恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。

第2回は「自分の性格」について。いろんな経験を積んで努力もして「なりたい自分」になろうとしているはずなんだけど……。でも、その成果は果たして?

「本当にあなたは、昔とちっとも変わらないね」

こんなことがありました。

ある放送局に、私の小学校の同級生と、中高の同級生が勤めていることが判明。3人でランチを食べることに。小学校の同級生とは、それこそ小学校卒業以来の再会でした。中高の同級生とも、20年ぶりぐらいです。そこで二人が口を揃えて言ったのです。「本当にあなたは、昔とちっとも変わらないね」と。

ショックでした。だって自分としては、10代、20代、30代といろんな失敗や工夫を重ねて、随分と変化したつもりだったから。改善された点や新しく得た面もあるし、過去の自分のインタビューなんか見るともう、知らない人のように感じることすらあります。コミュニケーションの技術は格段に向上し、趣味嗜好や思想信条だって昔とは違っているはずなのです。

なのになぜ、「ちっとも変わらない」のか。二人が二人とも言うのですから間違いありません。
 
だとしたら、いったい、あの努力はなんだったんだ……浮きまくっていた地元の小学校から受験した中学校で始めた新生活。馴染めなくて先生に反抗し、中1の秋にはブラックリストに載って、そんな過去を上書きしようと決心して態度を改めた高校時代。それから自意識過剰の大学時代を経て、可愛気ゼロの新人アナで鬱屈をため、結婚して心の安定を得て、子供を産んで色々発見し、実家との関係もカウンセリングで乗り越えて、ようやく大人になったんじゃなかったのか!

そんなバグの修正を重ねても、人の気質みたいなものは終生変わらないのかもしれません。正直言うと、大人になって再会した私たちは、今さらまた友達に戻るほどの親密さも、他人のふりをするほどの割り切りもなく、かなり戸惑っていたのです。だから「変わってないね」と言い合って安定したかったのかも。解けてしまった古いリボンを結ぶみたいに。
 

「他人が自分を見る目」はコントロールできない

読者の中には「違う私になりたい! この性格を変えたい!」と思っている人もいるでしょう。でもたぶん、自分が思うようには変えられないと思います。ただ一方で、生きていれば、どうしたって昨日とは変わってしまうものですから、流れに身を任せていればいいとも言えます。昨日いいね!をつけた写真も、今日見たらそうでもなかったりしますしね。

それに残念ながら、他人が自分を見る目を完全にコントロールすることはできません。人は見たいように見て、聞きたいように聞くものなのです。

今までなんども言われました。「小島さんの、歯に衣着せぬ物言いが……」よく聞けばわかると思うけど、だいぶ着せてるよ? 言っていることもいたって平凡。なのに、テレビだとそういうキャラ付けをされるんですね。登場するなり「怖いなあー」と言われることもあります。いや、鬼じゃねえし。おかげで取材の時などに、普通に話しているだけで「ほんとは怖くないんですね!」と感動してもらえます。
 
人前に出る仕事をして20年以上経ち、今は褒められても貶(けな)されても「あー、そう見えるのかあ」としか思わなくなりました。自分のことよりも、相手の心の動きに関心があります。「なんでこの人には、そのように見えるのだろうなあ」と。
 

「あなたの性格」は一つじゃない

そうそう、性格は思い通りにできないけれど、一つじゃありません。時と場合によって変わるものです。

さっき実家の母と電話で話しているところへ長男が学校から帰ってきたのですが、誰と電話しているかすぐにわかったというのです。どうやら母と話す時の私の様子は、いつもと違うらしい。息子に言わせると、礼儀正しいけれどちょっと引き目の、身内じゃない人に話すみたいな感じなのだとか。おっと、優しい口調を心がけていても、微妙な警戒感が滲み出ていたか……。

楽屋でメイク中にフェイスタイムで息子たちと話す時の私も、彼らに言わせると「野生のママではない」んだそうです。なんだよ、野生って。でも、仕事場と家での顔が違うのは、当たり前ですよね。

きっとあなたも、お母さんといる時と彼氏といる時と職場にいる時の人となりは、違うでしょう。そのどれもが本当で、どれにも欠点があり、それぞれにいいところがあるはずです。全部を統合して欠点ゼロにしようと思ったら、壊れてしまいます。いろんな顔があっていいのです。そう、ちょっと性格の悪い顔も。

おおらかで屈託のない性格になりたかったけど…

変わりたい! と思う人は、自分に対する興味が強すぎるのかも。野菜を育てたり、文鳥を飼ったりして気を逸らしましょう。きゅうりなんか育つのが早いから、毎日めちゃめちゃ変化しますよ。文鳥は手に乗ってくれるし。

私は子供の世話に追われるようになって、自分とは系の悩みから解放されました。今は、一家の支え手として元気に働き続けることに注力しなくてはなりませんので、睡眠時間と栄養の確保が最大の関心事です。

かつては、おおらかで屈託のない性格になりたいと思っていました。努力すればなれるはずだと思っていたのです。負の面をなんとか取り除けないものかと悩んだ結果、取り除くことはできないけど、なんとか受け入れて生きていくことができるようになりました。性格が変わったのではなく、ものの見方が変わったんですね。それで、随分楽になりました。
  
変わるまいと思っても、時が経てば体も気持ちも変わってしまうもの。自分を思い通りにしようとするよりも、人ごとみたいに眺めるくらいでちょうどいいのかも。はーこう来たか、じゃあどう出るか、の繰り返し。そうやって、生真面目だった若者がゆるい中年になっていくのって、悪くないと思います。

(小島慶子)