何不自由ない生活を送っているように見える、港区のアッパー層たち。

だが、どんな恵まれた人間にも小さな不満はある。小さな諍いが火種となり、後に思いがけないトラブルを招く場合も…。

しがらみの多い彼らだからこそ、問題が複雑化し、被害も大きくなりやすいのだ。

誰しもひとつは抱えているであろう、“人には言えないトラブルの火種”を、実際の事例から見てみよう。

記事最後には弁護士からのアドバイスも掲載!

▶前回:夫が女と密会している“ホテルの地下駐車場”で待ち伏せする妻。姿を現した男は、慌てふためき…




Vol.7  寂しさが生んだ妻の暴挙

【今回のケース】
■登場人物
・夫=野村隼人(40) 外資系製薬会社勤務 年収1,500万円
・妻=瑠未(36) 食品メーカー勤務 年収600万円

お金の管理をすべて妻に任せていたら、勝手に使い込んでいた。離婚の際、お金を回収することは可能なのか。

「ただいま、野村様のカードは、引き落としのできない状態になっているようです」

クレジットカード会社からの連絡を、隼人はどこか他人事のように聞いていた。

「そんなはずはないと思うんだけど…」

隼人は、カード類の管理をすべて妻の瑠未に任せている。

自分にお金に関して無頓着なところがあり、つい散財してしまうのを防ぐためだ。

「とりあえず、調べてこちらから連絡しますよ」

やや投げやりな口調で言うと、隼人は電話を切った。

― せっかくいいところだったのに…。

リクライニングチェアに座りながら、今日発売したばかりのお気に入りの漫画の新刊を読んでいるところで、電話が鳴った。至福の時間に邪魔が入り、少々腹立たしい。

今、隼人は、契約しているトランクルームの中にいる。

ここは、唯一の趣味と言っていい、漫画のコレクションを保管している場所だ。

その数、ざっと5,000冊以上。

壁際にびっしり並ぶその光景は、圧巻だ。隼人も眺めながらたびたび悦に浸る。

実は、この部屋のことは、瑠未には秘密にしている。

というのも、かつて別の女性と同棲していた際、部屋に漫画本を並べていたところ、「邪魔」「臭い」などさんざん邪険に扱われ、挙句、喧嘩した際に大方捨てられてしまった苦い経験があるからだ。

その過ちを繰り返さないために、トランクルームを利用している。

ここは、空調設備が整い、防犯カメラも設置されているため、宝物を保管しておくのに相応しい場所だ。

隼人は、仕事帰りにここに寄って、1時間ほど過ごしてから帰るのが日課となっている。

― 一応、聞いておくか…。

クレジットカードの引き落としができなかった件について聞くために、隼人は、瑠未に電話をかけた。

しかし、通じない。

なんとなく、イヤな予感がした。


カード会社のマイページにログインして発覚したのは…


隼人はいつもより早くトランクルームを出て、20時ごろ麻布十番の家に着いた。

まだ仕事から帰ってきていないのか、瑠未の姿はない。

リビングに置いてあるパソコンの前に座り、テイクアウトしてきた『十番右京』の弁当を広げ、トリュフのポテトサラダを口に運びながらカード会社のホームページを開く。




― う〜ん、パスワードなんだったっけなぁ…。

普段から確認していないと、こういうときに困る。何度か間違えながらも記憶を辿り、マイページにログインした。

利用明細を開いたところで、隼人は思わず声を出してしまう。

― んんっ!?なんだ、これ…。

百貨店やブランドショップなどで、頻繁に買い物をしている履歴が表示されている。5〜6万円のものから、高いものだと10万円以上もする買い物を、月に何度もだ。

その時、玄関の鍵が開く音が聞こえてきた。

ドアが開き、瑠未がリビングに入ってくる。




「隼人、今日は早いのね」

返事をしない隼人に、瑠未は、いつもと違う不穏な空気を感じ取る。

「どうしたの?」と背を向けている夫に、瑠未が声をかける。

「これ…なんだよ…」

隼人が振り返り、パソコンに向けて顎をしゃくる。

画面を確認した瑠未は、隼人が何を言わんとしているのかを察し、みるみる顔を強張らせていった。

「説明しろよ」

瑠未は何も答えようとしない。

隼人は、メインバンクのホームページを開く。

― 独身時代から蓄えてきた分を含めて、預金額は数千万円はあるはず…。

動揺を抑えながら残高を確認したところで、隼人は愕然とする。

「おいおい、嘘だろう…」

残高の欄に、『1,208』の文字が表示されている。状況が飲み込めず、何度か目を瞬かせた。

「あなたが悪いんだから…」

瑠未がやっと口を開いた。

「はぁ?なんで俺が…」

「あなたが気づいてくれないから…」

「なに言ってんだよ…」

隼人は、語気を強めながら、再びパソコンの画面を覗く。

しかし、どのページを見ても、何度ログインし直しても、残高は『1,208』と表示されている。

出入金の記録を遡ってみてみると、定期的に数十万円が引き出されている形跡もある。

「瑠未、こんなにたくさんの金、いったい何に使ったんだよ…」

隼人は肩を落とし、呆れたように尋ねた。

瑠未はしばらく黙っていたが、ゆっくりと右手をあげ、寝室のほうに指先を向けた。


瑠未が寝室に隠していたものとは…


― ここに、何か隠されているのか…?

隼人は寝室に入り辺りを見回したが、変わった様子はなく、普段目にしている光景が広がる。

何かあるとすれば、しばらく触れることのなかったクローゼットしか考えられない。

扉の取っ手を握り、両脇に開く。すると、いきなり視界を塞がれたような感覚に襲われた。

「なんだよ、これ…」

クローゼットのなかには、幅20センチほどの箱が隙間なく積み重ねられていた。

一歩身を引くと、その箱が何なのか把握できた。正体は、靴の空箱…いや、中身の入った箱だった。

ざっと表から見ただけで、200足以上ある。




「あなた、褒めてくれたでしょう?」

声のほうに振り返ると、瑠未が冷ややかな目でこっちを見ている。

「ほら。一緒に出掛けたとき、靴を褒めてくれたじゃない」

「ええ…?」

「もう、5年くらい前ね。まだ結婚して間もないころ、一緒に映画を観に行ったじゃない。そこであなた、『その靴いいね』って言ってくれたのよ。覚えてない?」

記憶を辿っても、それらしい光景は浮かんでこない。

「だからって、なんでこんなに…」

「また褒めてくれると思って、1足ずつ買っていたの。玄関に並べたこともあったわ。

でも、あなたは気づいてくれなかった。そうしたら、いつの間にか買うのを止められなくなっちゃって…」

瑠未はその場に泣き崩れた。

隼人は、クローゼットの前にぼう然と立ち尽くし、ひとつ深いため息をつく。

心では瑠未を愚かに思いながらも、その行動をどこか否定しきれない自分がいた。



隼人は瑠未を信用できなくなり、離婚を切り出し、離婚協議に入った。

買い物だけでは、さすがに預金がなくなるとは考えにくい。引き出した預金を、別の口座に隠匿した可能性が高いと思われた。

果たして、隼人はお金を回収することはできるか。

そこで、銀座に事務所を構える青木聡史先生のもとに、隼人は相談に訪れた。


〜監修弁護士青木聡史先生のコメント〜
生活レベルに即した買い物であれば、返せとは言えない


夫婦である場合、当該夫婦の収入、資産に照らした生活レベルに即したような買い物であれば、法的に、配偶者が代理し、取引することが許されることになっています。

例えば、妻が夫の預金を下ろして食品を買いに行くなどの行為がそうです。

しかし、夫の収入に見合わないような、極端に高価なものを自己のために購入する場合や、多額の預金を勝手に引き出し、隠匿する場合等は、家族といえども違法な行為とみなされる場合があります。

今回のケースでは、“靴”となりますが、多少贅沢なお金の使い方をしている程度では、返せとは言いにくいです。それが何百足という、常識を超えた極端な数であれば返済も考慮されるでしょう。

靴以外にも、離婚前、別居する以前に購入した高額なものなどがあり、夫の収入に見合わないと判断されれば、その部分については、返済等の対象となりえます。

換金性のある場合には、売却をし、一定程度は、返金を求めることになります。

許容範囲のものであり、婚姻生活中の収入から拠出された物である場合には、財産分与の対象となります。


妻の隠した預金は、裁判所もしくは弁護士会を通じて、金融機関に照会等をし、解明を図る


結婚する前から所有している財産を、「特有財産」と言います。

今回のケースの妻のように、夫の結婚前から蓄えている特有財産を、夫の承諾なく下ろして自分の口座などに移し保有することは、夫婦であっても許されるものではありません。

しかし、引き出された預金を隠されてしまうと、そのお金の行方は分かりにくいです。財産を奪われた夫側のできることは、離婚を巡る裁判等において、財産分与についての話し合いのなかで追及していくことでしょう。

方法としては、「裁判所を介して金融機関に対して照会してもらう」「弁護士会を通じてメガバンクに相手の口座がないかどうかを調べてもらう」などの形で解明をしていくことになります。

前者の場合、まず、裁判手続きの中で任意で、妻側に通帳の取引履歴などの開示を求めます。妻側がそれを拒んだ場合、夫が、金融機関に資料の開示を求めるよう裁判所に依頼します。

そこで、裁判所が開示する必要性があると判断した場合、金融機関に開示を求める書面を送ります。この、裁判所が文書の所持者である別の機関に対し、その文書を裁判所送付するよう嘱託する手続きのことを「送付嘱託」と言います。

後者の弁護士会を通す場合も同様に、夫側が弁護士に対して、妻の通帳の取引履歴などの開示を弁護士会を通じて金融機関に対し求めるよう依頼します。そこで、弁護士も開示の必要性を審査します。

弁護士会には、依頼を受けた事件について、情報を収集し、事実を調査するなどの職務活動を円滑に進めるための「弁護士会照会」という制度があります。

その制度に則り、弁護士会が開示の必要性があると判断した場合、金融機関に開示の要求をします。

ただし、金融機関は、弁護士会照会に関しては、義務ではなく任意となっています。ですから、すべての要求に応じてくれるわけではありません。ですが、一般的には開示されることが多いです。

こうして開示された財産をもとに、法的手続きの中で返還等のを求めることになるでしょう。


監修:青木聡史弁護士

【プロフィール】
弁護士・税理士・社会保険労務士。弁護士法人MIA法律事務所(銀座、高崎、名古屋)代表社員。

京都大学法学部卒。企業や医療機関の顧問業務、社外役員業務の他、主に経営者や医師らの離婚事件、相続事件を多数取り扱っている。

【著書】
「弁護士のための医療法務入門」(第一法規)
「トラブル防止のための産業医実務」(公益財団法人産業医学振興財団)他、多数。


▶前回:夫が女と密会している“ホテルの地下駐車場”で待ち伏せする妻。姿を現した男は、慌てふためき…

▶1話目はこちら:離婚で8,000万の財産分与を主張する妻が、夫の“ある策略”にハマり…

▶NEXT:7月24日 日曜更新予定
夫が急死。愛されていたはずの妻が遺言書をみて憤る理由とは?