「ちょっとだけ芸能のお仕事させていただいていた」港区の飲み会に頻出する20代女性からの忠告とは
前回:「手をつないだら、君のことが好きなのかわかると思ったけど…」デート中の男性からの衝撃のひと言
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道を歩いていて逃げられなくなることがあるなんて。3人の男性にまるで押さえつけられるかのように…両サイドから肩と腰を抱きこまれ、さらに手首をつかまれ、まるで川の流れに捕らえられたかのように、足に力が入らぬまま進んでいく。
「…離してください…っ」
びくともしない手首の力を振り払おうとしたその何度目かで、手に持っていた携帯が落ちた。私の腰に手を回していた男性がそれを拾い、私ではなくエリックさんへ手渡した。
「3時間だけ付き合ってくれたら、解放してあげるから」
― なんで、3時間なの?
結局携帯は返してもらえず、エリックさんのポケットの中へ。道行く人達は、エリックさんと、まるでボディーガードのように屈強に見える体の大きな2人に囲まれている私と目が合うことを避けるかのように、遠巻きに通り過ぎていくばかりだった。
「そんなに怖がらないでよ。今日ずっと大輝にも連絡してるんだけど、返信なくて。でも宝ちゃんいてくれたらアイツ絶対くると思うから、ちょっと協力して欲しいんだよね。はい、宝ちゃんこっち向いて〜」
向けられた携帯を反射的に見てしまって、写真を撮られた。大輝に送るねーというエリックさんの声が、脳内で変な響き方をして、緊張が増しているのだと気づく。
― エリックさんは大輝くんの幼なじみなんだから。
大丈夫。ひどいことなんてされるはずがない。きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせても恐怖は消せず喉が渇いてくる。
言葉も思考も奪われたような状態で、すぐ近くにあった店…例えるならば銀座の高級クラブやラウンジのような雰囲気の店に連れ込まれた。
― なんだろう、このあまったるい香りは…。
かなりのボリュームでかかっているクラシック調の音楽に聴覚を奪われながら、私は手首を掴まれたまま店の奥へ進んだ。突き当りに見えた場所に個室への入り口なのか、大きな扉があり、エリックさん以外の2人が私から離れ、まるで門番かのようにその扉の両脇に立った。
本当にボディーガードとして雇われている人達なのだろうかという疑問が浮かんだ瞬間、扉が開き、中へ入るように促される。真ん中に大きなローテーブルがあり、15人ほどが座れそうなソファーがレイアウトされた部屋。そして、女の子たちがいた。
「エリック、おつー」
「おつかれ、カナ。今日はありがとね」
「…誰その子?まさかエリックの彼女?」
カナと呼ばれた人の一言で、部屋にいた女の子たちが一斉に私を見た。4〜5人だろうか。突き刺さるような視線に私は思わず目を伏せてしまう。
華やかで容姿に自信がありそうな女の子たちの集団と対峙すると、未だに胸の動悸があがり不安になる。
― いつまで私は……。
消えないトラウマに情けなくなる私の手が、グンっと引っ張られた。私の手を引いたまま、彼女なわけないじゃん、たまたまそこで会った知り合いの子、と答えたエリックさんに一番奥の席まで連れられ、そこに座るように促される。
そこでようやく離された手首は赤みを帯びていて、少し痛みを覚えてそれをさすっていると、エリックさんがごめんねと言った。
「…冷やすものもらってこようか?」
気まずそうなその顔に、それならばなぜこんなことしたのだろうと思う。私が首を横にふると、あっそ、と私の横に座ったエリックさんに、思い切って聞いた。
「…なんでここに、私を…」
「ちょっと助けて欲しくて」
「…助ける?」
助けるとはどういうことなのか。そう思っていると、女の子の1人が、トイレはどこですか?と近づいてきた。エリックさんが部屋を出て右だよ、と伝えているのを見て思いついた。
― 部屋から出られたら逃げられるかも。
そう思い、私もトイレに行きたいと伝えたけれど、あっさりとその思惑はバレてしまったらしく、宝ちゃんが逃げないようにと、門番をしていた1人が見張りとしてついてきてしまった。
― もう覚悟するしかない…。
3時間で解放してくれると言っていた。それに大輝くんも来てくれるかもしれない。そんな希望的観測を無理やり心に灯しつつ、今更トイレに行かないという選択肢を失った私はトイレへ入り、個室の中へ。
しばらくして出ると、トイレの鏡の前で、化粧を直していた女の子と目があった。
「はじめまして。私、ともみです」
自己紹介され、私も名乗る。宝ちゃんかぁと笑ったその笑顔は、アイドルのようにかわいかった。
黒髪のロングヘア―が、オフショルダーの白い肩に艶やかにかかり、清楚だけれどどこか色っぽい。その雰囲気にのまれそうになっていると、リップを塗り直していた彼女に鏡越しに微笑まれる。
「宝ちゃんって、ギャラ飲みに来るような雰囲気じゃないけど、はじめて?」
「…ギャラ、飲み?」
「あれ?知らないで連れてこられた感じ?でもラッキーだよ、お金払いのいい会だから」
「…金払いって?」
「時給5万円。3時間いてくれればいいって言われてるけど、5万ならもっといてもいいよね」
ギャラ飲みという言葉を知らないわけではないけれど、自分がその場に居合わせているというようだというその現実に、信じられない気持ちになる。
「今日は、黒髪清楚系に限る、年は20歳〜25歳まで、っていう条件で集められてる。私を入れて5人だと思ってたけど、宝ちゃん入れたら6人だね。
来てる女の子のレベルが相当高いし、身分証確認もあった。だからカナさんにとって相当な上客がくるんじゃないかな」
自分を含めているのに、レベルが相当高いと言えてしまう自信もすごいけれど、カナさんにとって上客というフレーズの方が気になった。
カナさんとはさっきエリックさんと話していた女性だと思うけれど、上客ということは…彼女が女の子を集めて、報酬をもらっている、ということなのだろうか。
今日の年齢制限は25歳以下だというけれど、カナさんも私と同世代、もしくはもっと年下に見えた。若い女性が若い女性を斡旋しているなんて。それだけで私の心拍数は上がってしまう。
「…よく、参加されるんですか?」
思わず聞いてしまった私に、うーん、よくってほどじゃないけど、はじめてではないねとともみさんは笑った。
「宝ちゃんはじめてみたいだから、忠告しておいてあげる。飲み物には気を付けて。目の前で栓を開けられたワインとかならいいけど、グラスで持ってこられたものは飲まない方がいいと思う」
「どうしてですか」
「眠くなるクスリとか…混ぜられてる可能性もあるからさ。とにかく迂闊に飲んじゃダメ。こういうとこに来るならそれなりの覚悟をしないと。自分の身は自分で守る、が鉄則だよぉ」
物騒な説明がかわいい語尾でまとめられたことに呆然する私の腕に、じゃぁ行こうか♡と、ともみさんの腕が絡んできた。さわやかで凛とした香りがその体から立ち上り、甘い香水を好みそうなのに意外だなと思ったりした。
あれ?仲良くなったの?2人ともかわいいねぇと茶化しながらついて来る見張り役…門番の彼を微笑みでかわしながら、ともみさんは私の耳元でささやいた。
「……ねえ、もしかして無理やり連れてこられた系?」
その言葉に少し驚いた私が頷くと、そっかぁ、と小さくつぶやいた。
◆
私たちが戻ると、部屋の中の人数は倍以上に増えていた。それぞれの女の子の横に身なりの良い男性たちが座っている。
「あ、ともみちゃんが戻ってきましたよぉ」
カナさんがそう言うと、男性陣の中から、あれ、あの子なんか見たことある、という声が上がり、オレも!オレも!と続いた。
視線を集めたともみさんは私の腕を離すと、ペコリと頭を下げてから言った。
「3年前まで、ちょっとだけ芸能のお仕事させて頂いてたから…ですかね♡」
照れたような、でもアイドルスマイルとはこのことかもしれないと思う微笑みで全員を見渡すと、やっぱり!と場が色めき立ち、男性たちは我さきにとばかりに、自分の隣に座るように勧めてくる。
その様子をゆったりと眺めているともみさんは、まるで女王の余裕のようだった。
どこに座ろっかなぁ〜とつぶやいたともみさんの声に、宝ちゃんはこっちに戻ってきて、というエリックさんの声が被った。
「じゃあ私も一緒にそこに座りまーす」
と、再び私の腕をつかんだともみさんに引きずられるようにして、エリックさんとその横に座っていた男性の間に割り込むように、2人で並んで座った。
エリックさんの横に私、ともみさん、そして見知らぬ男性という並びになり、エリックさんは少し驚いたような顔をしたけれど、すぐに、後藤さん、この子ですよ!と私を、ともみさんの横に座る男性に紹介した。
「この子がさっき話した、大輝の彼女で、宝ちゃんです」
彼女ではない…!と反論しようとしたとき、後藤さんと呼ばれた男性のねっとりとした視線に絡めとられて、ゾクッとした寒気と共に、言葉が引っ込んでしまった。
その粘着質な視線に私は、網にかかった魚のような…といっても、もちろん実際にそんな状況になったことはないのだけれど、とにかく身動きのできない不安に襲われてゆく。
「君が大輝くんの。そうか…。とても感慨深いよ。実は、私は大輝くんとも…大輝くんのお父さんとも昔からの知り合いでね」
「大輝ももうすぐ来ると思いますし、ようやく後藤さんとアイツの出会いを演出できてうれしい限りです」
― 出会いを演出って、どういうこと…?
ともみさんがそばにいてくれるおかげなのか、さっきまでの恐怖はだいぶ薄れていた。それでも緊張感は消えたわけではないし、頭に浮かんだ疑問をこの状況で口にする勇気はなかった。
「私も君との約束を守るよ。出資の件も含めてね」
「ありがとうございます!」
私を捕まえたときの…さっきまでの酔っ払いぶりは演技だったのではと疑いたくなるほどに、後藤さんと話すエリックさんはきちんとした口調で、疑問は増えるばかりだ。
「女性2人は、何を飲まれるのかな?」
「美味しいシャンパンが飲みたいなぁ!さっき宝ちゃんとシャンパン飲みたいねって話してたばっかりなんですよ〜ね、宝ちゃん」
ともみさんの言葉に、後藤さんが、じゃあシャンパンを開けようか、と言った。ありがとうございます♡私が頼んできますね、と、ともみさんは立ち上がり、部屋についていたインターフォンに向かった。
運ばれてきたシャンパンの栓はその場でスタッフが開けてくれた。飲み物には気をつけてと言っていたともみさんの言葉を思い出し、なんとも鮮やかな手際に圧倒されてしまう。
乾杯をしてしばらくすると、ともみさんの話に後藤さんが引き込まれたのを見て、私は2人に聞こえぬよう、部屋の喧噪に紛れて、エリックさんに聞いた。
「…なんで…私を大輝くんの彼女だと?」
私の質問に、エリックさんは少し苛立ったように、小さく溜息をついた。
「…3時間したら帰すって言ったよね。黙っててくれない?」
「…大輝くんを呼び出したいなら、大輝くんと話せばいいだけですよね?」
「…」
「私がここに必要な理由が、やっぱりわからないんです」
「…」
エリックさんは、大輝くんが心から気を許せる仲間の一人として紹介してくれた人だ。私を人質のように連れてこなくても(私に人質としての価値があるかどうかは別として)、お互い本音で話せる関係のはずだ。
「……アイツは、オレを裏切ったんだよ」
「裏切った?」
「だからオレももう、手段を選ばない」
― 大輝くんが、裏切った?
大輝くんがエリックさんを裏切るなどありえない。雄大さんが少し忠告しただけでもあんなに怒っていたのに。
そう思った時、やぁだ、やめてくださいよぉ〜というあまったるい声がひときわ大きく響き、私はエリックさんの顔からその声の方に視線を移した。
声を上げた女の子のスカートがまくられ、太ももが露わになり、その太ももに男性の手が置かれている。思わず目を逸らしたその先、他の女の子と男性の距離もぐっと近づき、空気が湿り気を帯びてきている気がした。
「みなさん!女の子の同意が得られたら、ここを出ちゃってもらってもいいですよ。女の子たちにも前もってそう話してますし、そのつもりで来てもらってますから」
エリックさんの声に、場がドッと笑った。気が利くねぇという40代半ば頃と見える男性の声色に気持ち悪くなり、再び恐怖が強くなる。
― 時給5万円の意味はこれ…なの…?
思わず隣に座るともみさんを見た。けれど、私と目があっても、ともみさんははニコニコとほほ笑んだままだった。女の子が売り買いできるものとして扱われるなんて。嫌悪と苛立ちが混じり合い私は、エリックさんを睨む。
「…何でこんなことするんですか」
「…何が?」
「この男性たちは、エリックさんの何なんですか」
「まあ…クライアント的な?お仕事でお世話になってる人達への接待ってところかな」
唇が震えてくる。でも言葉は止まらなかった。
「こんなこと、違法行為ですよね?」
「もしかして…女性の斡旋的なこと言ってる?人聞きが悪いなぁ」
そう笑ったエリックさんは、宝ちゃんみたいな人には読んでもらったほうが早いね、と携帯に何かを打ち込むと、私に見せてきた。それは、売春防止法について、というタイトルのついたネット記事だった。
「読んでみて」
そこには、売春防止法の説明が書かれていた。それによると裁かれるべき行為は『対償を受けて、または、受ける約束で、不特定の相手方と関係を持つこと』だとあった。
「つまりね、対価を受けてもしくは受ける約束でも、『特定の相手方と』関係を持つ場合は、該当しないの。買春もしかり。罪になるのはあくまでも不特定多数の相手を持っていた場合だけ。恋人や愛人にお金を渡したって違法じゃないでしょ?
それにオレは彼女たちに強要しているわけではない。どんなオファーでも選択権は女性にあるから、強要は絶対にNGと男性の皆さんにもわきまえてもらっているし、そのことも含めて事前にしっかりと女性陣にも説明している。それを理解してくれた女の子たちが来てくれているわけだから」
「…そんなの……」
へ理屈にすぎない。許されるわけがない。
「…法に触れなくても…間違っていると思いませんか?」
「何が間違ってるの?説明できる?ここにいる男性たちは、みんな社会的地位も財力もある人達でさ。彼らとつながることは、女の子たちにとってもメリットがあることなんだよ」
なんと伝えればいいのか。言葉を失っていると、飽きれたようなかすれた笑いと共に、エリックさんが言った。
「…思った通りの人でイラつくね、宝ちゃんって」
「……え?」
「そういうところ、ほんと似てるよ大輝と。大輝も悪ぶるクセに実は子どもじみてて、めちゃくちゃイライラするんだよね」
「…」
「夢だけで生きていけるわけないっしょ」
エリックさんの目にどす黒いものが宿った気がした。思わず体が逃げてしまい、ともみさんの肩にぶつかり、宝ちゃん?と声をかけられる。
そういえば、ここに来て水すら飲んでいない。喉はからからに乾いている。
「もうこれ以上余計なこと言わないでくれる?これ以上オレをイラつかせないで。大人しくいい子でいてくれたら、何もしないで解放するからさ。ただし…いい子でいてくれたら、ね」
▶前回:「手をつないだら、君のことが好きなのかわかると思ったけど…」デート中の男性からの衝撃のひと言
▶1話目はこちら:27歳の総合職女子。武蔵小金井から、港区西麻布に引っ越した理由とは…
次回は、7月20日 土曜更新予定!