◆これまでのあらすじ

レスに悩む元同級生の、医師の陸と外資コンサル勤務のミナト、そして弁護士の幸弘。

幸弘は琴子に、2ヶ月前にカウンセラーをしている女性と浮気したと告白。その時浮気相手から連絡が来て…。

▶前回:東大卒のバリキャリ女と結婚した弁護士男。結婚3年、完璧な夫婦を装っているが…




小野家/幸弘の浮気相手


ー ブブブブブ…

琴子と幸弘が話し合っていたタイミングで、テーブルの上にあった幸弘のスマホが鳴る。表示された名前を見て、幸弘が驚いた顔をする。

「浜中かなえ」

名前を見て、幸弘の言っていたカウンセラーをしている“浮気相手”だと、琴子はピンと来る。

琴子が思わず幸弘の目を見ると、彼は気まずそうな顔をしながら静かにうなずいた。

琴子は、無言のままスマホを渡すように幸弘に手を差し出す。スマホを受け取った琴子は、通話ボタンをスワイプする。

その瞬間スピーカーから女性の声がした。

『小野先生?夜分にすみません浜中です。もう連絡取らないって言っていたのに…どうしても弁護士の方に相談したいことがあって…」

「もしもし」

『あれ、もしもし?小野先生のスマホじゃ…』

「幸弘の妻です」

琴子の言葉に、相手は一瞬黙り込む。

「今、夫が目の前にいるんですが、少しお話をさせていただきたくて代わりました」

『あ、はい…』

「夫から話を聞きました。あなたがカウンセラーの浜中さんですか?夫が会っていたっていう…」

『…はい』

相手の女性の声が小さくなる。切られないようにと琴子は慎重に優しい声で言った。

「今でも、夫とは会っているんですか?」

『…いえ。もう連絡は取らない約束をしていたのですが、仕事で急用があったので…』

「そうですか。一度会ってお話できませんか?」

『…はい、わかりました』

琴子は淡々と日時を決めると、幸弘にスマホを返した。

心を落ち着かせようとコーヒーを淹れ直し、琴子は幸弘との話し合いを再開した。

「もう会っていないって本当?正直、あなたのしたことは最低だと思う。この先幸弘を許せるかわからないし、今はあなたの言葉は何も信じられない。

だから、彼女にも直接会って、話を聞くことにした。いいよね?」

「ああ、彼女とはあれから一度も会っていないし、琴子が好きなようにしてくれていい」

「あと、私が元彼と会っていたっていう話。あなたが思っていたようなことじゃないわ」

うつろだった幸弘の目が、琴子に向いた。


「幸弘と結婚を決める1年前にね、元彼と会ったの」

琴子の家は厳格で、社会人になって5年たち27歳になった頃、やっと一人暮らしが許可された。

それまで、大学時代にアルバイトをしたり、友人と遅くまで飲み歩いたりすることさえ自由にできなかった琴子は解放感に浸っていた。

その頃、出会ったのが元彼。

会社帰りによく行っていた、カジュアルダイニングで彼が働いていたのだ。




初めは気にもとめていなかったが、なんとなく会話が始まり、会えば話す仲になった。

彼の何にも縛られない自由な雰囲気が、自分が今まで生きてきた世界とは真逆で、徐々に惹かれていく。

「この後、時間ある?」

ある日、琴子がいつものようにダイニングで食事して帰ろうとしたとき、仕事終わりの彼に誘われた。

コンビニで買った缶ビールを片手に公園のベンチで話をしていると、突然彼がキスしてきた。

そして、2人は付き合うようになったのだが…。

「他にも彼女いるよね?」

付き合ってから3ヶ月がたち、浮かれていた琴子はようやく冷静に彼のことが見えてくる。

忙しいと言っていた彼は、実際はクラブに出入りして遊んでいたことが発覚。

さらに洗面所には、誰のかわからない歯ブラシや女性用の化粧品まで見つかり…。

「元カノのだよ。琴子が嫌なら捨てようか?」

そう言う割に、一向に捨てる気配などない。

女の影が消えず、彼の友人関係も何をしているかよくわからない人たちばかり。

ようやく琴子は、彼とは住む世界が違うと理解し別れた。

その3ヶ月後、親に幸弘を結婚相手として紹介された。

これまでも、親と外食したときに何度か“偶然”幸弘の家族と出くわすことはあったし、お互い東京大学に通っていたのでキャンパスですれ違うこともあったが 、ちゃんと話すのはその時が初めてだった。

幾度か会ったうえ、 家柄も学歴も似た彼とならきっとうまくいくと琴子は感じた。

思ったとおり、初めは、お互いぎこちないながらも徐々に打ち解け、再会して1年後には幸弘と結婚した。

だが、結婚してすぐ…。

「琴子、結婚したらしいじゃん、おめでと」 インスタのDMに届いた元彼からのメッセージ。

さらには… 「相手、いいとこの人らしいね。あのさ、今困ってるんだ。ちょっとだけ金貸してくんない?俺2人の写真、結構持ってるんだよね」

そのメッセージの直後に送られてきたのが、隠し撮りされた彼と琴子が一緒にベッドにいる写真だった。




仕方なく琴子は何度か彼に会い、なんとか写真のデータを消去させた。

その時に、相手が馴れ馴れしく肩を組んできたところを幸弘に見たのだろう。

「そんな…。琴子は大丈夫なのか?その写真は?」

「もう全部消させたから大丈夫。誓約書も書かせたし」

「どうして言ってくれなかったんだよ?俺の知り合いにその辺り詳しいやつもいたのに…」

その男に対する嫌悪感で、幸弘は顔を歪ませる。

「言えないよ。あんな男と付き合ってたなんて、あなたにだけは知られたくなかった。だから自分で解決するしかなかったの」

「…疑って悪かった」

「とりあえず、今後のことはしばらく考えさせて。今はもう何も話したくない」

琴子はそういうと、疲れた顔をして自分の寝室へ消えていった。


佐々木家/杏の悪い予感


土曜日の午後2時。

杏が午前診療を終え、経理や事務作業を行っていると、陸からLINEのメッセージが届いた。




Riku:『杏、話があるんだ、会えないかな?』

陸が家を出て1ヶ月が経つ。

正直、陸が浮気をできるような男だと、杏は思ってもみなかった。

陸は昔から人目を気にし、周りに合わせることでなんとか自分の居場所を見つけるような性格だ。

でも人に優しく共感力が高いところに惹かれたし、サバサバとした杏は一緒にいると癒やされた。

だたし、結婚となるとそれだけでは物足りない。

陸は、杏より稼いでいないうえに、家事も下手。将来は婿養子として病院を継ぐ予定にもかかわらず、院内での立ち回りも苦手で要領も悪い。

そんな男が自分を裏切ったことが、杏には許せなかった。

杏がLINEを放置していると、もう1通届いた。

Riku:『僕、病院を辞めようと思う』

陸からのLINEに、杏は驚きすぐさま陸に電話をかける。

「ちょっと、どういうこと!?今、どこにいるのよ!」

「病院の近くのホテルだけど…」

「家に来て。私ももう帰るから」

杏は怒りまじりに電話口でそう喚くと、勢いよく電話を切った。



家に帰ると、すでに陸が来ていた。

ソファに座る陸は、少し痩せている。

「ねぇ、病院辞めるってどういうこと!?」

杏はただいまも言わずに、靴を脱ぎながら陸に語りかける。

陸は杏に気がつき、「久しぶり」とぎこちない笑顔を見せた。

「僕、あれからずっと考えていたんだ。この先どうしたいのかって」

「どういうこと?浮気の責任をとって病院を辞めるってこと!?」

捲し立てる杏をなだめるように、陸は穏やかに返した。

「いや、そうじゃない。僕はずっと、今の病院での働き方が自分の方向性と違うと悩んでいたんだ。君と離れて色々考えて、やっぱりもう一度、自分のやりたかった道に進みたいと思った」

「やりたいことって何?本当にうちではできないの?」

「僕はもっと、患者に寄り添った診療がしたかった。それに、もっと研究にも力を入れたいと思ってる。ただ今の病院だと、それがかなわないんだ」

「そんなの、言いわけじゃないの?陸の要領が悪いからでしょう?きっとどこに行っても同じよ」

杏は自分の親の病院を否定されたように感じ、イラだった。それと同時に、病院を去ることの“意味”を感じ取って、引き留めたかった。

「そうだね、確かに僕は要領が悪いしもっと上手くできたかもしれないね。でも、それが僕なんだよ。

君の言うとおりどこに行っても忙しいだろうし、僕の理想的な形で仕事ができるとは思っていない。でも今みたいに経営第一のところじゃなく、患者第一で仕事がしたいんだ」

「…そんなの、理想論よ。少なくとも私は、患者のことを第一に考えてる。けれどそれだけじゃ、経営なんてできないのよ」

杏は自分までも否定されたように感じ、さらにヒートアップする。そんな杏の言葉を、陸はただ黙って聞いていた。

「杏の言うことは何も間違ってないよ。僕の考えが甘いのも、僕が浮気したのを許せないのもわかる。だから…」

そういうと、陸は半分埋まった離婚届を取り出し、杏に手渡した。




「理事長の娘婿が病院を辞めるからには、君と一緒に居られないのは承知だ。こんな結末になってしまって本当に申し訳ない。あとは杏の好きにしてくれていい。理事長には僕から話すよ」

その用紙を見て「あぁ、やっぱりな…」と頭ではわかっていた杏だが、手が受け取ることを拒否していた。




▶前回:東大卒のバリキャリ女と結婚した弁護士男。結婚3年、完璧な夫婦を装っているが…

▶1話目はこちら:「実は、奥さんとずっとしてない…」33歳男の衝撃告白。エリート夫婦の実態

▶︎NEXT:7月19日 金曜更新予定
琴子は幸弘の浮気相手と対面し、そこで新事実を知ることになるが…