れるくらい、濃い時間を送っている子と一緒にいたい。なぜなら、その方が単純に楽しいから。

「でも、言いすぎたかな…」

しかし、僕は、ちょっと意地悪しすぎてしまったかと思い反省した。

このウイスキーもグラスも愛犬のモコも、僕のこだわりだし、それが面倒だと思う人もいるだろう。

希は、可愛いんだから、もっと個性を出せばいい。例えば、男に好かれそうな服を選ぶのではなく、自分が好きなものを着るとか。

そうやって脱・量産型をすれば、きっといい人が見つかるだろう。僕はそこまで面倒は見られないが。

そんなことを思いながら、僕はウイスキーを飲み干し、バスルームへ向かった。

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