「あんなに優しかったのに、一体どうして?」

交際4年目の彼氏に突然浮気された、高野瀬 柚(28)。

失意の底に沈んだ彼女には、ある切り札があった。

彼女の親友は、誰もが振り向くようなイケメンなのだ。

「お願い。あなたの魅力で、あの女を落としてきてくれない?」

“どうしても彼氏を取り戻したい”柚の願いは、叶うのか――。

◆これまでのあらすじ
賢也に振られた柚は、なんとか気持ちに整理をつけた。しかしそのタイミングで賢也は突然部屋に戻ってくる。そして「やり直したい」と懇願し、自分が帰ってきた背景を説明しはじめた。

▶前回:同棲中の彼に、突然「別れたい」と言われた女。前に進むため彼の荷物をまとめようとしていたら…




「俺が戻ってきたのはさ、あの人にフラれたからじゃないんだよ」

賢也が急に語りだしたので、柚はその顔を一瞥し、無言で次の言葉を待つ。

「結局俺がフラれたんじゃなくてね、俺が、あの人をフってやったんだ。そのことを柚にどうしても説明したくて、戻ってきた」

「…はい?」

「俺、騙されてたんだよ。あの女は既婚者だった。俺はただ、既婚者の暇つぶしに使われただけってこと」

「既婚者…」

てっきり、穂乃果は独身であると思いこんでいた。しかし違ったのだ。

「だから俺もう、金輪際手を引くことにしたんだ」

賢也はどこか得意気に微笑んで、語り続ける。

曰く、柚を振ったあの夜、賢也は穂乃果に何度も電話をかけてみたそうだ。

ダメ元でも「好きだ」ともう一度伝えたかったから──。しかし穂乃果は、一切連絡に出てくれなかった。そこで賢也はなんと、穂乃果の最寄り駅で待ち伏せることにしたのだという。

「吉祥寺に実家があるの」。穂乃果からそう聞いていた賢也は、連日吉祥寺駅に通った。そしてついに昨日の夕方、ようやく穂乃果の姿を見つけたのだそうだ。

「でさ」

賢也は得意げな表情を崩さず、身を乗り出す。

「会えたはいいんだけど、あいつ男と一緒にいたんだよ。40歳くらいの男。それで俺、バカみたいだけど2人を尾行したんだ」

するとしばらく歩いた先で、ご近所さんと思われる人が2人に話しかけた。そのときに穂乃果が「奥さん」と呼ばれていたのを、賢也は聞いたのだという。

「『奥さん』って…。俺、耳を疑ったわ。結局あの人、結婚してるくせに、独身のフリして俺を誘ってきたんだよ?最低だろ?だからフッたんだ。俺からね」

賢也は突然辛そうな表情になり、強く握りしめたこぶしを机の上に置く。完璧な被害者面だ。

「だから柚。もう安心していいよ」

「え?」


ついに柚は、賢也を切り捨てようと決める――


「…つまり、俺はもうあの人を愛してもいないから、やり直そうよってこと」

ドヤ顔で平然と言う賢也に、あっけにとられる。

「いや…そんな経緯だらだらと聞かされても、困るんだけど」

柚は空になった食器を重ね立ち上がった。

「たしかに、その女の人は最低よね。既婚者なのに積極的に言い寄ってくるなんて。でも、だから何?」

「…」

「フラレたかフッたかなんて、問題じゃない。賢也が浮気した事実は変わらないし。だから、やり直すなんて無理」

― 許してもらえるとでも思われたのなら、私って随分なめられたものね。

怒りが湧いてきたので、あえて賢也の分のお皿は洗わずにキッチンから離れた。

「お皿、自分のは自分で洗っといて」

「え?」

「だって、もう私たち別れてるんだから。今日は、どっかホテルにでも泊まりに行ってくれない?」

賢也はキョトンとした顔で、お皿と柚を見比べるかのように交互に見ていた。




賢也を置きざりにしたままバスルームに入った柚は、我に返る。

― 穂乃果さんに旦那がいるってことは、私、創に不倫させちゃったってことだ…。

これは大変な事態だ。すぐに創にLINEする。

「穂乃果さん、既婚者だったって。創、なにも聞いてないよね?」

「は?もちろん初耳」

柚は罪悪感にさいなまれる。

「本当にごめん。…穂乃果さんとは、もう連絡とってない?」

「いや、実はさ…。やんわりフッたんだけど、穂乃果は全然ひいてくれないんだ。『会いたい』って毎日連絡が来る。それでちょうど参ってたところ」

やはり穂乃果は、創の魅力にのめり込んでいるようだった。

「でも既婚者なら俺、無視を決め込むわ。連絡ももう一切とらない。面倒なことに巻き込まれるのはごめんだから」

「うん。…ほんとに迷惑かけてごめんね。そうしてくれると安心できる」

熱いシャワーを勢いよく浴びながら、柚は反省する。

― 創にこんな迷惑をかけるなんて。やっぱり、賢也が浮気してるとわかった瞬間に別れるべきだったんだわ。

今夜夕食を作ってあげてしまったのも、完全なるミスだった。髪を洗いながら顔をしかめる。

― こうやって世話を焼くから私、賢也にナメられるのよ。

柚は髪を拭きながらバスルームを出ると、すぐに賢也に声をかけた。

「ねえ。そろそろ出てってくれない?」

すると賢也は、床に膝をついて、柚を見上げる。

「…ごめん。俺いま、すっごい反省してる」

「え?」

「大切な柚のことをないがしろにした。全部俺が悪い。謝る」

「…今さら謝罪なんていらない」

冷たく言うと、賢也は「でも」と言って絶望的な表情になる。

「なに?聞こえなかった?出てってと言ったの」

「…わかったよ。でもさ」


賢也の口から出た、驚きの言葉とは


「でも、明日から家を探すから、決まるまではここにいさせてよ。俺、自分の部屋のソファで寝るし、干渉せずに過ごすから」

賢也は「ホテル暮らしはもう嫌なんだ」と消え入るような声で言い、とぼとぼと自分の部屋に入ってく。

― だったら、代わりに自分が出ていこうか…?

そう思ったが、それは癪に障るのだった。賢也のせいで別れることになったのに、どうして自分が不自由な思いを強いられるのか。

― 数日くらい、我慢するか。今日はもう寝よう。



こうしてなし崩し的に、賢也との他人としての同居生活が始まった。「次の家が見つかるまで」という期限付きで。

とはいえ同じ屋根の下にいるだけで居心地が悪く、最初の数日は目を合わせないように過ごした。

しかし3日目に、賢也は柚にこう提案してきたのだ。

「俺、今日からご飯作ろうかな。今までずっと柚にご飯作ってもらってたから、最後くらい俺が作りたい」

そう言って賢也はその日から毎晩、肉野菜炒めやニラ玉などの簡単な料理を作ってくれるようになった。

一緒に夕食をとるようになると、自然と会話が生まれる。

そして気づけばなぜか、2人で笑い合っていることが増えていた。




ついこの間まで「一生許せない」と思っていたのに…。2人で談笑していると、怒りや悲しみは麻痺してくるのだ。

「ねえ、柚」

そしてある夜、賢也はかしこまった様子で言った。

「俺、心を入れ替えて、頑張るからさ」

何を言われるのかはもう、想像がついていた。

「やり直せないかな?」

ここのところの賢也の態度は、心から反省しているように思えた。この優しさがいつまで続くかわからない。

けれど柚は、うなずいていた。

「…いいよ。やり直しても」

― またないがしろにされたら、そのときに別れればいいし。

今回のことは「一度の過ち」として、思い切って許してしまってもいいかもしれない。そう思えてきたのだ。

こうしてリスタート生活が始まり、柚は思いがけない平和な幸せに身を浸した。

「やり直してよかった。なにもかも、楽しかったころに戻ったみたい」

柚は、賢也の前で頬を染める。

…しかし、この時の柚は能天気すぎたのだ。

穂乃果のInstagramで、柚はあるものを見つけてしまう。その一件で、柚の堪忍袋の緒は完全に切れるのだった──。

▶前回:同棲中の彼に、突然「別れたい」と言われた女。前に進むため彼の荷物をまとめようとしていたら…

▶1話目はこちら:「あの女を、誘惑して…」彼氏の浮気現場を目的した女が、男友達にしたありえない依頼

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穂乃果のInstagramに映っていたモノとは…