ムードあるバーで2人きり。脈無しだった男を陥落させた女の一言
「女は所詮、金やステイタスでしか男を見ていない」
ハイステータスな独身男で、女性に対する考え方をこじらせる者は多い。
誰も自分の内面は見てくれないと決めつけ、近づいてくる女性を見下しては「俺に釣り合う女はいない」と虚勢を張る。
そんなアラフォーこじらせ男が、ついに婚活を開始。
彼のひねくれた価値観ごと愛してくれる“運命の女性”は現れるのか―?
◆これまでのあらすじ
経営者の明人が婚活アプリで出会った女性・マイが高学歴の経営者だったことが判明する。明人はマイを敬遠し、憧れの美女・恭香に交際を申しこむも、あっけなく振られてしまい…。
Vol.7 どうかしている夜
雨降る6月の夜。
明人は退勤後、久保を誘ってスポーツパブを訪れた。
その日は野球も軒並み中止。生中継のスポーツはなく、地上波チャンネルが店のテレビ画面に流れている。
「気が散るな…」
「あの番組、本当は明人さんも出る予定だったもんな」
放映されているのは経済バラエティ番組。新進の社長たちが雛壇に集められ、ビジネスから私生活まで語りつくすという安っぽい企画内容だ。
実は明人もこの番組に呼ばれており、番組関係者と仮の打ち合わせまで済んでいた。しかし、「枠の関係で」突然出演が白紙になってしまったのだ。
ミーハーなわけではないが、『テレビに出た』という分かりやすい箔は欲しかった。
また、上場企業のCEOや老舗企業の3代目などそうそうたるメンバーと横並びになることが誇らしく、明人は出演前から各所に匂わせて自慢していた。
それが…。
「番組から連絡が来たのが、恭香ちゃんにフラれた直後で…。本当にあの日は厄日だったよ」
失恋の傷はまだ癒えていない。それゆえ最近は毎日のように久保に一杯付き合ってもらっている。
「ま、恭香さん今でも超美人なんだろ、パートナーがいない方がおかしいよ」
何の助けにもならない久保の慰めを耳にしながら、明人は死んだ目で番組を眺めていた。だが突然、電気ショックを受けたかのようにビクッと体を起こす。
「どうしたの、明人さん」
画面の中には、明人が尊敬する社長たちと親しげに話すマイの姿があったのだ。
憧れの社長たちとテレビに映るマイを見た明人は思わず…
「彼女…」
以前話した“食い逃げ女”が画面の中にいることを知らない久保は、明人の心中など知る由もなかった。
「あ、EDU-AI社の社長さん。最近よく話を聞くよね。スゴイなあ」
「え、エデュ…EDU-AI?」
「ネットを介した教育関連の事業で急成長している企業だよ」
久保曰く、結婚式で1曲だけ楽器を弾きたい人と若手ミュージシャン、というような、何かを習いたい人と自分のスキルを教えて収入を得たいクリエイターをマッチするアプリも人気らしい。
「これまでもいろいろな事業をスタートアップして、イグジットで利益を得て…を繰り返してきたみたいだし、相当の切れ者だよ」
画面の中のマイは、司会の芸人と丁々発止のやり取りで、スタジオを爆笑の渦に包んでいる。
そんな彼女の姿に、ドロドロした不快さが心の奥底から沸き上がってくるのを感じた。
嫉妬なのか――?いや、嫉妬はその対象よりも劣る人間が持つ感情のはずだ。
「俺が、あいつに劣っているのか…?」
「明人さん、優劣の問題じゃないって。ジェンダーバランスじゃない?」
久保は、明人がテレビ出演が無しになった件にいらついているのだと勘違いしてフォローを入れたようだが、それが余計に明人の神経を逆なでする。
「ジェンダーバランス…」
「出演の経営者は男女半々。明人さんは男性枠であぶれただけだと思うよ」
よく見れば、そうそうたる男性陣に比べ、女性陣はマイをはじめ、元アイドル社長など、賑やかしのような面子であった。
「なるほど…」
頭では納得をしながらも、気持ちが収まることはなかった。
生まれた年が不運で、苦汁をなめ続けながらここまでたどり着いた明人。
これからは成功者として何の気兼ねもなく人生を謳歌できる立場になったはずなのに…。
しかし、昨今はなんだ。
男女平等が推進されるようになり、男性として生きづらい世の中になってきている。なぜ自分ばかり時代の貧乏くじを引かされるのか…明人は心の中で嘆いた。
受け入れるしかないのか。この怒りはどこにぶつけるべきなのだろうか。
◆
久保は今日もまた、未来子からの帰宅要請に即応し、パブを後にした。
彼の情けなさを哀れみながら、明人はひとり、ウイスキーを煽る。手持ち無沙汰がすぎて、例のアプリを再ダウンロードした。
メッセージはクラウド上に保存されており、再ダウンロードすれば見られるようになると聞いている。
だが…あの一件以来、マイから何か届いている形跡はなかった。
― どういうことだよ。僕に気があるんじゃないのか?
さらに募るイライラ。
久保によるとマイは相当の切れ者だというが、自分はそうは思わない。本当に頭のいい女は、男を喜ばせうまく転がす術を持っているものだから…。
明人は店を出て、タクシーを呼ぶ。
溢れんばかりの不快感の逃げ場を探すべく、ある場所に向かっていた。
頭に血が上った明人がタクシーで向かった先とは…
東京タワーが間近の愛宕グリーンヒルズ。その最上階の『ゼックス』はマイがよく訪れる複合レストランだ。
以前、恥をかかされた因縁の場所。根拠はないが、彼女がいるかもしれないという予感があった。
店員の「いらっしゃいませ」という声でハッとして我に返る。
― 何のために俺は来たんだ…。
彼女と会い、どうするつもりだったのか…。アルコールのせいなのか、不可解な行動をしてしまう自分に戸惑った。
最近の自分はどうかしている。
だが、もう来てしまったから仕方がない。BARで一杯だけ飲んで帰ろうとする。
「あ…明人さん」
BARのカウンターにはなんと、マイがいた。奇跡のような偶然に明人の心臓が強く鼓動した。
彼女は明人に微笑みながら、深く頭を下げた。
「先日はすみませんでした。変なことを口走って…でも、正直なところなので」
「そう…」
明人はマイの3つ離れた隣の席に座り、ハイボールを注文した。だがマイは1つ席をつめ、明人に接近する。
「テレビ見たよ」
「あっ…恥ずかしい。アレ、見たくなくて」
「だから今日、ここに?」
「それもありますけど…ここなら明人さんにいつか会えると思ったので」
マイの並びに座っていた2人組の常連客が、「どうりで最近よく見ると思った」と茶々を入れて去っていく。マイは顔を赤くした。
「連絡先、交換していないもんな…」
「していただけますか?」
「するわけないだろ」
嬉しそうにスマホを取り出したマイを明人はぎろりとにらんだ。そして、あえてきつい言葉を彼女に向ける。
「正直、俺は君のような生意気な女は大嫌いなんだよ。もう目の前に現れないでほしいんだが」
「え、じゃあなんでここに…?」
「…」
もっともだ。ここがマイの行きつけなのはお互い理解しているはずだ。
当然、言い訳が思いつかない。すると、マイはゆっくり口を開いた。
「私だってわかっていますよ。明人さんみたいな方は、きっと自分が安心できる女性が好きなんだろうって…。私、小さい頃海外にいたので、自己主張の強さと生意気な部分はその影響なのかもしれません」
冷静に自己分析する彼女に明人はまたイラっとして、咄嗟に声を上げた。
「海外育ちとか、ナチュラルにマウントとらないでくれる?」
だが、マイはやはり動揺するでもなく淡々と呟いた。
「そんな意図はありませんよ。明人さんにコンプレックスがあるから、マウントを取られたと感じるだけじゃないですかね…」
「…」
反論が思い浮かばず、論破された屈辱感に打ちひしがれる。まさに図星だ。
マイは深紅のワインのグラスを傾けフッと笑う。
「こういうところが癪にさわるんでしょうね。でも、不思議です。なんで明人さんはそんなに劣等感があるんですか?すごい人なのに」
「…は?」
「私、実は以前から明人さんを尊敬していたんです。本当に能力のある人だと。だから私は明人さんのことをもっと知りたいんです」
「…」
不覚にも、まっすぐなその言葉が刺さってしまった。
傷つき、弱っているいま、明人が一番欲していたのは自分を称える言葉だった。
策略なのか本気なのか。
彼女に揺らぎそうな心を正気に戻そうとする。
「嘘だ…なんで、俺なんだよ」
「コンラッドのラウンジで会ったとき言ったでしょう。『昔、会ったことある』って…。その時から気になっていたんですよ。高見堂明人さん」
マイは明人の手をぎゅっと握った。明人もなぜか握り返していた。その手はとても温かい。
ここでの彼女との再会は偶然ではなく、必然だったのだ。
マイに対して、奇跡よりも強い縁を感じてしまっていた。
ムードある照明の中、ふたりの影は徐々に近づく。
― 本当に、今日の自分はどうかしているな…。
明人は、もうなにもかもどうでもよくなっていた。
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距離がぐっと近づいた明人とマイ。そして、ふたりはその夜…。