10年間想い続けた相手を落とした女。その裏で企んでいたコトは…
「女は所詮、金やステータスでしか男を見ていない」
ハイステータスな独身男で、女性に対する考え方をこじらせる者は多い。
誰も自分の内面は見てくれないと決めつけ、近づいてくる女性を見下しては「俺に釣り合う女はいない」と虚勢を張る。
そんなアラフォーこじらせ男が、ついに婚活を開始。
彼のひねくれた価値観ごと愛してくれる“運命の女性”は現れるのか―?
◆これまでのあらすじ
傲慢な会社経営者の明人は同じく会社経営者のマイからの猛アプローチで交際を開始する。
▶前回:不祥事で退任したIT社長。「私が養ってあげる」という彼女の逆プロポーズにプライドをへし折られ…
Vol.12 悪女、それとも?
202×年――。
お盆も終わり、秋の声が聞こえてきた季節の綺麗な月夜。
マイは1年ぶりに友人の恭香とコンラッド東京のチャイニーズ『チャイナブルー』で食事を共にすることになった。
「ごめんね、遅れちゃって」
約束の時間を過ぎて到着したマイは、申し訳なさそうに両手を合わせて席に着く。
「いえいえ。会えるだけで嬉しいよ。忙しいんでしょ?有名企業の役員になったってニュースで見たけど」
「頼まれて社外取締役に就任しただけ。大したことないよ」
シャンパンでの軽い乾杯のあと、ふたりはSNSでやり取りしていた近況の隙間を補い合った。
恭香は商社マンの夫と離婚し、現在はモデルをしている年下の恋人と同棲中。フラワーデザインの仕事は順調で、半年前に自分の名前でサロンを始めたとか。
一方、マイは2人の子どもを持つ女社長として、今も世間から注目を集める存在だ。
2人は皿の上を鮮やかに彩るモダン・チャイニーズのコースとお喋りをしばし楽しんだ。ボトルがすぐに空になるほど、話題は尽きなかった。
次に頼むワインを相談していると、恭香はふと思い出した。
「…そういえば、お酒大丈夫だった?授乳中じゃないの?」
「もう開き直って完ミで育ててるの。上の子もそうよ」
当然とも言うようなマイの笑みに、恭香も安心した様子だ。
「だよね。でなければ産後1ヶ月で復帰できないか。よかったよね…あの人と一緒になって」
「うん。みんな明人さんのおかげよ」
マイは昔を思い出して、うっすら口角を上げた。
マイの怪しげな微笑みのワケとは…?
恭香は、そんなマイに向かって「私は全く見抜けなかった」と感心のため息をつく。
「偉そうに聞こえるかもしれないけど、私は彼の素質に気づいて辛抱強く育てただけ」
アルコールで口も滑らかになっていたせいか、マイは苦笑しながらこれまでの思い出を恭香に語り始めた。
18歳の時、当時フリーターだった明人と出会ったことから、トップに上り詰めた彼のことを知り、ずっと興味を抱いていたこと。そして、アプリを介しての奇跡のような再会。
10年以上に及ぶ大恋愛の軌跡に、恭香は目を輝かせたが、どこか偶然が過ぎる違和感に気づいた。
「あれ?まさか…出会った招待制アプリって…」
「そう。実は私のアイデアなの。ビジネスで借りがある知人の経営者に相談したら本当に開発してくれて。でも、まさか、本当に彼が登録してくれるとは」
そして、実際に明人と再会することができたのだ。
「開発者に招待メールを送ってもらったら、即、私のアプリ画面に彼が出てきて。思わず飛び上がっちゃったよ」
知り合いに頼まれたら断れない、明人のそんな律儀で義理堅いところにも、さらに惹かれてしまったのだとマイは嬉しそうに語る。
「でも、再会してびっくりしなかった?なんというか…」
「失礼だし、偉そう?」
「そう…!あ、ごめん」
誘導尋問に引っかかった恭香は気まずそうだが、マイの幸せそうな表情は変わらない。事実、彼への愛情に嘘はないから。
「いいの。私もうっすら感じていたから。彼って、交際してからもどこか自分が上位だと思っていて、そこがね…。何とかならないかなと思っていた時―」
マイは明人の側近である久保とその妻・未来子と意気投合した。
彼女と同じく彼の言動を心配していた久保や未来子との話は早かった。
明人に少々お灸をすえる意味で、彼の過去のセクハラ言動の被害者たちをたきつける計画を立てたのだという。
「彼は少し痛い目を見れば理解してくれる人だと思ったからね。久保さんも同意していた」
「結構な騒動になっていたよね」
「あれほどになるとは、みんな想定外だったな…」
だがその結果として、今がある。
明人は想像以上に従順になったのだ。彼が謹慎しているタイミングを見計らい、マイはすぐに結婚、妊娠、出産を済ませた。
「最初の子は病気がちで、次の子もまだ新生児で大変だけど、ほんとうに彼はよくやってくれているわ。結婚したら変わるものね」
マイは、妊娠出産を経ても仕事は普段通り、むしろ、より一層高みに向かえているのは明人のおかげだと心から感謝している。
恭香は大きくため息を吐いた。
「立場が逆だったら当たり前のことなのにね」
恭香と元夫との離婚原因は、転勤の多い商社勤務の夫について行くことができなかったからだった。
東京を拠点とし、仕事での目標も持っている恭香が、自分の意志を貫くことは難しかった。
― でも、これからはそうじゃいけないの…。
マイは、経営者界隈で密かに自分が「悪女」だと呼ばれていることを知っている。
マイが周囲から悪女と呼ばれている理由は…
マイが「悪女」と呼ばれている理由。
それは、叩き上げで500人規模の会社の社長にまで上り詰めた明人を、ずっと家庭に閉じ込めているからだという。
たとえどんなに能力があろうと、女性であれば結婚あるいは妊娠出産を機に、仕事を長期離脱せねばならない世の中。
育児の体制を整えていたとしても、子どもを預けて仕事に行く母親を攻撃する声は少なからずある。
現に、ママさん経営者として彼女の存在を知っている周囲の人間が、友人と遅くまで会食するマイに対して眉をひそめていることも知っている。
仕事をしているだけなのに、女性だというだけで、悪女や悪い母親と捉えられてしまうこの世界に、改めて愕然とする。
だが、マイだって明人を一生縛り付けておくつもりもない。彼が希望するなら、心地よく仕事に送り出せる準備も整っている。
― 彼はブランクがあってもまた同じ場所に戻ってこられる人よ。元々這い上がってトップに立った人なんだもの。
今も、明人は育児や家事の合間を縫って、マイの会社のブログを管理したり、社内ヘルプデスクの手伝いもしている。その仕事は迅速丁寧で、社内からの評判も高い。
さらに最近は仮名を使い、noteで『元経営者主夫のパパ活(パパの活動)キロク』という日記を書き始め、結構な人気を集めている。収益も上がるようになってきているようだ。
そんな彼に、マイは改めて惚れ直している。
「明人さんは苦労している分、根性も柔軟性もあるの。たくさん欠点があったけど、それもある意味長所で、伸びしろだから…」
明人を思って呟くと、恭香はキョトンとした顔で聞き返す。
「どういうこと?」
「人はね、ちょっとヌケている方が育てがいがあるのよ。言い過ぎか」
笑いあっていると、マイのスマホが揺れた。明人から子どもの寝顔の写真が送られてきたのだ。
『子どもたちは寝たからゆっくり楽しんで』と暗に伝えてくれる明人の気遣いに、マイの胸は熱くなる。
早く子どもたちと明人に会いたい、逆にそう思ってしまうほどに。
マイの幸せそうな姿につられ、恭香の表情も柔らかくなる。
「―マイさん。もう帰ってもいいよ。コーヒーも出てきたところだし。私はもうちょっとバーでゆっくりしていこうかな」
「本当?でも、ひとりだけ先に帰るなんて…」
「大丈夫よ。そういえば、明人さんとの初めてのデートの時、途中で帰ったんでしょう。最初に会った時、ご友人たちから聞いて衝撃だったよ」
マイは、同じホテルのラウンジでの5年前の出来事を思い出す。
初めてのデートでランチを爆食した末、すぐ帰った自分。しかも、彼のプライドなど微塵も気にせず、すべて支払ってしまった。
失礼の連続だったのに、毎回よく次に誘ってくれたと、今でも思う。やはり、最初から惹かれあっていたのだろうか。
今晩、その意図を探ってみようとマイは思う。
彼は、理由を正直に言ってくれるかな。そんなちょっと意地悪なたくらみを胸に、マイは愛する夫と子どもの待つ自宅へ急ぐのだった。
Fin.
▶前回:不祥事で退任したIT社長。「私が養ってあげる」という彼女の逆プロポーズにプライドをへし折られ…
▶1話目はこちら:年収5,000万のこじらせ男が、アプリで出会った31歳のさえない女に翻弄され…