「結婚するなら、ハイスペックな男性がいい」

そう考える婚活女子は多い。

だが、苦労してハイスペック男性と付き合えたとしても、それは決してゴールではない。

幸せな結婚をするためには、彼の本性と向き合わなければならないのだ。

これは交際3ヶ月目にして、ハイスペ彼氏がダメ男だと気づいた女たちの物語。

▶前回:憧れのテレビマンから、交際3ヶ月で即プロポーズ。しかし女はあるコトが不安で…




Episode 12:百花(30歳・フードコーディネーター)の場合


「はぁ…美味しい…」

土曜日の午前10時前。

新緑の高尾山山頂で、私は息も絶え絶えにつぶやいた。

となりにいるのは、“アウトドア婚活で、さわやかな出会いを!”と謳った山コン参加者の渉。

彼は、登山を終えると、リュックの中からミルやドリッパーを取り出し、手際よくコーヒーをいれて、私に差し出した。

山コンというのは、いわゆる食事会の登山版のこと。

先日、アウトドア雑誌に掲載されるキャンプ飯の特集で、レシピ制作と監修をしたとき。親しくしている編集者に、勧められたのだ。

「百花さん、知ってます?山には、人と人のご縁を結んでくれる力があるとかで。山の出会いがきっかけで、そのまま結婚しちゃう人も多いみたいですよー」
「へぇー。でも確かに、自然の中だし、健全な出会いがありそうな気はしますね」

そういえば最近、オフィスとキッチンスタジオで過ごしてばかり。

自然に触れて、気分転換もしたいし、もし素敵な出会いがあったらラッキー。こんなふうに思った私は、ごく軽い気持ちで山コンに参加してみることにしたのだった。

そこで出会った渉とは、ほどなくして交際することになるのだけれど…。彼のある行動に耐え切れなくなり、わずか3ヶ月で破局。

今思えば、その兆候は、登山のときにすでに表れていたのかもしれない…。


今から、1年前。

管理栄養士の資格を持つ私は、フードコーディネーターに転職した。

栄養面でのバランスのよさに加えて、見た目からも気分が上がる料理をコーディネートしたいと思うようになったからだ。

そして、表参道に事務所を構える先輩のアシスタントとして働き始めると、半年後にはYouTubeの料理動画がバズった。それからは、有名な女性誌にコラムの連載が決まるなど、次々と仕事の依頼がくるようになったのだった。

親しくしている編集者から、アウトドア雑誌のキャンプ飯特集を任されたときは、ダッチオーブンを使った鶏もも肉とハーブのグリルやアクアパッツァ、シナモンやナッツを使った、外でも食べやすいちぎりパンのレシピを紹介。丁寧で手が込んでいるのに、手際がいいと好評だった。

山コンの話が持ち上がったのは、そんなときだった。



私が参加したのは、登山初心者にも易しいといわれている高尾山1号路を登る山コン。

ガイドが1人と、10名ほどの男女で登山をしながら交流を深めるというのだが、傾斜がきつくなるにつれて、インドア派の私は後れを取ってしまう。

そこへやってきたのが、あいさつ程度に言葉を交わしていた渉だった。

「大丈夫ですか?この辺り、ちょっときついですよね」
「は、はい…。私、登山って初めてで。みんなから遅れちゃってますよね」

彼は、私より2つ上の32歳。

大手企業でSEとして働いていて、登山好きの上司の影響で山登りを始めたのが3年前。今回の山コンは、その上司の勧めで参加したらしい。

そんな経緯を話しながら、2人で歩くこと20分。ガイドが、「あと10分で山頂です!」と言って、手を振ってきた。

― あーー、やっとゴール!

こんなふうに喜んだのも、束の間。

「じゃあ、百花さん。山頂で合流しましょう!」
「…え、あ、はい…?」

渉は頂上のほうに視線を向けると、あろうことか私を置き去りにして行ってしまったのだ。

― ちょっと、よくわからないんだけど…。何で、先に?

彼が足早に去ったあと、私は1人さびしく山頂に向かって歩くことになったのだった。




「百花さん!こっちです!」
「あ、渉さん…。はぁ、はぁ…」

息を切らしている私とは対照的に、渉はベンチにリュックを下ろして落ち着いている。

「百花さん、お疲れさまです。コーヒーはお好きですか?」
「はぁ、はぁ…。あ、はい…、好きですっ」

すると、渉は持参したミルであっという間に豆を挽いて、コーヒーを入れ、差し出してきた。

― すっごく疲れたし、なぞに置き去りにされたけど、このコーヒーは…ちょっといいかも。

「渉さん、山頂で飲むコーヒーっておいし…、えっ?」

一息ついた私は、となりに座る彼のほうに視線を向けて驚いた。

渉はすでにコーヒーを飲み終えて、後片づけを始めているのだ。眼鏡は湯気で曇ったまま、景色を楽しんでいる様子もない。

― あれ、もしかして、もう時間がないの?

初めての山コンで勝手のわからない私は、慌ててコーヒーを飲み干した。口の中を火傷したけれど、渉とはLINEを交換できたし、それなりに満足していた。



1週間後、渉から誘いがあり、青山にあるカフェでランチをした。

さらにその翌週は、恵比寿にあるスパニッシュイタリアンバル『バル コモド』でディナー。渉は、次のメニューをオーダーするタイミングが絶妙で、ちょうどいいお腹具合で食事を終えることができた。

しかも、レストランを出るときは、店の前にタクシーを手配してくれているという段取りのよさ。すっかり感心した私は、“山での出会い”という特別感にも後押しされて、彼の告白をOKし、交際がスタートしたのだった。

ところが、しばらくすると、私は彼とのデートにちょっとした違和感を覚えるようになっていった。


最初にモヤモヤを感じたのは、交際が始まって1ヶ月がたつころ。

私の部屋に、渉を招待したときだった。

「美味しいよ!家でパエリアが作れるなんて、百花ちゃんは本当に料理が上手だね」

こう言いながら、彼はまだ食べている私の目の前で、自分の食器を片づけ始めたのだ。

「渉くんって、食べるの早いよね?」
「そうかな?いつもこんな感じだけど」

― うーん、何か…食べにくいんだよね。

自分の前だけすっきりと片づけ終えた渉は、食後に見る映画を選び始めている。一方で私は、彼を待たせてはいけないと焦りながら、パエリアを流し込むように食べるのだった。

また別の日。

レストランで外食をしているとき、渉はこんなことを言ってきた。

「僕、食べる前に料理の写真を撮る人って、苦手なんだよね。料理が冷めちゃうっていうのもあるけど、その時間がもったいないっていうか」
「そう?でも、写真っていっても、最初の何分かだけでしょ?」

かくいう私が、仕事柄料理の写真をよく撮るタイプだから、つい反論してしまう。

「その時間、無駄じゃない?そもそも、料理は写真に撮るんじゃなくて、食べるものなんだから!あ、あと、食べ終えたあとに、いつまでもお店でダラダラするのも好きじゃないなぁ」

こうして彼は、いつものようにスマホのアプリを使って、レストランを出る前にタクシーの手配をするのだった。

私は、ここでも慌てて最後のワインを飲み干した。

― 彼って…、せっかちすぎる!

帰りのタクシーの中、小さなため息が漏れる。

少しイラついた私が、次のデートにカップルで入れるサウナを提案したのは、渉のせっかちを封じるためだ。




「僕、もう十分かな」
「ま、待って!まだ2分くらいしか入ってないよ!」

― さすがにサウナに入れば、せかせかしないと思ったのにっ!

さっさと出て行き、水風呂に浸かる様子は、まるでカラスの行水。髪もまだしっかり乾いていないのに、渉は帰ろうと言いだす始末だった。

こうなると、どこにいても、何をしてもゆっくりできないと、彼に不満が募っていくばかり。

それが爆発したのは、次に2人でディナーをしたときだった。

「渉くん、少しゆっくりしていかない?赤ワイン、もう1本頼もうよ」
「僕は、遠慮しておくよ。目的もなくダラダラする時間って、無駄だし、好きじゃないって言ったよね?楽しく食べたんだから、もう帰ろう」

この言葉には、さすがにカチンときた。

「無駄って…。私は、渉くんとゆっくりご飯を食べたり、話したりする時間は大事だって思うんだけど、そうじゃないの?そんなに、私との時間って無駄?」

急いで飲んだ1本目の赤ワインの酔いがまわったのか、まくしたてるような言い方になった。

「百花ちゃん、酔っぱらってるの?それなら、なおさらもう帰ろう。こういう話し合い、意味ないよ」

これが、決定的な一言だった。

はじめは彼のことをただのせっかちな人だと思ったのだけれど、そうではなかった。彼は、自分の尺度だけで“無駄”を決めてしまう、身勝手な合理主義者だったのだ。

確かに彼が言うように、料理は食べるものだ。でも、楽しむものでもある。1人でもいいし、特別な人と一緒だったらもっといい。

次は、「美味しいね」と言い合いながら、ゆっくりと時間をかけて、いろいろな話ができる人と出会いたい。

ふたたび1人に戻った私は、自分のペースで食事をしながらこう思うのだった。

▶前回:憧れのテレビマンから、交際3ヶ月で即プロポーズ。しかし女はあるコトが不安で…

▶1話目はこちら:「今どのくらい貯金してる?」彼氏の本性が現れた交際3ヶ月目の出来事

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