サレ妻を襲った悲劇!夫の浮気相手から満面の笑みで告げられた“ご報告”とは
「マイ・キューティー」
13歳上の夫は、美しい妻のことを、そう呼んでいた。
タワマン最上階の自宅、使い放題のブラックカードに際限のないプレゼント…。
溺愛され、何不自由ない生活を保障されたセレブ妻ライフ。
だが、夫の“裏切り”で人生は一変。
妻は、再起をかけて立ち上がるが…?
◆これまでのあらすじ
夫・英治との離婚を決意し、家を出たものの、仕事も見つからず失意のどん底の里香。そんな時、夫から電話が入り再会したのだが、そこに現れたのは…?
「どういうこと?」
里香が鋭く睨みつけると、英治は分かりやすく視線をそらし、グラスになみなみと注がれたワインを一気に飲み干した。
「ゲホゲホ。いや、その…。ゲホゲホ」
白い目を向ける里香の隣で、夫の浮気相手である春奈が甲斐甲斐しく世話を焼き始める。
「英治さんったら、そんな一気に飲んじゃダメでしょう?」
彼の口元をちょんちょんとハンカチで拭いながら、水を飲ませてやる。その手つきが妙に慣れていて、なんだかいやらしい。英治も英治で、「悪い…」と、息も絶え絶えに春奈に身を委ねている。自分よりよほど妻らしく振る舞う春奈と、ママに甘える息子のような英治。
― って、私何を見せられてるの!?
傍観者のように様子を眺めていた里香は、ハッと我に返る。罵詈雑言を浴びせてやろうとした、その時。春奈が高らかに宣言した。
「里香さん、これで分かったでしょう?
私と英治さんは愛し合ってるんです。さっさと私たちの前から消えてください」
「春奈、何を言ってるんだ、それは…」
「うるさいっ!」
ごにょごにょと弁明し始めた英治を遮って、里香と春奈、2人の声が響く。
「す、すいません…」
英治が柄にもなく萎縮すると、春奈は自分のお腹にそっと手を当て、意味ありげに微笑んだ。
「私、実は…」
妻よりも先に…
「は、春奈…!?」
どうやら英治も知らされていなかったらしい。真っ青な顔で、カタカタと小さく震えている。
「こんな場所でのご報告でごめんなさい。さっきわかったの」
「そ、そうなのか…」
完全に固まってしまった英治の手を握りしめた春奈は、里香に向かって満面の笑みを向けた。
「あんたたち、いい加減にしなさいよ!」
勢いよく立ち上がった里香は、去り際、人目もはばからず大きな声で罵った。
「お望み通り離婚しますから、あとはふたりで仲良くやってちょうだい!二度と私の人生に関わらないで!」
「ああ、腹立たしい!」
自宅に帰ってきた里香は、乱暴にパンプスを脱ぎ捨て、そのままバッグを床に放り投げて布団に倒れ込んだ。
横たわって目をつぶってみるが、怒り、悔しさ、悲しさなど、あらゆる感情が込み上げてくる。体はクタクタなのに、感情が高ぶっているせいか、頭は妙にさえてしまって眠れない。
― はぁ…。
見上げると、薄汚れた天井がすぐ近くに迫ってくるように見えた。低い天井に狭い部屋。八方塞がりな感じが、自分の人生と重なる。
「私のこと馬鹿にして…。あんなクズ男、こっちから願い下げよ」
落ち込んでいたのもつかの間、怒りがふつふつと湧いてくる。
「ペラペラの言葉を並べて、嘘泣きして騙そうとしたって、そうはいかないんだから。それに春奈って女も、相当イッちゃってるし。慰謝料がっぽりもらって別れてやるんだから!」
“ブッブー、ブッブー”
タオルケットをすっぽり被ってゴロゴロしていた里香は、布団が振動しているのに気づいた。せんべい布団は、その薄さゆえスマホの振動がよく伝わるらしい。バッグから転げ落ちたスマホを拾い上げる。画面には、見知らぬ番号が表示されていた。
― ま、まさかあの女!?
怒り心頭の里香は、喧嘩腰で電話に出てしまった。
「もしもしっ!?さっきの続きでもしたいわけ!?」
そこまで発して、里香はハッと口をつぐんだ。
「ご紹介できそうな案件がございまして…」
それは派遣会社からの連絡だった。
◆
2日後。
「念のため確認しますが、本当に来週から働けるんですか?」
里香は、六本木にあるweb制作会社の面接に訪れていた。人事担当と思しき女性が、訝しげに尋ねる。
「はい。来週と言わず、明日からでも働けます!」
里香は、とびきりのスマイルとともに元気よく答えた。
「そ、そうですか。ありがとうございます。それでしたら…」
― それでしたら、ということは!?
里香は思わずグイッと身を乗り出すが、隣に座る派遣会社のスタッフが「落ち着いて」と訴えているのを感じ取り、すぐに姿勢を戻す。
「改めてご連絡いたしますね」
その夜。
派遣会社から無事に内定の連絡があった。どうやら来週から働ける人を探していたらしく、里香がマッチしたらしい。業務内容は、事務補助。要するに、雑用のような何でも屋だが、今は仕事を選んでいる場合ではない。
里香は、すぐに働き始める準備を始めた。
かつての自分
初出勤日。
「うわっ…」
大江戸線六本木駅からエスカレーターを上り、地上に出ると、里香の視界はぐらりと歪んだ。
気温35度。まだ9時だというのに、外は肌が焼けつくような暑さだ。顔や首元から、汗が噴き出る。慌ててバッグからハンカチを取り出し、汗を拭っていた里香の隣に、1台のタクシーが止まった。
― ああ、タクシー乗りたい…。
つい先日まで乗り放題だったタクシーだが、今はそういうわけにいかない。先立つものがないので、節約を強いられているのだ。
羨ましくなった里香は、つい信号待ちをしているタクシーに視線を向けてしまう。すると、車内の女とバチッと目があった。化粧っ気はないが、美しい女。車内は相当エアコンが効いているのだろう。汗ひとつかかずに、涼しい顔でアイスコーヒーを飲んでいる。
「いいご身分ね。こっちはこれから仕事だっていうのに」
思わず愚痴が出てしまったが、里香はふと、自分も1ヶ月前はあの女と同じ側にいたのだと気づく。視界の端には、少し前まで住んでいたタワーマンションが見えた。
「落ちるってこういうことか…」
マンション最上階から地べたへ。文字通りの転落っぷりに胸がズキッと痛んだが、そんなことを考えている場合ではないと、歩き始めた。
◆
「次のテレビ会議の準備、すぐにしてもらえますか?ミーティングルームCです」
「はいっ」
「デスクに置いてある書類、クライアントとの打ち合わせで使うので、13時までに8部印刷しておいてください」
「はいっ」
「すみません、コピー用紙の補充をお願いします」
「はいっ」
出勤初日にもかかわらず、里香は慌ただしくしていた。あらゆる方面から指示が飛んでくる。メモを取りながら、ひとつずつ対応していくが、マルチタスクが苦手な里香にとって、同時進行で仕事をこなしていくのはかなりしんどい。
だが、ようやくゲットした仕事。投げ出すわけにはいかないのだ。苦戦しながらも、どうにか午前中を終えることができた。
12時55分。ランチを終えた里香がデスクに戻ると、ある中年男性に声をかけられた。
「印刷をお願いしていた資料はどこにあるかな?この後、13時には出発するんだが」
「資料…?」
里香が首をかしげると、目の前の男の顔色が、サッと変わった。見る見るうちに赤みを帯び、怒りに満ちた表情に変わっていく。
「デスクに置いてある書類を13時までに8部印刷してくれと、頼んだはずだ!」
バンッとデスクを叩いた男は、いきなり怒鳴りつけた。
― やばい、忘れてた…。
里香の全身から、サーッと血の気がひいていく。すっかり忘れていたが、確かに資料の印刷を頼まれていた。
「申し訳ありません。すぐに印刷いたします」
里香が頭を下げると、男はさらに大きな声を上げた。
「30ページの資料を8部だぞ。3分で間に合うわけないだろ?13時半から会議なんだよ。もうタクシーも来てるんだよ。どうしてくれるんだよ?」
里香は、頭の中が真っ白になった。絶体絶命。どうして良いかわからず、狼狽えてしまう。涙が溢れそうになった、その時だった。
「先方の会議室、スクリーンありますよね。プロジェクターで映せば良いと思いますけど。僕、プロジェクター準備したので問題ないです」
「…え?」
声のする方向に振り返ると、グレーのパーカを羽織ったモサッとした男が、プロジェクター片手に立っていた。
「タクシー待たせるのも悪いんで、早く行きましょう」
モサッとした男は、ニコリともせず淡々と告げ、オフィスから出て行ってしまった。
「ありがとうございます!」
里香は、モサ男に感謝してもしきれなかった。
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初日から大失態をおかした里香。職場でも浮いてしまいうまくいかない日々。そして里香は、ある行動に出る。