「女は所詮、金やステータスでしか男を見ていない」

ハイステータスな独身男で、女性に対する考え方をこじらせる者は多い。

誰も自分の内面は見てくれないと決めつけ、近づいてくる女性を見下しては「俺に釣り合う女はいない」と虚勢を張る。

そんなアラフォーこじらせ男が、ついに婚活を開始。

彼のひねくれた価値観ごと愛してくれる"運命の女性”は現れるのか―?

◆これまでのあらすじ

会社経営者の明人は高スペックなマイに当初は拒否反応を示すも、彼女の猛アプローチに心打たれ交際を開始した。

この世の春を謳歌していたが、なんと明人の過去の言動に端を発する炎上で社長を退任することに。明人は彼女に別れを告げるも…

▶前回:美人モデルに過去のセクハラを暴露された男。「パパ活狂いおじさん」と叩かれた怒りに任せて…




Vol.11 彼女には、かなわない


―「別れよう」―

明人はじっとマイを見つめて、その言葉を告げた。

マイも明人から視線をそらさない。

その澄んだ瞳に耐えられず結局明人の方が先に目を逸らした。

「嫌です」

部屋にマイのきっぱりとした言葉が響く。

当然自分に愛想が尽きていると思っていたが、意外な回答だった。だが、その意思表示に救われたのも事実だ。

自分から別れを切り出したのは嫉妬でもなんでもなく、彼女から別れを切り出されるのが怖かっただけなのかもしれない。

自分は面倒くさい女がさらに腐ったような男だと、明人は自己嫌悪する。

「私がしっかりしていればいいじゃない。いざという時には養ってあげるし、守ってあげる」

「…」

これがマイの優しさであることは理解している。しかし、わずかに残った男としてのプライドが、どうしてもそれを受け入れることを拒否するのだ。

「いっそ、結婚でもしちゃう?」

夕飯のメニューを提案するかのようにあっけらかんと告げるマイ。その軽さに反抗するように、明人は咄嗟に一言返してしまうのだった。


別れを拒否し、プロポーズをしたマイ。明人の答えは…


「嫌だよ」

意地ではない。その拒否感はまごうことなき本心だ。

なぜなら、プロポーズは自分からしたいから。

王道ではあるが、『ジョエルロブション』の個室や、ラグジュアリーホテルの一室を貸し切るなどして、豪華な演出を施したい。一生に一度のことだ。特別なひとときを彼女に提供してあげたい。

…だが、今は難しい。もう一度、社長のポストに返り咲いてから。

そうでなければ、自分が許せないのだ。

「ふふ。そう来ると思いました。さ、ごはん食べよ」

明人の心中を知ってか知らずか、マイはあっけらかんと微笑んだ。

するとなぜか明人の心も軽くなり、先ほどまではのどを通らなかった食事がすっと入っていく。

東京タワーを眺めながら、マイが買ってきたシャンパンで2人は乾杯した。

グラスを傾ける彼女の横顔が窓辺に浮かび上がる。低い緩やかなラインを描いた彼女の鼻筋。不思議とその美しさに見とれてしまった。

最初はパグのように見えていたが、舞い降りてきた女神と形容する方がふさわしい。

今の明人には、マイが絶世の美女に見えていた。




食後は、マイの誘いでNetflixのコメディドラマを見ながらソファでくつろぐ。

明人が彼女の明るさのおかげで悪夢のような現実を忘れ、幸せに没頭している傍ら、マイはスマホを見てふと呟いた。

「あ、また変なコメント…」

スマホをすぐに伏せたマイ。

実は、食事中も彼女のスマホが何度も揺れていることが気になっていた。

いつも連絡にはすぐ反応する彼女が通知を無視している理由―それはくだらない誹謗中傷のコメントが会社アカウントに届き始めたからだという。

「―え、僕との交際が、掲示板に…?」

「まあ、嘘じゃないから反論しようもないでしょ」

久保の仕業だと、まっさきに勘ぐってしまう自分が憎い。今や誰のことも信じられない。

マイ以外は…。

明人は、見ない方がいいと思いつつも、彼女の会社のSNSアカウントを検索してしまった。すると、いくつかは既に消されているが、残っていたコメントだけでも、誹謗中傷がいくつもあった。

<短足クズ男しか選べないなんて笑 高学歴女の末路は悲惨>
<その顔でよく生きてこられましたね>
<この女が年商35億?枕営業でのし上がって来たタチかな>

自身が原因といえども、明人は怒りで震える。

「なんだよ、これ…!」

「ちょっと、明人さん、何勝手に見ているの?」

明人は頭に血が上って反論を書き込もうとする。だが、先日も彼が余計な返信をして再炎上したのを見ていたマイは、必死にその手を止めた。

「大丈夫よ!言われ慣れているもの。後で法的に処理するから泳がせておいて」

そうピシャリと叱ってすぐテレビ画面に目をやる彼女。肝が据わっているという表現がぴったりである。

だが、それでも明人は彼女が心配だった。強がっていても、実は傷ついているのかもしれないから。

「本当に、大丈夫なのか?」

明人がマイの肩をぎゅっと抱くと、マイは安心したのか明人に寄り掛かり、口を開いた。

「美人と並べば容姿を比較され、男性と肩を並べれば『下駄を履かされている』と言われる。

初対面では舐められて当然、セクハラもザラ。少し目立てばわきまえろと注意が入る。

学生の頃からずっとその連続だったから、平気」

「ひどいな、それ…」

「あ、でも大学の時は今よりひどかったよ。普通のサークルにも入ることができなかったし。東大女子は門前払い。ま、私には必要なかったけどね」

笑い話のように語る彼女に、ある種のもの悲しさをおぼえる。肩を抱く力がさらに強くなり、考えた。自分の周りにそんな男はいるだろうか…と。

すると、ひとりの人物が脳裏に浮かんだ。

それは、まぎれもなく、自分自身だった。


マイと出会って得た明人の“気づき”


マイは当初、アプリで自分の職業や学歴を隠していた。

もし彼女の経歴がわかっていたら、明人も会おうとは思わなかっただろう。彼の中にはいつも、“女のくせに”という軽視の姿勢が存在していた。

「ごめん…男を代表して謝るよ」

「主語、大きすぎ。あなたはいつもそう。だから炎上するの」

明人は素直に反省する。自分は、型にはまった『こうあるべき』思考が強い人間なのだ。

男であれ女であれ、社会的に示された大きな枠に閉じ込め、一度見下したらひとりの人間として向き合うことをやめてしまう。

そうした態度が、今起こっていることの全ての要因だ。

最初に明人のセクハラを告発した女性の証言はすべてが真実で、他の書き込みにも思い当たるところがあった。

言われたその時には理解できなかった久保の忠告や、未来子の嫌味も、だんだんと胸にしみてくる。

「そうだな。本当に悪かった…変われるかな、僕」

「できるよ。あなたは素直だし、柔軟性もあるじゃない。それに、社長にまで上り詰めた能力があるんだから」

気がつくと、彼女の胸の中でわんわんと泣いていた。

マイはいつも傷ついた自分に温かい毛布を掛けてくれる―男たるもの、人前で泣くことは恥だと感じていたが、もうそんな考えは明人の意志の中から消えている。

顔を赤くして酸欠になりそうな勢いでしゃくりあげている自分。

傍から見たらどんなに醜い姿だろうか。

ここまで来たら、意地だろうが何だろうがもう関係なく思えてきた。明人はマイの身体を離れ、彼女の足元にひざまずいた。

「マイ、さっきの言葉は撤回するよ。僕と、結婚して下さい…」




この自分が、泣きついて結婚を申し込むなんて…。しかも、一番ナシだと思っていた女性にだ。

「ホントに、お願いします、結婚して下さぁい…お願い…結婚してぇ…」

いつの間にか明人は床に頭をこすりつけていた。それはまるで土下座のように。涙などでその場所はびしょびしょだ。

マイはソファの上から静かに眺めている。穏やかな顔は、モナ・リザのように高貴で豊かな優しさが漂っていた。

「ありがとう。幸せにしてあげるよ」

やはり、彼女は、女神だ。

マイは明人に手を差し伸べる。

そのまま彼女は明人の体を起こし、ハンカチで彼の涙と鼻の下を拭った。

「指輪も何もなくてごめん…今度、選びに行こう。ハリー・ウィンストンでも、ブルガリでも、カルティエでも、なんでも君の好きなのを選んでいいよ」

「ううん。明人さんが選んで」

せめてもの男気で申し出るも、マイからは意外な回答が返ってきた。

「自分が欲しいものは自分で買えるから。私は、明人さんが私のために選んだものをつけたいの」

改めて彼女と一生添い遂げたいと明人は感じた。

対等に人と愛し合う喜びを感じたのは生まれて初めてだ。

― 彼女は運命の女性だ…僕は、彼女にすべてをささげることが宿命なのだ…。

彼女との出会いから今までの出来事が脳裏によみがえる。

明人は彼女と出会えたことに純粋に感謝した。

その奇跡を疑うことなどは、微塵もなかった。

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